『人間椅子 乱歩奇譚』ネタバレありレビュー

人間にんげん椅子いす 乱歩らんぽ奇譚きたん』いかがだったでしょうか。

 アニメのノベライズということで甘く見ていたけれど、思っていたよりも「本格」していた、という感想を持った方も大勢いらっしゃったかと思います。本作のミステリ的な仕掛けでメインとなるものは、叙述によるミスリードです。


 最初の章【小林少年、目覚める】で、いきなり「人間椅子」にされた被害者が登場して、続く直後の章、「犯人」と思われる人物の独白で構成された「断章――罪人つみびと晩餐ばんさんを愉しむ」の中で、「彼を、はやく。はやく、私の椅子こいびとにしたい」と、犯行を示唆する台詞が入れてあります。これにより読者は、この独白の人物(罪人)こそが犯人で、「彼」とは殺された被害者(奥村おくむら)であるとミスリードされることとなります。ところが実際は、この独白の人物は被害者の奥村その人であり、独白の中に出てきた「彼」とは小林こばやし少年であったことがのちに判明します。

 他にも、小林が犯人を疑う最初の手掛かりとなった、「先生が、あんな形にされちゃって」という、犯人以外には知り得ない情報を犯人がうっかりと漏らし、探偵がそれを聞き逃さなかったという展開など、多くの本格ミステリで用いられている王道的手法です。

 こういった、幻想的な雰囲気を売りにした作品の場合、ロジカルな推理で犯人を指摘する展開というのは、いい意味で曖昧模糊とした中に突然理詰めが出てくることになり、雰囲気ぶちこわしで興ざめしてしまう結果になることもあります。そのため、真相を開示するにあたっては、犯人が告白するか、最後になっていきなり、それまで読者に知られていなかった情報が判明するといった手法を取ることが多いのですが、本作は「フェアな本格」としての体裁は保ったうえで、「乱歩奇譚」独特の雰囲気を構築するのに成功していたと思います。この雰囲気作りに一役買っているのは、二人の犯人(奥村と星野ほしの)が「です」「ます」調の敬体で話しているところだと私は思います。そして私は、この敬体の使いこなしこそが「乱歩イズム」の裏真骨頂だとも思っているのです。


 江戸川えどがわ乱歩らんぽほど、敬体が似合う作家はいません。

 子供向けに書かれた「少年探偵団シリーズ」が、全て三人称の語り手が読者に敬体で話しかける形式で書かれていることは有名ですし、大人向けの作品においても「屋根裏の散歩者」の地の文や、本作の原案となった、元祖「人間椅子」も犯人(?)の手紙が敬体で書かれています。どちらも作中で描かれる異常行動(「人間椅子」は劇中に登場する手紙)が「です」「ます」の敬体で描写されることで、ある意味白々しさをまとって読者を突き放し、「こういうことをしてよいのは小説の中だけですよ」「こういう行為に興味を持ってはいけませんよ」と注意喚起し、警告を発しているかのような印象を私は受けます。しかし、それはそれで、「やるなと言われたらやりたくなる」という背徳的好奇心を絶妙にくすぐってきますし、「興味を持つなよ、絶対に持つなよ」というダチョウ倶楽部的危険なお約束の妙も孕んでいます。


 このアニメ『乱歩奇譚』のノベライズは、他に続編の『怪人二十面相 乱歩奇譚』が一冊刊行されており、この二冊をもって完結しています。『怪人二十面相』の内容は、ほぼミステリ要素皆無のサスペンス作品となっていますが、こちらも本作同様、アニメで語りきれなかった、描ききれなかった要素を補間する役割を果たしており、アニメを楽しむと同時に読めば(アニメを視聴しながら読め、と言っているのではありません、念のため)より『乱歩奇譚』の世界を深く理解することが出来るでしょう。『怪人二十面相』は、アニメ視聴後に読むのをお勧めします。ノベライズ『人間椅子』→アニメ全話→ノベライズ『怪人二十面相』の順番ということですね。


 さて、最後にアニメ版『乱歩奇譚 Game of Laplace』についても少し語っておこうかと思います。「プレビュー」にも書いたとおり、意欲的な作品であったにも関わらず、最初のエピソード「人間椅子」の分かりにくさで視聴者が離れてしまったように思います。こういった類いの作品は昨今のアニメファンには訴求しずらく、コバヤシの可愛さだけ視聴者を引き留めるのは難しかったのでしょう。

「乱歩」の名前を冠していることで、ミステリ的な魅力を期待したファンにも、ミステリ要素のある話は、それこそ最初の「人間椅子」だけで、以降はサイコサスペンス的な話(それも乱歩作品の一面であることは間違いないですが)が続いたことで「これじゃない」と思われてしまったのかもしれません(「パノラマ島綺譚」は密室殺人を扱った満を持してのミステリでしたが、肝心のトリックが……)。

 第4話「怪人二十面相」で起きる「あの展開」も、登場人物の骨子が固まらない4話でというのはどう考えても早すぎますし、終盤の駆け足展開や、「影男」や「黒蜥蜴」といった、乱歩作品からインスパイアされて作られた魅力的なサブキャラクターたちも十分に活かしきったとはいえず、最初から1クール(全11話)で丁寧に収まりきる内容ではなく、色々な意味で残念な作品に終わってしまったという印象です。

 続編が制作されることはもうあり得ないでしょうから、この「乱歩奇譚」イズムを受け継いだ新たなるアニメの登場を密かに期待しつつ、次回の本格ミステリ作品でまたお会いしましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る