「愁殺(しゅうさつ)」なげき悲しませること『聯愁殺』西澤保彦 著

『聯愁殺』プレビュー

 本格ミステリというジャンルは本当に魔窟で、とんでもない逸品が普通に本屋の片隅に埋もれていたりします。今回ご紹介する作品は。


聯愁殺れんしゅうさつ』 西澤保彦にしざわやすひこ 著


 いかがですか。このタイトルを聞いたこと、目にしたことがあるという方は、あまりいないのではないでしょうか(目にしても漢字が読めない……)。本作は「第3回 本格ミステリ大賞(2003年度)」の候補になりました。ちなみにそのときの全候補作を並べてみると……。

笠井潔かさいきよし 『オイディプス症候群しょうこうぐん

乙一おついち『GOTH――リストカット事件じけん

法月綸太郎のりづきりんたろう『法月綸太郎の功績こうせき

有栖川有栖ありすがわありす『マレー鉄道てつどうなぞ

 以上四作品に『聯愁殺』を加えた五作品で大賞が争われました。(ちなみにこの回は『オイディプス症候群』と『GOTH――リストカット事件』の二作品がダブル受賞しています。さらにちなみに、笠井潔は「評論・研究部門」でも『探偵小説論序説』で受賞し、見事二冠を勝ち取っています)

 いずれも名作揃いで、どの作品が大賞を射止めてもおかしくないと思うのですが、その中においても本作は、知名度では他に一歩譲るのではないでしょうか。受賞を逃したのは大変残念ですが、本作は「相手が悪かった」のひと言で済ませるにはあまりに惜しい傑作です。さっそくあらすじをご紹介しましょう。


~あらすじ~

 1997年、一礼比梢絵いちろいこずえは自宅マンションに帰宅した直後、謎の男性の襲撃を受けて重傷を負ってしまう。

 現場には犯人の遺留品である生徒手帳が残されており、そこには梢絵を含む四人の男女の名前と住所、電話番号が書き込まれていた。書かれていた梢絵以外の三人の男女の名前を見て刑事は驚く。それらはいずれも、ここ数ヶ月の間に相次いで起きた連続殺人犯の被害者だったからだ。一命を取り留めた梢絵の証言と生徒手帳から、一連の事件の犯人は現在行方不明中の高校生であると断定され、全国に指名手配される。

 しかし、犯人の行方が杳として知れないまま、四年の年月が経った2001年の大晦日。この事件の謎を解くべく、ミステリ作家や学者で結成される〈恋謎会れんめいかい〉という推理集団の面々が集まり、その場に一礼比梢絵も同席することになった。犯人は今どこにいるのか? そして、梢絵をはじめとした被害者たちが襲われた理由は? 果たして事件の謎は解かれるのか……?



 物語は1997年に梢絵が襲撃を受ける場面から始まり、あとはほとんどが恋謎会のメンバーでもある推理作家、凡河平太おつかわへいた邸宅内での推理セッションに当てられます。この構成からも察せられるように、作品の骨子は、恋謎会メンバーがそれまでに得られている手掛かりから事件の真相を推理していく、という安楽椅子探偵ものです。さらに察しのよい方は気付かれたと思いますが、探偵役が複数名いることから、本作は正確にはいわゆる「多重解決もの」と言い切ることが出来るでしょう。


 作者の西澤保彦は、直球ど真ん中というよりは、変化球的な本格ミステリを得意とする作家です。特に「超能力が存在する世界で、超能力を使った犯罪者を専門に取り締まる〈超能力者問題秘密対策委員会(通称:チョーモンイン)〉シリーズ」に代表されるような、特殊設定ミステリの第一人者です。今でこそそういった「特殊設定ミステリ」は珍しくなく方々で書かれていますが、西澤が〈チョーモンインシリーズ〉の第一作『幻惑密室げんわくみっしつ』を書いたのは1998年のことです。いかに先見性があったかがお分かりになるでしょう(更に言えば、ノンシリーズで、その三年前の1995年に『七回死んだ男』というSFミステリの傑作も書いています)。ですが、特殊設定が登場しない通常の本格ミステリも当然得意としており、本作もそういった通常ミステリの中の一作です。


 本作については、あまり多くの事前情報を入れることなく、とにかく読んでもらったほうがよいですが、ただひとつだけ注意点があります。それは「登場人物が誰も彼も難読漢字の名字持ちばかり」ということです。あらすじに出てきた主人公の「一礼比梢絵」からして、この名字を一発で「いちろい」と読める人はいないでしょう。彼女と、上に出てきた凡河(「おつかわ」です)の以外の「恋謎会(これもいきなり「れんめいかい」とは読めない……)」のメンバー全員の名字を並べてみると……。「双侶なるとも」「矢集やつめ」「丁部よぼろべ」「泉館いずみだて」「修多羅しゅたら」まず読めません。ですが、これでも恋謎会のメンバーは「主要登場人物」としてページ最初にルビ付きの一覧があるからまだいいです。ここに載っていない事件関係者の名前は、初登場時に一度ルビが振られるだけなので、まず憶えていられません。本エッセイでご紹介していることから、文章自体は非常に読みやすいのですが、名前でつまずく……。

 私のおすすめは、無理に難読名を憶えてしまおうと思わないで、自分の読みやすいように勝手に変えてしまうことです。私は「一礼比」は「いちれひ」「双侶」は「そうりょ」と読んで補完していました。(途中に「寸八寸かまつかさん」という名字が出てくるのですが、これは目にするなり憶えるのを諦めました。私の中では彼は「すんぱっつん」さんです)


 それでは、難読名字は自分なりに消化しつつ読み進め、事件の恐るべき全貌を目の当たりにしたら、またネタバレありレビューでお会いしましょう。

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