第42話 殺人鬼(山岡編)

 二時八分 ウランバートル北部、中央市街から北へ七キロメートル進んだ住宅密集地でドラゴン・ベイビーを三機の人型戦車が追い詰めていた。


花恋かれん石蕗つわぶき! おやりなさい!」


 山岡の仮面に内蔵された通信機に、若い女性の甲高い声が届く。

 民家の屋根の上に登って様子を伺っている山岡の視界には両サイドを赤い人型戦車と青い人型戦車で固められたドラゴン・ベイビーの姿が写った。


 全長九メートル、M.Oを基盤としたずんぐりとした体型で脚部が特に太い。カラーリングは全身を赤く染めて機体の起伏に沿って銀色のラインが入ったのを「花恋かれん」、青い機体に白のラインが「石蕗つわぶき」という。


 そしてこの二機は無人機である。


 両機は手に巨大な薙刀を持ち、それをドラゴンの首の後ろから抑えて行動を封じていた。


 さしずめ、死刑囚を棒で抑え付ける執行人のよう。


「よろしくてよ、とどめはわたくし斬姫きりひめがさします」


 ズンズンと金色の機体、斬姫がドラゴンの前へと歩みでる、派手な金色に黒いラインの人型戦車という囮全開のカラーリング機体だ。


 体型は女性を思わせるスマートなボディ、花恋と石蕗に比べると幾分細いものの、やはり脚部は他パーツに比べて大きい。

 得物は細身のエストック。


 斬姫はエストックを水平に構える、次の瞬間には既にドラゴンの眉間に刺さり脳を殺していた。


「おーほほほ、流石はわたくしですわ、華麗極まりましてよ」


 と言いながらエストックを引き抜こうとしたその時、憐れにも柄のところでエストックがポッキリ折れてしまった。


「折れてしまいましたわあああああ」


 華麗さはどこにいったのか。

 山岡はハァと嘆息した。


 斬姫のパイロット、ミーナ・ロードナイトは山岡の知己である。

 同じ学舎で机を隣にした仲で、卒業後は滅多に会う事は無かった。


「せっかく十三話ぶりに登場したのにこれでは美しくありませんわ!」


 何言ってるのこの人。


「とりあえずミーナ、早く補給したら」


「あら山岡さん、これは大変お見苦しいところを見せてしまいましたわ、申し訳ございません」


 斬姫が両手であたかもスカートの両端を摘むように構えてカーテシーをする。


「ところで山岡さん、わたくしと結婚してください」


「お断りします」


「わかりました、それではごきげんよう。私の活躍はまだ続きましてよ!」


 おーほほほと高笑いしながらミーナは去っていった。その後ろにピッタリ張り付くように花恋と石蕗がついていく。


 余談だが今話におけるミーナの出番はここで終わりである。


 ――――――――――――――――――――


 ミーナもいなくなったしそろそろ撤収準備を……と思っていた矢先、ミンジスレン大尉から通信がはいった。


「山岡君、ウランバートルの東部に奇人が現れた。恐らく君が一昨日殺害した鋼鉄キャットだと思う」


「やっぱり来たのか」


「ああ、今は国軍の歩兵小隊が応戦してるが倒す事ができない……いや倒しても蘇るのだそうだ」


「わかりました、すぐに向かいます。歩兵小隊の人には無理に戦わないように言っておいて下さい」


「わかった、頼む」


 通信が終わってすぐ、山岡は屋根から降りて家の中に入った。家宅不法侵入罪などというものは非常時には適用されない。


 居間で充電していたバッテリーを回収し、外に止めているバイクにセットする。


「うし、ケリつけにいきますか」


 モーターを回してモンゴル国軍から借り受けたバイクを走らせた。


 ――――――――――――――――――――


 ウランバートル東部、一度首都から離れれば背の低い建物が何キロにも渡ってズラリと並び、衛星写真などで上から見ると中々壮観である。


 三方向を山に囲まれた地区でモンゴル国軍が方陣をしいて鋼鉄キャットを防いでいる。


 7.62mm口径の汎用機関銃がリズミカルに火を吹き、そのリズムに合わせて鋼鉄キャットが死のダンスを踊る。


「アメリカンニューシネマでこんなのあったな」


 と昔の映画を思い出した。

 山岡は手近にいた補給係の二等兵に声を掛ける。


「小隊長のとこまで案内してくれませんか?」


「?」


 しまった、日本語が通じてない。

 仕方なくモンゴル語に訳してタブレットに表示する。


「OK」


 と返事を返してから二等兵は下士官の元に向かった。二言三言会話した後、下士官が山岡の元へとやってきた。よくよく見るとその下士官は曹長の階級章を襟に付けている。


「Instead I will show you(私が代わりに案内します)」


 英語だった。「I understand」と返して曹長の後を付いて行く。

 方陣のすぐ後方で指揮を執っている少尉の元に案内されると、曹長は小隊に短い報告を済ませて元の持ち場へ戻っていった。


「Please tell us about the situation(状況を教えてください)」


「I think that some story is heard from the captain(ある程度の話は大尉から聞いていると思います)」


「He never died? (あいつ死なないんだって?)」


「As you can see. No matter how many times he kills, he will revive(見ての通りです。何度殺しても蘇ります)」


 少尉が促す方向に目を向ける、鋼鉄キャットは穴だらけで最早猫かどうかも怪しくなってきていた。そんな状態でも鋼鉄キャットはゆっくりと起き上がり、立ち上がり、歩き出す。


 傷は徐々にだが回復している。


「やっぱり再生が能力か……Please burn it (燃やして下さい)」


「HA?」


 山岡は少尉の目を見て頷く、少尉はそれ以上何も聞かず部下に「Галт! (焼夷弾!)」とだけ命令した。

 程なくして次々と焼夷弾が鋼鉄キャットの周りに着弾して燃え上がる。


「あぁぁぁぁぁぁ!!!」


 鋼鉄キャットの悲鳴が響く、炎を振り払おうとしているのか動きが大振りで足取りも不安定で徐々に緩慢になる。しかしその叫びだけは痛々しく更に大きくなっている。

 小隊の中には目を逸らす者もいた。


「もう人間だった頃の記憶や感情もないんだろうね、そんなになっても戦わされるお前を見てると思い出すよ、友達を」


 言って山岡は炎の中で呻く鋼鉄キャットの元へと歩き出す。後ろで静止を促す声が聞こえたがそれを無視して炎の中へ踏み込む。


「ああああぁああぁぁぁあああ」


 山岡の着ているコートは耐熱耐炎で燃える事はないが、酸素が燃やされている中では呼吸がしづらい。


「最初にお前を殺しきれなかった僕の落ち度だ。だからすぐに楽にしてあげるよ」


 ハルバードを展開して、一閃。直後鋼鉄キャットの首が胴体を離れて地面に落ちて炎に巻かれた。


「…………じゃあね」


 コートを翻して踵を返す。炎を出て身体に付いた火の粉を払う、その時山岡の後ろ、炎の向こうから男の声が聞こえてくる。


「そうだ、それが最適解だ」


「!!」


 慌てて振り返った。その声は聞き覚えがあり、二度と聞きたくないと思っていた反面、会いたくて会いたくて仕方なかった男の声だった。


「久しぶりだね、今は……山岡と名乗っているんだったね」


 男は長身で、女性を虜にする甘いマスクの持ち主で白衣を纏っている。


「…………っ」


「奇人の能力はその身に宿す奇獣の細胞が引き起こすものだ、そしてその細胞は炎に弱く、焼かれるとすぐに死滅してしまう」


 ペラペラとよく喋る。

 山岡の後ろでは小隊が戸惑いながら銃を構えていた。


「ゆえに炎に強い奇人を作るのは目下の課題なわけだが」


「……oot……」


 山岡はボソッと呟いた。


「ん? 何かな?」


 男は芝居がかった動きで耳に手を当てて聞き返す。


「sh……nd……ill」


 小隊長が山岡の元へ寄る。そして。


「Shoot and kill! (撃ち殺せ!)」


 叫んだ。


「……! Fire!」


 小隊長はビクっと身体を震わせたが、すぐ部下に撃てと命令した。

 先程の鋼鉄キャットと同じく男に向けて無数の弾丸が向かい死のダンスを見せる……筈だった。


「……ちっ」


 弾丸は何故か男の目の前で弾けて当たる事は無かったのだ、まるでそこに見えない壁があるかのように。


「何かいる」


 目をこらすと僅かに空間が揺らいでいる、山岡はフィリピンで戦ったクラゲ奇人を思い出した。

 しかし空間の揺らぎは大きく、奇人のものでは無いことは明らかであった。


「気になるかい? 教えよう! これだよ!」


 男は腕をばっと広げた。

 そして徐々にそれが姿を現す。

 全長十二メートル、牛のような頭部と異様に太い両腕が特徴の中型奇獣。


「アスデリオス!」


「その通り! 私が品種改良を施した新型種だ! なに、ステルス自体はよくあるものさ、フィリピンでも投入したし、君の仲間にもその使い手がいるだろ? 確か……手塚紅李だったな」


「Is he alright? (あいつは一体なんだ?)」


 男の言葉を遮り小隊長が山岡に尋ねる。


「It is an enemy.(敵です)

 Using a meteorite beast, he created an odd man.(奇獣を利用し、奇人を創り出した)

 It is an enemy of mankind! (人類の敵だ!)」


 直後、小隊長が再び命令して銃撃が始まった。

 当然ながらアスデリオスに銃は通じない、支援火砲で応戦するも倒しきれそうにはなかった。


「お前、何でここにいるんだ」


 苦々しく尋ねる。


「ドラゴンの調査さ、さっき言ったろう? 奇獣の細胞は火に弱い、しかし火を吹く奇獣が現れたんだから調査しないわけがない。あわよくば洗脳しようとしたけどそれはできなかった。まだまだ私も未熟だな」


 やれやれと首を振った。その仕草一つ一つが苛立たしく、山岡の中から理性というものを徐々に奪っていく。


「そのために鋼鉄キャットを使って妨害したのか」


「鋼鉄キャット? ああそれの事か、そうだよ、他にもいろいろ奇人を送ってるけどね」


「ドラゴン・ベイビーが街に来たのもお前の差金か?」


「それは違う、ドラゴンは洗脳できなかったと言っただろう? 奴らは餌を求めて街に来ただけさ」


「そう、じゃあその脇に抱えているのはなんだ?」


「人だよ」


 男の脇には人……だったものが抱えられている。両手両足が切断された女性の胴体だ。服は剥かれ、たわわな乳房がぷるんと揺れた。

 顔には生気がなく、目が白目を剥いている。

 生前はかなりの美人だったのだろう。


「さっき瓦礫の下敷きになっていた女性なんだけどね、助けようと両手両足を切断して瓦礫から引き抜こうとしたらショック死してしまった。私がもっと早く駆け付けていればこんな事には……うっ」


 よよよ、とわざとらしく泣き真似をする。

 と思ったらすぐに破顔して楽しそうに口を開く。


「そうそう聞いておくれ! 調べてみたらこの女性は処女なんだよ! 驚いたよ」


 そして男は女性を高く掲げるとその膣に口をあて始めた。


「うぅぅぅ、んちゅっ……んむっ……ぷはぁ……ぁぁ、んんんん……処女の味がするよおおおおおおお!! ああああああ何て甘美なんだ!」


「このゲス野郎があああああ!!」


 山岡は銃弾飛び交う戦場を走り抜ける。アスデリオスがその進路を阻もうと腕を振るが、紙一重で躱して男に肉薄する。

 右のトンファーを振るいその首を狙う、しかし男が女の胴体を盾にしたおかげでその手が止まってしまった。

 その隙をつかれ男に蹴り飛ばされる。


「口が悪いなあ、直した方がいいよ。フフ、それにそろそろ私の名前を呼んで欲しいな。忘れたの?」


「忘れるわけがない、お前だけは絶対に殺してやるっ。蒼本佳祐あおもとけいすけ!」


 仮面を外して、憎悪をこめた金色の瞳で睨む。

 蒼本は一瞬目を見開き、歓喜の顔で山岡を見つめた。


「あぁ……いい、いいよその顔、最高に性的興奮をおぼえる! でも今日はここまでだ、いい抱き枕も手に入ったし帰るとするよ」


「待て!」


「いずれまた」


 蒼本はアスデリオスの手に乗って背を向ける。程なくしてステルスでその姿を消した。


「くそがっ!」


 吐き捨てる。小隊は蒼本を追うべく分隊に別れて行動を開始した。

 恐らく無駄だろうと思う。


 取り逃した悔しさと、怒りで我を失いかけた事の不甲斐なさのあまり右手で左腕を思いっきり掴んだ。そしてすぐに爪がくい込む程強く握ってるのに痛みを感じ無いことに気付く。


「そう言えば義手だったんだ」


 何もかも嫌になる。

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