『屍人荘の殺人』ネタバレありレビュー

屍人荘しじんそう殺人さつじん』いかがだったでしょうか。

「大量のゾンビに囲まれた施設に取り残される」というのはホラーもの定番のシチュエーションですが、その状況をそっくりそのまま本格ミステリの「クローズドサークル」に応用した、というのは私が知る限り初めての試みでした。そして、作者は、クローズドサークルものの定番である、「どうして閉鎖空間において殺人を決行したのか」に対する回答も特殊設定に絡めた見事なものを用意しました。ターゲットのひとりであった進藤しんどうは、犯人が手を下す前にゾンビによって命を奪われた。犯人はこの状況を利用して、殺し方は間違いなくゾンビによるものであるにも関わらず、その犯行が成されるためには人間の知性が必要という不可能状況を作り上げ、その後の犯行の土台を築きました。

 この「第一の殺人」は、それが起きる契機となった出来事(ゾンビに噛まれた恋人を見捨てることが出来ずに密かに部屋にかくまった)、死に至った直接の行為(ゾンビ化した恋人に、最後にキスを……)、さらには死体を見ていた七宮ななみやの「指先がちょっと動いた」というセリフが勘違いではなかったのかも? という顛末といい、非常にドラマチックで秀逸な展開であったと思います。さらには、顔が「判別がつかなくなるほど喰いちぎられて」いたということから、警察の科学捜査介入が行われないことを利用した「被害者と加害者の入れ替わり」いわゆる「バールストンギャンビット」を想定し、屋敷外で行方不明となったメンバーの誰かが犯人なのではないか?(特に明智あけち。あそこで失ってしまうにはあまりに惜しい名キャラクターでした)という推理をした方も多かったのではないかと思います(私もそうでした)。

 対して次なる「第二の殺人」は一転してロジカルそのもの。エレベーターの積載可能重量を利用して、犯人がリスクを負うことなくゾンビに被害者を襲わせる手段は「これぞ本格」とも言うべき秀逸な手口でした。ロジカルところだけではなく、犯人の友人である自殺した女性がお腹に子供を宿しており、立浪たつなみが二人分の命を奪ったということから、「人間として、ゾンビとして、都合二回殺す」という情緒的な面もあり、犯人の執念を感じさせました。

 最後の「第三の殺人」は大掛かりな仕掛けのない毒殺なのですが、被害者体内への毒の進入経路と、それが行えたのは誰か? がシンプルながらも説得力のある犯行で成されていました。伏線も再三事前に張られており、文句の付け所のないフェアプレイです。


 さらに唸らされるのは、三件の殺人が全て、クローズドサークルの原因となった災害と有機的に結びついていることです(特に第三の殺人に使われた「毒物の入手」が見事だと私は思います。先に書いたとおり伏線も完全に機能しています)。ここが今までのクローズドサークルものと違います。雪で閉ざされた山荘でも、嵐で寸断された孤島でも、「雪や嵐を積極的に犯行に利用しよう」などという発想を持つ犯人は今までいませんでした(私の知る限りです。もし前例があったらすみません)。舞台が閉ざされる原因となった事象は、あくまで「クローズドサークル」を成立させる装置でしかなかったのです。せいぜい渓流していた船のロープを解き、それを「嵐のせいだ」とする程度でしょうか。本作がいかに斬新な設定であるかがお分かりいただけるかと思います。


 読まれた中には、ゾンビ化の原因である斑目まだらめ機関のテロと殺人事件が完全に切り離されていることに不満を憶える、という意見を持つ方もいらっしゃるかもしれません(選評委員のひとりである辻間先つじまさきも選評経過で同じようなことを書いていました)。思うにこれは、本作が探偵剣崎比留子けんざきひること斑目機関との戦いの第一章という位置づけであるためでしょう。エピローグを読めばそれは明らかです。

 それともうひとつ、作者は、本作における「ゾンビ化事件」が明らかな「人災」であるということを強調したかったのではないか、とも感じます。作中でも述べられていましたが、いわゆる「ゾンビ映画」はただ単に色もの的ホラーとして作られたわけではなく、その時代時代に存在する社会問題などを巧みに取り入れた社会風刺という一面も持っています。かつての「ゾンビ」はその発生源も作中ではっきりと語られることはなく、漠然とした「恐怖」として存在していました。やがて時代が下るにつれ、ゾンビもその存在根源を明確にしていくようになり、テレビゲームが原作であることでも有名な『バイオハザード』シリーズでは、ゾンビは一企業が引き起こした明らかな「人災」として現出しています。

 本作の語り手である葉村は、高校入学前に震災を経験しています。執筆時期を考えるに、現在大学生の彼がその年齢で経験した震災といえば、東日本大震災で間違いがないでしょう(作中に「津波から逃れた」という表記もあります)。それと合わせて考えると、本作で起きた「未曾有の大災害」が明確な人災であるというのは、何か示唆めいたものを感じてしまうのは牽強付会にすぎるでしょうか。


 プレビューにも書いたとおり、鮎川哲也あゆかわてつや賞は、かなりクラシカルな作風のミステリが受賞する傾向が高い賞なのですが、前回(第26回)受賞の『ジェリーフィッシュは凍らない』(市川憂人いちかわゆうと 著)も「ジェリーフィッシュ」という架空の乗り物が存在する世界を舞台にしており(存在するというだけでなく当然、きちんとミステリ部分に絡んできます)、二回連続で「特殊設定ものミステリ」が受賞を勝ち取っています。

 今や本格ミステリの中枢を担う形になった「日常の謎」と、こういった「特殊設定ミステリ」この二つが、これから求められるミステリの大きな二本の柱になっていくような気がします(あとは根強い人気の「お仕事もの」でしょうか)。この二種類+お仕事ものを書けないミステリ作家は、今後のミステリ界において淘汰されていくという流れになるのではないでしょうか(自らに対する危機感も込めて)。そう言った意味でも、斬新な特殊設定と昔ながらの本格テイストを見事に融合させた本作は、近年のミステリ作品の中に置いても実に出色な出来であると言えましょう。


 それでは、次回の本格ミステリ作品で、またお会いしましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る