第41話 トゥルゲン山地攻略戦〜陸〜(香澄編)


 砲撃が途切れた途端、ドラゴンは行動を開始した。四つん這いで一キロ走り、左側のやや傾斜が緩い所を登って火球を放った。

 火球の元となったのは付近に潜んでいた履帯式戦車、難を逃れた他の履帯式戦車はもれなく踏み潰されたり、尻尾に弾き飛ばされてしまった。


 ドラゴンが放った火球は第二砲兵部隊、主にM119Ⅱ105ミリ榴弾砲を使っていた部隊へと放たれた。火球はその榴弾砲(軽砲)を破壊し、至近距離で榴弾を放とうとした警備兵もろとも焼き潰した。


 それを目撃していた第三砲兵部隊の小隊長はすぐ様小隊全員に移動命令を下して司令部へと報告する。

 報告は中継車を通して司令部に数分遅れで伝達される。


 ――――――――――――――――――――


「中継車より入電、第二砲兵部隊、並びに第一履帯式戦車小隊は壊滅、第三砲兵部隊は砲撃ポイントを北へ二百メートルずらすとのこと」


 オペレーターの報告が司令部テントに響く、報告を受けた司令官は内心で「めんどくさいなあ」と嘆いた。

 ただでさえ臨時で中尉に昇進してしまってめんどくさいのだ。それもこれも司令官より上の士官が皆戦死してしまったからに他ならない。


 通常小隊とは士官が小隊長とならなければならない。ゆえに国連軍では小隊付き軍曹及び曹長を臨時で少尉に昇進させ、そして司令官は小隊長と同じ少尉だと不都合なので中尉に昇格した。


 終わったら必ず降格届けを提出する。そう決めた。


「火力落ちると倒すのがめんどうだな。第三、第一砲兵部隊はこまめに場所を変えるよう指示、第四砲兵部隊はしばらくその場で待機、ドラゴンに見つかったら迫撃砲を置いて即座に撤退せよ。第一、第三履帯式戦車部隊は穴ぐらから出て砲撃、ドラゴンの注意を惹きながら人型戦車小隊の後ろに周れ」


「了解! 中継車、第三砲兵部隊…………」


 オペレーターが司令官の命令をそのまま中継車に伝える。

 全くもってめんどくさい、さっきの砲撃で倒れてくれれば楽だったのに、何でこうめんどくさい展開になるのか。


「司令! カドモスが発進しました」


 モニターを見ると、夜に紛れて見えずらいが確かに漆黒の人型戦車が戦場を走っている。


「人型戦車部隊を全機東側へ集めろ、ドラゴンの目をそちらへ向けるんだ。そしてカドモスは西側からまわれ、またカドモスの突撃に合わせてサーチライトを消すように」


 流石にドラゴンも目が慣れてきただろう。ここらでまた目くらましを行おう。


「カドモスが西側の岩場に身を隠したとの事、合図と共にでるそうです」


「わかった、なら先にサーチライトを消そう、そのタイミングで出るように指示」


 しかし中継車を経由するのは流石にめんどくさい。これも何とかならないものか。

 一部の警備兵が打開に動いているというが、詳細はわかっていない。


「そういえば」


 モニターのカドモスを見てふいに思った、くだらない事であるのはわかっているのだが。


「日本ではああいう剣を持って戦う兵士を何と言うんだっけ? ヨーロッパでは騎士だよね」


 傍にいる下士官が答える。


「確か“SAMURAI”だったかと」


「成程……“SAMURAI”か」


 ――――――――――――――――――――


 同時刻、第二砲兵部隊が壊滅した付近にて境倉は負傷者の救助にあたっていた。

 簡易的ながら衛生テントが張られ、そこに十数名の重傷者が寝かされていた。


「衛生兵、俺はどうなる?」


 境倉が担当する日本人の警備兵がそうボヤいた。その警備兵は大腿動脈を損傷しており、既に四分の一近くの出血により心臓が虚血しかけていた。意識を保っている事すら奇跡だった。


 要するに、助からない。


「その……」


 警備兵は境倉の顔を見て全てを察したのか「そうか、死ぬのか」と呟く、境倉は絶句した。自分の不手際で相手に死を悟らせてしまったからだ。

 これで警備兵がパニック障害を起こさなければいいが、しばらく観察してもその様子は無く至って落ち着いてみえた。


 これならと思い、本当の事を話す。


「はい、もって数分と思うっす」


「痛みを感じねえ、意識もボンヤリするんだ」


 モルヒネをこれでもかと打ったのだ、痛みどころか触覚をはじめとする五感も鈍くなってる筈だ。


「このまま死にたくねえ、せめて一矢、あの蜥蜴に一矢報いてえ」


 警備兵の瞳から涙が零れて透明な筋をつくる。


「衛生兵、頼む……俺のかわりに」


 それ以上の言葉は紡がれなかった。

 言葉を発しなくなった警備兵の元に一人の女性看護師が訪れて脈を測り、時間を読み上げた。

 彼は死んだ。


「お疲れ様境倉君。後の事は私がやっておくからあなたは休んでいなさい。負傷者を運ぶのに尽力してくれたし、それにこういうのは初めてでしょ? 思ってたより体力を消耗してるものよ」


「はいっす」


 境倉は踵を返してテントを出る。行先は休憩所ではなく武器弾薬を置いているテントだった。


 ――――――――――――――――――――


 三叉の入り口付近の岩場


「サーチライトが消えたタイミングで突撃してください」


「了解です」


 莉子は短く答えるとオペレーターからの通信を切った。

 モニターの向こうでは人型戦車部隊がドラゴンを引き付けているが明らかに各分隊で連携がとれていない。たまに砲撃や射撃が途切れるのだ。

 人型戦車部隊は六つの分隊で構成されている。三つは警備兵、一つはモンゴル国軍、残り二つが国連軍。

 やはり即席の部隊では駄目だ。せめて所属する軍に分けて配置するか、全機体のパイロットをどれかの軍に統一させるべきだ。


 とそういう事を考えている間に警備兵と国連軍のM.Oが一機ずつ破壊された。


「GYAOOOOOOOOOOOOO」


 ドラゴンが咆哮をあげる、勝ちを確信しているのだろうか。

 異変はその咆哮の最中さなかに起きた。ドラゴンの意表をつくかたちでサーチライトを消灯させたのだ。ドラゴンは戸惑い、キョロキョロと首を振り回している。


 ドラゴンがカドモスのいる方向とは別方向を向いた瞬間に、莉子はカドモスを岩陰から出して全力で走らせた。


 あわせて人型戦車部隊がカドモスとは反対側からドラゴンへ攻撃する。狙い通り憤ったドラゴンが人型戦車へ向けて前足の爪を振るう、人型戦車部隊は散開してそれを躱す。

 しかし運悪く脚部が動作不良をおこした警備兵の機体がなすすべもなくドラゴンの爪に縦裂され、露出したコックピットからパイロットの残骸が見えた。明るかったら内臓まで見えていたかもしれない。


 動作不良を起こした理由は、砲撃時の衝撃を全身で揺らしながらいなすのではなく足で踏ん張ったからだろう。そのせいで脚部に必要以上な負荷がかかり動作不良に繋がったと思われる。


 等と考えながら走っている莉子はレーザーブレイドの間合いに入る直前にブレイドを起動し、レーザーの青白い光が薄らと辺りを照らすのを確認した。

 レーザーブレイドの刃渡りは二十尺、約六メートル程。


 ドラゴンの横に廻った莉子は心臓部にむけてレーザーブレイドを振り下ろす。


「腕!?」


 カドモスの存在に気付いたドラゴンが咄嗟に左手を差し込んでレーザーブレイドを防いだ。


「くっ!」


 戻して振り直す余裕はない、強引に腕を切り落としてドラゴンの胸部を斬り結ぶ。レバーを握る莉子の手に柔らかい肉を切る感触が伝わった。


「GYAAAAAAAAAAA」


 いける!


 そう思った直後、ふいに莉子の手に何も感じなくなった。

 まさかと思いモニターのレーザーブレイドのバッテリー残量を確かめると、0%だった。


「時間切れ!? あうっ!」


 一瞬の隙をつかれ、カドモスはドラゴンの右手によって弾き飛ばされてしまう。二度、三度地面をバウンドしてようやく止まる。

 彼我の距離は百メートル以上も離れた。


 戦場に落胆と失意の嘆きが充満する。


 ――――――――――――――――――――


 南側、戦場を見下ろす事が出来る山の上で一人の日本人男性が双眼鏡でドラゴンとの戦いを見物している。


「フフフ、惜しい! もうちょっとだったのにな、さてどうなるのか、気になるなこれは」


「そうか、だがお前がそれを知る事は無いだろう」


「は? ぐっ」


 何故? という疑問を抱く前に男の胸は貫かれた。男の視界に背中から自分の心臓を突き刺したレーザーブレイドの刀身が写る。


 男が振り向く、そこには騎士を思わせる風貌の、長身の男がレーザーブレイドを片手に立っていた。戦闘服に身を纏った若宮である。


「……ぁ……っ」


 言葉を発しようにもうまく声が出ない。


「無駄だ、肺ごと貫いた。薄汚れた奇人如きの言葉を聞く程俺は優しくはない」


 男は自身の死を悟ると、憎悪の眼差しで若宮を睨む。その口元は不敵に笑っている。


「貴様の他に妨害電波ジャミングを行っている奇人がいる事には気付いている」


 男の目が驚愕で見開かれる。


「俺は電波に干渉できる。ゆえに妨害電波ジャミングの軌跡が二本ある事に気付かぬ筈がないだろう。ここまで遅くなったのはその軌跡が微弱で辿るのに時間がかか…………既に死んでいるか」


 男は若宮の言葉を最後まで聞くことなく絶命した。

 少しして若宮の元に通信がはいる。


「エンジェルか、どうやらそっちも終わったみたいだな」


「ああ、後ろから蜂の巣にしてやったぜ。これで妨害電波ジャミングはなくなったんだろ?」


「無論だ」


「しかし、あっちはヤバそうだぞ。撤退した方がよくないか?」


「それは俺達ではどうしようもないな、しかしもう終わったわけではないぞ、現にあの黒い機体はまだ戦う気でいる」


 若宮の視線の先には、ゆっくりと立ち上がるカドモスの姿があった。


 ――――――――――――――――――――


 カドモスのコックピット内。


「……ちゃ……り……莉子ちゃん!」


 ハッ、と静流の声で目が覚めた。


「うっ……あぁ……大丈夫です。ちょっと頭がグワングワンしますけど」


 どうもさっきの衝撃で失神したらしい。気を失っていたのは三十秒程のようだ、この間に攻撃されなくてよかったと安堵する。


「香澄君、動けるか?」


 熊木に言われてカドモスの動作チェックを行う。地面に叩き付けられた時に左腕で咄嗟に受け身をとったからかうまく動かせない、他は大丈夫そうだが。


「あれ? 何で静流さんや社長の声が」


「ついさっき妨害電波ジャミングが解除されたんや」


「それは今はいい、カドモスは動けるな? 急いで撤退を」


「いえ! まだやれます」


「ちょっ! なにゆうてんねん! レーザーブレイドも無しでどないせいちゅうねん」


「手応えがありました。さっきの攻撃で外殻は貫けたんです。だからまだ勝ち目はあります」


「言ってる事めちゃくちゃやで」


「いいだろう」


「社長!?」


「司令部に援護を要請する。必ずきめろ」


「はい!」


 通信が終わる。莉子はドラゴンをきっと睨んで、腰に差した大太刀を引き抜く。

 ドラゴンは一歩後ずさった。莉子はカドモスを一歩進める。あわせてドラゴンが再び後ずさった。


 国連軍、国軍、警備兵全ての目が見開かれる、今まで恐怖の対象だったものが一体の人型戦車に、人間からしたらネズミ程のサイズ差もある相手に怯えているのだ。


 そこへ司令部から全兵士に向けて通信がはいる。


「I command ordinary brave soldiers. Defend that black "SAMURAI"! (勇敢なる兵士諸君に命令する、あの黒い“SAMURAI”を守れ!)」


『オオオオオオオオオオ』


 ドラゴンにも負けない咆哮が各所であがる、この時初めて一つの軍隊が出来上がった。

 国連軍も国軍も警備兵もない、あらゆる人民からなる一つの軍隊。それは奇獣との戦争が始まってから初の、形だけではない、本当の意味での連合軍と呼ばれる軍隊であった。


 カドモスは走り出した。


「GUUUUUUUU」


 ドラゴンは後ずさりながら右手で翼を、折れて使い物にならなくなった翼をもぎ取って振り回し始めた。

 それは生に対する執着がなせる所業である。


 カドモスの左から翼が襲来する、だがそれは駆け付けたM.Oの一個分隊が力づくで押さえつけた。翼が完全に止まる瞬間を狙って第三砲兵部隊がドラゴンの手元に集中砲火を浴びせる。


「GAAA」


 たまらず翼を手放すドラゴン、そこへ全ての履帯式戦車が砲撃を加えるがドラゴンは砲撃をものともせず大口を開けて翼を押さえつけたM.O分隊の一機を口に入れて咀嚼した。


 火球を生成して散弾にして放つ、狙いは勿論カドモス。しかしそれもM.O三機がカドモスの前に出て盾になった事で無駄撃ちになってしまった。


 火球を受けたM.Oは全機コックピット部に深刻なダメージを負ってしまい、二名が死亡、一名が歪んだコックピットに閉じ込められた。


 ドラゴンは更に岩を食べて火球を生成する、今度は散弾ではなく大砲のようだ。

 口から放つその時、第三砲兵部隊からミサイルが飛び口の中の火球を破壊した。


 後になって知る事だが、そのミサイル攻撃は第三砲兵部隊と行動を共にした境倉が撃ったものらしい。


 そして幾多の犠牲を払ってようやく、カドモスはドラゴンの懐に潜り込んだ。


奇獣あなたも生きたいよね、でも奇獣あなたがいると人類わたしたちが生きていけないの。これは人類わたしたちのエゴ、だから……ごめんね」


 莉子はそれだけ言って、大太刀を先程レーザーブレイドで付けたドラゴンの左胸の傷に刺し込んだ。それは音もなく滑らかに進み、骨を避けて心臓を突いた。


 しばらくしてドラゴンの活動が完全に止まり、その巨体は地面に横たわった。


「終わった?」


 誰かがオープン通信で言った。


「Yeah, it has ended (ああ、終わった)」


 誰かがオープン通信で答えた。


 そして。


『WAAAAAAAAAA』


 割れんばかりの歓声がその地に響いた。


 莉子はその様子をモニターで眺めた後、ゆっくりと目を閉じた。

 流石に疲れた、まだ警戒令は解かれていないけど眠っても大丈夫だろう。怒られそうではあるが。


「それでは皆さん、おやすみなさい」

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