『金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿Ⅰ』ネタバレありレビュー
『
「オペラ座館殺人事件」
「トリックって金がかかる……!!」
〈ローマは一日にして成らず〉これほど計画殺人に相応しいことわざはないでしょう。
犯人の
「やることが……やることが多い……!」
当然、事前の仕込みが万全だったからといって、計画がうまくいく保証はどこにもありません。むしろ「仕込み」などは、本来「表舞台(本編)」になど出て来ない前座。殺害ターゲットたちが舞台にやってきてからが本番です。考えに考え抜いたトリックを成功させるため、有森は分刻み、秒刻みのスケジュールをこなします。事件の舞台となった「オペラ座館」は通常はホテルとして営業しており、そこにはオーナーの
「『SASUKE』出れるわ……ッ!」
綿密に計画されていたはずの有森のトリックにも穴がありました。「内側から見えないように窓にワイヤーを巡らせる」言葉にするだけなら至極単純なこの行為も、いざ実際に行おうとしたら非常な困難が立ちはだかっていました。なにせ、密室殺人に見せかけるため、窓の外の地面に自分の足跡を付けることはご法度だからです。折しも外は雨。地面がぬかるんで足跡がはっきりと残るため、トリック成就後の「被害者の足跡だけが残った異様な密室殺人」という見立ての効果は十二分に得られましたが、トリックを仕込む作業的には最悪な環境でした。こればかりは完全に有森の手落ちでしょう。第一の殺人と違い、このトリックの練習はオペラ座館でなくとも可能だからです。練習の結果、「これは無理だな」と分かれば、もっと他の楽なトリックを考案できたはずです。次に控える「早着替え」の練習にばかり気持ちが行ってしまっていたのでしょうか。
「オー・マイ・ファントム……ッ!」
さらに有森は、第一の殺人トリックで使った悲鳴入りのテープを回収する前に、それを
有森は本来、どんな方法で第三のターゲットである
「死にました 自分で作った時計ボーガンでポックリと……ね」
起死回生を賭けた有森は、急遽「時計ボーガン」というトリックを急造し、早乙女の殺害を目論みます。ですが残念なことに金田一に先んじられていました。策略によって当のターゲットである早乙女の席に座らされた有森は、腕時計を進められるというもうひとつの罠との合わせ技で、自分が殺人犯「ファントム」であると行動で証明してしまいました。このスピンオフでは割愛されていましたが、このあと有森は尚も抗弁して自らの疑いを晴らそうとしますが、金田一の推理を覆すことは出来ず、最後は観念し、自分の仕掛けたボーガンの矢を浴びて命を絶ちました。
と、実に本格ミステリ(しかも「最後に犯人が自決する」というラストも「ジッチャン」である「金田一
作中では金田一は有森の腕時計の針をこっそりと進めて、タイマーセットされたボーガン発射時刻を誤認させ、「このままでは早乙女の席に座った自分がボーガンに射貫かれてしまう」という心理状態に追い込み、自分で椅子から転げ落ちるという醜態を晒させることで犯人だと看破しました。ですが、そこまで有森の計略が事前に分かっていたのであれば、食堂のどこにボーガンが仕込まれているかを発見するのは容易なはずで、ボーガンの構造上、つがえた矢は簡単に取り除けるようになっているのです。そうしたら、どんなことが起きるでしょう。早乙女の席に座ることになった有森は、ボーガンの発射時間になる直前、やはり椅子から転げ落ちるでしょう。ですがその直後、矢は飛んできません。ボーガンが「空撃ち」された音が鳴り響くだけ。これだけで十分な自白効果があると『金田一少年の推理ミス』には書かれており、まさにそのとおりでしょう。有森の腕時計を進める手間もいりませんし、この手法を使えば何より最後、有森を死なせずに済んだのです。これはまさに、金田一一痛恨のミス、と言わざるをえません。
「学園七不思議殺人事件」
「あの鏡のトリック見ました? アレ 私あの短時間で考えたんですよ!? すごいでしょう!?」
ファントムこと有森裕二は、入念な計画殺人を引っ提げて「オペラ座館殺人事件」に挑みましたが、今回の犯人、放課後の魔術師である
ミステリ作家のエラリー・クイーンは、ダイイング・メッセージについて「死に際の朦朧とした意識であるはずの被害者が、かくも高度なメッセージを残すことが出来る」というミステリ特有の現象を解き明かすため、「人間の生涯の終わりには、精神能力が限りなく
ところで、この鏡を使った密室消失トリックは、私が個人的に「金田一少年」の中でも特に好きなトリックです。プレビューでも書いたとおり、これもビジュアルがあってこそ最大限の効果を上げるタイプのトリックで、実に漫画作品らしい名トリックと言えるのではないでしょうか。
この「学園七不思議殺人事件」は、原作的には4番目のエピソードなのですが、実写ドラマ、テレビアニメともに、この事件が第一話として選ばれました。学校を舞台にしていることから、メイン視聴者である中高生の共感を得られやすいために、堂々の第一話に抜擢されたのかもしれません。そのためもあってか、「金田一少年」というと、この「学園七不思議殺人事件」を真っ先に思い浮かべるという方も多いのではないかと思います。特に犯人である「放課後の魔術師」のインパクトは強烈で、呪術師が使う仮面にマントを羽織った見た目の恐ろしさも相まって、トラウマになったという方もいらしたのではないでしょうか(笑)。
「蠟人形城殺人事件」
「蠟人形を……作らないと……!!」
この事件の犯人、レッドラムこと
多岐川のトリック最大の肝は、「ニセの犯人を仕立て上げて表面上事件を終わらせる」という、
「秘宝島殺人事件」
「どれだけ女になりきれるか……それにかかっている……!!」
この事件だけは一話きりであっさりと終わらされていました。思うに、前三作品に比べて大掛かりな物理トリックがなく、比較的地味な作風だったからでしょう。本作最大のトリックは、この漫画でも唯一触れられていた「性別入れ替えトリック」ですが、プレビューにも書きましたが、これなどまさに、漫画媒体で最大限の効果を発揮できるトリックの代表例でしょう。この事件の犯人、招かれざる客こと
さて、こうして四人の犯人たちの戦いを見てきました。彼ら、彼女らの最大の敗因は何だったのでしょうか。犯行現場にたまたま名探偵が居合わせた不運でしょうか。有森が言っていたように、金田一さえいなければ計画は完遂していたでしょうか。私はそうは思いません。もし金田一がいなくても、やはりオペラ座館には、また別の名探偵が「偶然居合わせていた」と思うのです。「不可能犯罪起きるところ名探偵あり」彼らにとっての最良の選択、それは「計画殺人など行わない」これに尽きたのです。
計画的な殺人ではなかった的場にしても、十年前に過失から
もし、これを読んでいる読者の方の中に、積年の恨みを果たすために壮大な計画殺人を企てているという方がいらしたならば、即刻計画を放棄することをお勧めします。私が好きな『
あなたが計画犯罪を遂行しようとするとき、あなたの隣、もしくは後ろには、金田一が、名探偵が必ずいます。
それでは、次回の本格ミステリ作品で、またお会いしましょう。
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