第59話 殺人鬼を…… ~中編~


 数十分後、士官学校の校門にて。

 矢島心音と熊木一助の二人は退屈な時間を過ごしている。

 

「oh……兄さん遅いなあ」

 

 心音は銘板の隣にもたれかかって、三十年前のゲームをプレイしていた。最近は昔のゲームソフトを発掘して遊ぶのがマイブーム、特に配信していないレアなものを。

 

「あらら、三十歳の寿命前オバチャンに告白されてしまったわ……オーマイゴッ、付き纏われちゃった、仕事変えようかしら……いやいっそこのままマリッジして遺産狙いで……ふむむ」

 

 予想外の事に戸惑う心音、ゲーム内の出来事に一喜一憂出来るのは彼女が幼いゆえか。

 そんな心音を横目で見ながら、熊木はハンドグリップをひたすらにぎにぎしていた。

 

「ゲームが好きなのか?」

 

「イエース、ゲームは人生です。最近は戦争のせいで新作が年に一作か二作だから残念」

 

 ゲーム、また映画やドラマ、アニメ等のメディアミックスは、作れば被害者達に対して不謹慎という声が強いため、中々新しいのが生まれず過去作の再放送や再販が主流となっていた。

 

「時代の流れというやつか」

 

「社会はメディアミックスに厳しいのです」

 

「難しい言葉を知ってるな」

 

 まだ十一歳の割には語彙力が大変豊富である。もしかしたらとっくに成人を迎えた熊木の方が語彙力低いかもしれない。

 流石は座学においてトップの成績をほこる矢島の妹、血の繋がりは無くてもやはり兄妹というものは似るようだ。

 

 その時、背中から、より正確には校門の裏手から足音が一つ聞こえてきた。ようやく矢島が来たかと思って振り返ると、それは矢島ではなく、戦術教官の森田だった。

 

「森田教官」

 

「探しました」

 

「ワオ、ファットマン」

 

 中々失礼な物言いである。事実ではあるが。

 森田はファットマンと呼ばれた事は大して気にもとめてないのか、表情一つ変えずに二の句を告げる。

  

「ああ、熊木さんも一緒でしたか」

 

 ――――――――――――――――――――

 

 資材搬入口から戦術教練室まで荷物を運び終えた。

 物凄く疲れた。

 台車を使わなければ運べない物量だったので矢島は軽く目眩がしたくらいだ。

 その荷物もようやく運び終えて、一息吐いた頃には既に二十分は経っていた。

 

「はぁ〜、終わった。しんどい……」

 

 教卓の脚にぐでーと寄りかかって、疲れたアピールをする矢島、そんな彼を花恋はにこやかに見つめていた。

 

「気持ちはわかりますが、妹さんが待ってますよ」

 

「わかってますよ、よっ……あ痛っ」

 

 教卓の天板、そこのちょっと突き出た端の部分に頭をぶつけるというあるあるを引き起こす。その時教卓から一冊の手帳が落ちた。

 今時珍しい紙の手帳、誰のものかはわからない。人の手帳を勝手に見るのは悪いと思い、なるべく見ないようにして拾い上げる。

 そのまま閉じて教卓に戻そうとした時、不意にある文字が目に入った。

 

『ゴルゴンを連れてきてそこに人間の女を手術で括り付けたのだ』

 

「これって」

 

 思いつく節はある。半年前に起きた三沢市防衛戦、委員長が戦死したあの戦いだ。その戦いで現れたゴルゴンの頭には女性が張り付いており、あとで矢島達が調べたら手術痕があった。

 当然ながらゴルゴンに人間が張り付いていた事は報道されず、学校側にも圧力がかかって箝口令が敷かれることになった。

 この手帳はその時の記録である、そうに違いない。だが頭で考えても、心にある不信感が拭えない。

 

 矢島はおそるおそるその手帳を読み始めた。

 最初は見開いたそのページを、読み終わったら前のページ、そして前のページ、流し読みで一ページあたり数秒程だが、読み終わる度に矢島の表情は徐々に険しくなっていく。

 

「矢島さん、あまり人の手帳を」

 

「待って! これただの手帳じゃない」

 

 一通り流し読みして矢島は確信する。手帳は日記だった、ある人物が青森で経験した事件を主観的に綴ったものだ。

 その事件とは十和田市を始めとする青森県の主要都市で起こった連続殺人事件と失踪事件、矢島もその事件については記憶している。何よりかつてのクラスメートである『木野美代』がその被害者だからだ。彼女の場合は直ぐに遺体が見つかったが、被害者達の中には未だに遺体が見つからない場合がある。

 

 そして日記の内容は一連の事件を犯人の目線で書いたものだった。

 つまりこの日記の持ち主は。

 

「殺人鬼の日記だ」

 

 花恋の瞳が驚愕に見開かれる。

 

「何故そんなものがここにあるんですか!?」

 

 確かに疑問だ、これまで犯人は派手に動いてるにも関わらず、なんら痕跡を残していないのだ。そこまで大胆不敵かつ慎重に動いていながらこんな些細な凡ミスを犯すだろうか。

 少なくとも矢島と花恋はそう思わなかった。

 

「多分、何かある」

 

 矢島は日記のページを今度は新しい方へ捲っていく。

 白紙のページが続く中、最後のページにそれはあった。

 

『もう駄目だ、耐えられない!

 何をしようとしても同士に阻まれる。監視までつけるしまつだ。

 この胸の内に湧き上がる殺人衝動は抑えられない!

 切り刻みたい、撃ち抜きたい、締め上げたい、悲鳴が聞きたい、命乞いを聞きたい、助けを求めて叫ぶ様が見たい、涙を流して懇願する様をみてマスターベーションに耽りたい。

 その全ての欲求が! 欲望が! 阻まれる。私は一体どれだけお預けを食らわねばならない!

 だがそれもここまでだ、今日あの男はここにいない、長野で合同演習に参加しているからだ。

 そうだ、あの男がいない今がチャンスだ。

 しかしただの殺しでは面白味が無い。スリルがなければ、そうだゲームをしよう、それがいい。

 どうせなら盛大にやろう、これが最後の殺人のつもりでやろうではないか! 成功しようが失敗しようが構うものか、最高のゲームをしよう!

 ちょうどいいターゲットも現れた。あれは矢島太陽の妹らしい、矢島か、成績は申し分ない、ゲームの相手としては最適だ。

 この日記はゲームのプロローグがわりに教卓へ置いておく、彼がこれを見つければ自然とゲームスタート、見つけなければ私が直接彼へ電話してスタートだ。

 

 さて、ここまで読んだのならもうわかるだろう?

 ゲームスタートだ、矢島太陽。

 

 私の名前は森田、戦術教官の森田だ』

 

 考える暇も無く、矢島は自分の端末を取り出して妹へ、心音へと掛ける。

 トゥルル、トゥルルとコール音が続く度に矢島の心臓が早鐘をうち、焦燥感を募らせていく。

 

「頼む、出てくれ」

 

 そして五回目のコール音が鳴ると同時にようやく心音が電話にでた。

 

 ――――――――――――――――――――

 

 同時刻、士官学校校門前

 森田がきて間もなく、心音のポケットがヴヴヴと携帯端末が振動を始めた。振動の仕方から通話である事がわかる。

 プレイしていたゲームを中断して電話に出る、掛けてきたのは義兄の太陽であった。

 

「Hey 兄さん。遅いよどうしたの?」

 

「心音! 良かった無事か」

 

 スピーカーの向こうの声がおかしい、何か慌ててるような。

 

「Why? なに慌ててるの?」


「心音、今誰といる?」

 

「ん? 熊さんと、あと森田って人」

 

「そいつから離れろおおおおおおおお」

 

「ワオ!!」

 

 驚いた心音はうっかり携帯端末を落としてしまった。地面に乾いた音を響かせて滑っていく。

 それを拾おうとしたその時、心音より早く別の人の手が携帯に伸びて拾い上げた。

 森田だった。

 森田は未だ通話中の携帯端末を耳に当てる。

 

「こんにちは矢島さん、その様子ですと手帳に気付いたようですね。では話は簡単です。妹さんを救ってご覧なさい」

 

「教官?」

 

 熊木が只ならぬ気配を感じて心音と共に下がり始める。腰のホルスターのフックを外して何時でも拳銃を抜けるようにする。

 

 ジリジリと後退りする中、森田は横を向いて携帯端末を持っている右手側を熊木達に見せる。

 

「ではゲームスタートです」

 

 その瞬間、森田の右脇から銃声が轟いて鉛玉が発射された。それは熊木に拳銃を抜かせる暇も回避させる暇も与えずに、真っ直ぐ熊木の腹に穴を開けた。

 右側を見せることで左手を隠し、左手をジャケットの裏側に通して、袖に仕込んだデリンジャーを撃ったという事に熊木は気付かなかった。

 

 声もなく、熊木はどさっという音を立てて地面に沈む。程なく赤い染みが熊木を中心に広がり始めた。

 

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