しくじり犯人 俺みたいになるな!『金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿Ⅰ』船津紳平 著
『金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿Ⅰ』プレビュー
今回の作品は「読みやすい」という観点からは、以前ご紹介した『おしりたんてい』を上回りました。読みやすいも何も、漫画ですからね。というわけで、ご紹介する作品は、
『
本作は、「少年マガジン」に連載されていた漫画『金田一少年の事件簿』のスピンオフ作品です。当該作は、実写化、アニメ化もされ一世を風靡した人気作で、漫画とはいえ、ミステリ界に与えた影響は決して小さくなく、本邦ミステリ史を語る上でも無視出来ない作品でしょう。
本作がどういった位置づけにあるのかというと、全くの新しい事件を描いているのではなく、タイトルのとおり、金田一少年(金田一
こういった構成であることからも分かるとおり、本作を読む前段階で、当該事件の漫画をすでに読んでいる必要があります。原作を既読か未読であるかによって、本作の面白さは何倍にも違ってきます。もし未読の方がいれば、「Ⅰ巻」で扱っている四つの事件「オペラ座館殺人事件」「学園七不思議殺人事件」「蠟人形城殺人事件」「秘宝島殺人事件」だけでも読んでおくことを強くお勧めします。古い作品ですが、事件ごとにまとめた文庫版が現在も入手可能です。
さて、本作のコンセプトの「犯人の視点から事件を描く」と聞いて、いわゆる「
いつもでしたら、取り上げた作品のあらすじをご紹介するところなのですが、前述のとおり本作は元になった原作(『金田一少年の事件簿』の各事件)のネタバレをせずに内容を紹介することが不可能ですので、今回はあらすじは割愛させていただきます。元になった原作と一緒にお楽しみ下さい(原作を読み終えた直後に、この『犯人たちの事件簿』を読むと破壊力が倍増します)。
さて、そうしますと、ここで語ることがほとんどなくなってしまうので、原作の『金田一少年の事件簿』について少し語ろうかと思います。
『金田一少年の事件簿』が「少年マガジン」に初登場したのが1992年。実に二十五年も前のことです。主立った「同期」の本格ミステリ作品(小説)では、有栖川有栖の『46番目の密室』綾辻行人の『黒猫館の殺人』法月綸太郎の『法月綸太郎の冒険』などがあります。
あまりキャラクター要素のない、殺人が起きまくる本格ミステリ漫画という本作は、当時の少年漫画読者には新鮮なものとして映ったでしょう。また、既存のミステリファンも、週刊連載で毎週掲載されるという手法に驚きました。本格ミステリが量産の効かないジャンルだと知っているからです。ですが、そういった無理を通したためなのか、トリック流用問題などを引き起こしてしまい、結果、従来の本格ミステリファンや関係者からは話題にされることが(現在になっても)あまりないというのは残念でなりません。『金田一少年の事件簿』がミステリファンの底上げをしたことは間違いのないことであり、これをきっかけとして小説のミステリも読むようになってくれたファンも多くいたはずですから。
『金田一少年の事件簿』を語るのに、「漫画作品ならではのトリック」という要素は外せません。具体的にどういうことなのかというと、まず真っ先に挙げられるのは、「図解が必要な物理トリックが得意」という点です。なにせ漫画ですから、トリックどころか本編全てに「絵」が付いてくるのです。「当たり前だろ」と言われるかもしれませんが、これがなかなか、ばかに出来ない要素だと思うのです。小説のミステリでも図解入りのトリックはよく見かけますが、これは結構な曲者だと思うのです。まず、それまでずっとテキストだけだった世界に、いきなり画像が出てくる。便宜的に文章というものが一次元だとするなら、そこへ二次元の世界が入り込んでくるのです。次元を越えてしまっています。ミステリに限らず、「挿絵」が入る小説はたくさんありますが、挿絵は本来、あくまで添え物にしか過ぎません。挿絵がなくても小説の内容は十分理解できるためです。小説というものは本来、テキストだけで完結する世界なのです。ですが、ミステリのトリック図解は違います。それがなければトリックを理解するのは不可能(もしくは非常に困難)。トリック図解の入るミステリ小説は、だから「読み聞かせ」や「朗読CD化」が不可能なのです。そこへ来て『金田一少年の事件簿』は最初から漫画作品なのですから、トリック図解が入ろうが、それがシームレスに作品世界と繋がります。最初から最後まで、二次元というひとつの次元だけで作品を成立させることが出来るのです。
もうひとつ、漫画であることを活かした手段として、「叙述」に関する気遣いが不要。という要素も挙げられます。これも具体的に例を挙げると、例えば(シリーズのある作品のネタバレをするようで恐縮なのですが)「女性の振りをしている男性」や「人形に化けている人間」が出てきたとしたって、作者は何も恐れる必要がないのです。小説であれば、これは相当気を遣います。前者は地の文で当該人物のことを「女性」と書くことは出来ませんし、後者についても「人形」と言い切ることはミステリとしてタブーです(記述が一人称であれば問題ありません。記述者が「その人」もしくは「それ」を「女性」もしくは「人形」だと完全に思い込んでいたとしたなら、虚偽の記述になりませんから。ミステリはやはり一人称と大変相性がよいのです)。
思い返せば、『金田一少年の事件簿』は驚くほど「本格ミステリ」していました。少年漫画という媒体として考えれば、これは相当な冒険だったはずです。超常的なオカルトや、現代科学を遙かに凌駕した超科学といった「漫画映え」するギミックに一切頼ることなく、探偵である金田一一は推理力だけを武器に数々の不可能犯罪と戦いました。これこそ本格ミステリ。多くのミステリがそうであるように、事件の主役は探偵ではなく、それを作り出した犯人のほうです。ドラマは探偵側ではなく犯人側にこそあります。こうして「犯人たちの事件簿」という傑作スピンオフが生み出されたのは、『金田一少年の事件簿』が紛れもない本格ミステリであった証と言えるでしょう。
では、「ネタバレありレビュー」でまたお会いしましょう。
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