『おしりたんてい むらさきふじんのあんごうじけん』ネタバレありレビュー

『おしりたんてい むらさきふじんのあんごうじけん』いかがだったでしょうか? いい意味で、「思ってたのと違う」と感じられた方も大勢いらっしゃったのではないかと思います。収録された二編を順に振り返っていきましょう。


「むらさきふじんの あんごうじけん」

 いきなりこの一編。どうだったでしょうか。もう少し脚色を加えれば、一般向けミステリとしても十分通用する(類似の仕掛けを持った作品はすでにあるでしょうが)内容だったのではないでしょうか。依頼人が犯人だったというオチはもちろん(しかも、その犯人は物語の導入部、冒頭の会話ですでに名前が出てきています)、その正体を見破ったおしりたんていのロジックも見事でした。

 探偵が示した根拠として、「連日畑仕事をしているはずなのに肌が白い」「大好物のはずのスイートポテトに全く手を付けなかった」「大切にしているはずのさつまいもをぞんざいに扱った」という三点が挙げられたのですが、これはどれも、「絵本」というギミックを上手く生かした手掛かりだったのではないでしょうか。

 まず「肌が白い」というものは、文章で書いてしまうと明らかに目立ってしまう情報ですが、絵にしてしまうことで違和感が消え去ります。(ちなみに、「女性なので日焼け止めを塗っていたのはないか?」という反論も可能であるかに思えますが、作中に出てきた新聞写真のむらさきふじんは見事に日焼けしており、探偵はそれを見逃していなかったのです。これも文章で表現するのは難しい手掛かりでしょう)

「スイートポテトに全く手を付けていない」という手掛かりも、フェアに勝負するなら表現しないわけにはいかない情報ですが、これも文章に書いてしまうと非常に怪しく、悪目立ちしてしまいます。作中では、ニセむらさきふじんが事務所を出て行こうとする際、応接テーブルに出されたスイートポテトが全くの手つかずの状態であることがイラストできちんと描かれています。こういったさりげない手掛かりの残し方は、絵ならでのものです。

 最後の「さつまいもをぞんざいに扱った」というものだけは、文章でも対等に表現しうる情報ですが、これと同じ情報は実はもうひとつあります。本文18~19ページに掲載された芋畑の迷路で、ニセむらさきふじんが「葉っぱなんて踏んでもいいじゃない。ショートカットすれば早いのに(本文は全て平仮名表記)」と呟いています。一見これは、「迷路」というギミックに対するメタ的発言、かのように思われてしまいますが、ここは、この人物が、さつまいもに愛情を持っていないということを、さりげなく表現したものなのです。

 これら三つの情報を得た時点で、おしりたんていは一緒にいる婦人が偽者だと確信したのですが、それを裏付ける表現があります。それは22ページの、畑から掘り出した箱から絵が描かれた紙を取りだした場面なのですが、ここで探偵は、紙を手にした婦人を見ながら、「フーム においますね」と口にしています。これは表層だけを捉えていたら実は違和感のある演出です。暗号通り畑に何かが埋まっていて、それを掘り出したという、何もおかしなところのない場面です。ここで「におう」と言うのは変です。そうです、探偵のこの台詞は、紙が出てきたことに対してではなく、婦人に向けて言われた台詞なのです。ここは三つの条件のうちの最後が出た直後の場面なので、ここで探偵は、目の前にいるむらさきふじんが偽者であるという確信を持って、「におう」と発言したのです。



「おやつどろぼうは だれだ!?」

 窃盗事件であった表題作から一転、「日常の謎」を扱った一編です。「本格度」ではこちらのほうが優っている、と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

「何かが割れる音が二回聞こえた」「窓ガラスの破片の散らばった方向」「玄関には施錠がされていたため、犯人がいるとしたら侵入経路は窓からしかあり得ない」これらの手掛かりに加え、「切れたスタンドの電球を取り外して、新しい電球を買いに出かけたにも関わらず、スタンドに電球があるように見えた」(これも文章ではうまく表現しずらい手掛かりです)これらのことから、即座に何が起きたかを看破する探偵。本格ミステリのお手本のような一編でした。(ちなみに、「助手が犯人」というセンセーショナルなネタを使ったというのもポイント高いです)



 顔が臀部になっていたり、そこから繰り出される放屁攻撃など、小さな子供が食いつくネタに迎合したギミックを備えつつ、「本格ミステリ」の骨子を持つ『おしりたんていシリーズ』

 子供の頃にこれを読み、本作を好きになった子が、そのまま読書の楽しさを忘れずに成長してくれたなら、ロジカルな推理や謎解きの面白さに目覚めてくれたなら、その先の読書対象として、一般の「本格ミステリ」を手に取ってくれる確率は非常に高くなると言えるのではないでしょうか。

 今回本作をご紹介したのは、決して「ネタ」でも伊達や酔狂からでもなく、そういった未来のミステリ読者を増やすという目的もあったのです。

 もしこれをお読みになっている方で、近くに小学生低学年程度のお子さんがいらっしゃれば、「未来のミステリファン養成」として本シリーズを勧めてみるのも一興なのではないでしょうか。


 それでは、次回の本格ミステリ作品で、またお会いしましょう。

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