殺人者は誰だ? 疑惑の電脳空間『奇譚ルーム』はやみねかおる 著

『奇譚ルーム』プレビュー

「本格ミステリ」というジャンルは、ありとあらゆる所に潜んでおり、時折、思いもしなかった場所から「これは!」という「ミステリ攻撃」を受けることがあります。以前ご紹介した『おしりたんてい』もそのひとつだったのですが(アニメ化もされ、一大人気キャラクターになりましたね)、今回も、大人のミステリファンの方はあまり目にする機会がないかもしれない「エアポケット」から、こちらの一冊をご紹介します。


奇譚きたんルーム』 はやみねかおる 著


 タイトルは知らなくとも、作者の名前はどこかで目にしたことがある、という方もいらっしゃるかと思います。「はやみねかおる」といえば児童文学界のビッグネームで、少年少女向けのミステリを多数上梓もしています。誰しも少年少女時代に、一度は著作に目を通したことがあるのではないでしょうか。はやみねの著作を一冊も置いていない、という学校図書館は多分ないでしょう。そんな児童文学の巨人が贈るミステリが、この『奇譚ルーム』です。

「どんな話なの?」と興味を持ったあなたも、「えー、児童文学のミステリ? どうせ、カルピスウォーターをさらに十倍くらいに薄めたような、大人が安心して子供に読ませられるだけが売りの、毒にも薬にもならないユルい話でしょ?」と思ったそこのあなたも、とりあえず本作のあらすじを読んでみて下さい。


~あらすじ~

 主人公の「ぼく」はある日、部屋のコルクボードに、仮想空間「ルーム」に入るためのパスワードが書かれている紙が留められているのを見つける。「ルーム」とは、ホストが立ち上げた仮想空間(ルーム)に、パスワードを知る人物だけが入室できるという交流系SNSのひとつ。一体誰がこれを自分の部屋に残したのか? という疑問を抱きつつも、「ぼく」は愛用のノートパソコンから「ルーム」のアプリケーションを開き、指定されたパスワードを入力して入室する。

 その「ルーム」には、大きな丸テーブルと、それを囲む十脚の椅子が用意されていた。ルームには「ぼく」に続き、招待された人物が次々に入室してくる。その姿は皆、動物のぬいぐるみというアバターの姿をしている。「探偵」「アイドル」「人形遣い」「先生」「マンガ家」「ヒーロー」「遊民」「新聞記者」「少年」の九人のアバターが入ってきて、ここに「ぼく」を加えて十人となり、用意された椅子が埋まった。

 そこへ、このルームのホストからの発言が入る。「ルーム」のシステム上、ホストはここにいる十人のうちの誰かであることは間違いがない。しかし、自分がホストであると名乗り出るメンバーはいなかった。

「マーダラー(殺人者)」と名乗ったホストは、ここに集まった十人に順番に「奇譚(めずらしい話。不思議な話)」を披露してもらいたいという。そして、もし話がつまらなかったら、その人物を殺すと宣言して……。


 あらすじを読んでみて、どうだったでしょうか。「思っていたのとだいぶ違う」と感じた方も大勢いらっしゃったのではないでしょうか。現代風なSNS空間を舞台にした一種の「クローズド・サークルもの」です。本格ミステリというよりは、どちらかと言えばサスペンスに近い作品なのですが、周到に伏線も張られており、「本格ミステリ」と名乗っても十分な内容だと思います。


 さらに特筆すべきは、本書そのもの。手に取ってページを開こうとすると……あれ? 何と、この本は横書きのため、表紙の向かって右側が開く仕様になっているのです。

 紙媒体の小説で横書きというのは、かなり特殊な例と言えるでしょう。ウェブ小説だって、紙媒体として出版されるときには縦書きに改められます。というのも、これにはわけがあって、本を開いてみるとすぐに分かるのですが、これは、作中の主な舞台である「ルーム」上でのキャラクター同士のやりとりをそのまま再現するための仕様なのです。要は「LINE」などでおなじみの、他人の発言がアイコンとともに左側から吹き出しで表示され、自分の発言は右側から吹き出しされるというあれです。これはかなり面白いアイデアといえます。作中で「ぼく」が認識している「ルーム」の状況を読者もそのまま体験できるため、臨場感向上に大いに貢献しています。

 それともうひとつ。これは作家は誰しも悩むことなのですが、小説において一番難しいのは、「誰が喋っている台詞なのかを、いかに自然に読者に分かってもらうか」です。プロアマ問わず、これに異論を唱える作家は皆無なのではないでしょうか。その執筆における最大の悩みを、本作のシステムはいとも簡単にクリアしてしまっています。これは凄い。しかも「台詞の発言者を書き分けるのが面倒くさいからそうした」という後ろ向きな理由ではなく、本作はそうする意味がこれ以上ないくらいにあります。

 ですが、当然それだけではありません。作中において各キャラクターが披露する「奇譚」は通常の小説のていで書かれ、それぞれが独立したショートストーリーとしても楽しめる、作家はやみねかおるの力が存分に発揮された出来映えとなっています。全体を貫くサスペンスと、作中作の奇譚で、一度で二度、三度楽しめる贅沢で良質なミステリに仕上がっています。


「ぼく」をはじめとした十人が「奇譚ルーム」に集められた理由。そして、ルームホスト「マーダラー」の正体と目的は何なのか。最後の最後まで息の抜けないサスペンスと驚愕のラストが待ち受けています。

 本書を読み終えて「奇譚ルーム」の謎を解き明かしたあと、ネタバレありレビューでまたお会いしましょう。  

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