第22話 武闘大会編始動……(山岡編)

 四月十八日 水曜日

 美海市内にいくつもある警備会社の一つ、志津馬しづま警備という中小企業に山岡と境倉が訪れていた。


「いやぁここの訓練施設広いですねえ」


「器具も充実してますし、ここほんとに中小企業っすか?」


 五十万平方メートルという軽く一つの街並の広さはある広大な演習場を、一介の中小企業が持っている事に驚きを隠せない二人だった。


 因みに志津馬警備はこの広大な演習場を有料貸し出しを行っているため、山岡達は今回それを利用しにきた。


「たく、何でてめえなんかに貸さなきゃなんねえだ」


 気だるげにボヤいたのは志津馬警備所属のエンジェル・ブレッド、以前山岡とフィリピンで共闘した事がある。


「ちゃんとお金は払いましたよ、つまり僕はお客様、お客様は神様、イコール僕は女神!」


「女神かよ!」


 ツッコミをいれてからエンジェルはタブレットの画面を山岡達に見えるように傾けた。

 そこには演習場の全体図が映っており、そのうち十分の一に満たないスペースが赤く塗られていた。


「この赤く塗ったところが今回お前達が使っていい範囲だ」


「大体百平方メートルくらいっすね」


「充分ですよ」


 場所は丘陵地帯となっていてアップダウンの差が激しく、一般人なら歩くだけでヘロヘロになる。瓦礫などのデブリも多数配置されておりゲリラ戦の訓練にはうってつけかもしれない。


 だが今回山岡達が来たのは境倉衛生兵の訓練のためだ。


 山岡は「よいしょ」と年寄りじみた掛け声と共に足元に置いていた土嚢を起こして立てた。土嚢にはチョークで負傷兵と書かれている。


「ええとじゃあこの負傷兵に見立てた土嚢を百メートル先の岩陰に置きます。境倉君は土嚢まで走って、負傷箇所が書かれたメモを貼り付けておくから適切な処置を行って下さい。最後に土嚢をここまで運んで終わりです。質問は?」


「適切な処置は口頭でもよろしいっすか?」


「うんそうだね、人形じゃないから口頭でいいよ。大事なのは君のフットワークを鍛える事だから」


「了解っす」


「へぇ、結構真面目にやってんだな」


 それまで傍観を決め込んでいたエンジェルが口を開いた。


「そりゃ訓練は真面目にやりますって……じゃ、よろしく」


 山岡はドサッと音を立てて、土嚢をエンジェルに押し付ける。


「あん?」


「それ百キロもあるんですよ、よろしく!」


 と山岡はビシッと陸軍式の敬礼をしてから、その場を風のように走り去っていった。


「逃がすか!」


 エンジェルは土嚢の端を破れるくらいに強く握り、足を大きく開いて投擲のスタイルをとると、百キロもある土嚢を今も尚走り続けてその姿を豆粒ぐらいに小さくしている山岡に向けて投げ飛ばした。


 重く空気を切る音を立てて土嚢はまっすぐ山岡へと飛んでいき、そして。


「そろそろまいたかな? ……どや? ……ぶべらっしゃばあああ」


 立ち止まり、振り返った山岡の胴体に抉り込むように土嚢が突き刺さる。そして数メートル後方へと吹き飛ばされた。


 その光景を一部始終見ていたエンジェルは大きくガッツポーズをとった。


「しゃあっ」


 心配になった境倉は山岡に通信を飛ばす。


「あの、大丈夫っすか?」


 数秒遅れて「ギャグパートじゃなかったら死んでた」と返ってきた。


 ――――――――――――――――――――


 昼休憩 志津馬警備の食堂にて。


 山岡と境倉はエンジェルを交えて一時の食事に舌づつみをうっていた。

 志津馬警備は社員が多いためか味付けが少し大味だった。


「そういえば松尾さんは元気ですか?」


「あいつは今モンゴルだ、まあ元気にしてんじゃねえか?」


「へぇ、モンゴル。何でまた?」


 エンジェルは眉間に皺を寄せて「誰が話すか」と言った。圧倒的に嫌な顔をされている。

 特に気にしていない山岡は次にテレビ画面を指さした。


「ふーん、じゃあこの武闘大会はエンジェルさん出るんです?」


 テレビ画面では来月初頭に美海市で行われる武闘大会のCMが流れていた。


 参加資格は問わず優勝賞金は一千万円、日本中のあらゆるところから強者達が集まる大会、つまり合法的に人を殴れる大会。


「ああ、でる。お前もでるんだろ?」


「ええもちろん、若宮もでますよ」


「あいつもか、あたりたくねえな」


「僕もですよ、近接格闘で若宮に勝った事一度もありませんもの」


 はぁと嘆息する山岡とエンジェル、彼等の頭は若宮をどうやって倒すかで一杯だった。そんな彼等の心情とは無縁の境倉はご飯を食べ終わり「ご馳走様でした」と言って席を立った。


 ――――――――――――――――――――


 二千四十年五月一日

 運命の日がやってきた。武闘大会の開催日が。

 山岡は選手控え室で若宮とお互いの健闘を祈っていた。


「若宮、僕は今日君を超える」


「いいだろう、うちのめしてやる」


「「決勝で会おう!」」


 これぞライバル、お互いがお互いを称え、たとえ敵同士であろうとも怯まず、怯えず、ただ全力でぶつかる。山岡と若宮はそんな武闘家が持つ特有の熱さに身を焦がしていた。


 そして二十分後、山岡の試合が始まる。


 会場全体に届くようにMCが大声で選手入場を叫ぶ。


「予選第一試合! 今大会初参加! やああまああおおかたいちいいいい!」


 わあああと耳を破るような大きな歓声が会場を満たし、その中を山岡が歩いてリングに上がった。


「相手は同じく今大会初参加! わああかああみいやああああたかあきいいいい!」


 山岡の時と同じく割れんばかりの歓声の中を若宮が歩いてリングに上がる。

 お互い向き合って、視線を下にずらした。


「……」


「……」


 先程両者共に決勝で会おうと誓いあったにも関わらずこの結末である。妙な気恥しさといたたまれなさからとっても気まずい空気が流れ、更にその状態でゴングが鳴った。


 ――――――――――――――――――――


 というわけで武闘大会が終わりました。


「いやぁ若宮には勝てなかったよ」


 日は傾き空を緋色に染め始めた時間帯、大会は終わり観客達は各々感想を言いながら山岡の目の前を通り過ぎていく。


 山岡は大会会場付近のベンチに腰掛けて、流れゆく観客達を眺めながら黄昏ていた。


「俺もだ」


 そして隣には同じく二回戦で若宮と戦って瞬殺されたエンジェルがいた。

 彼もまたベンチで黄昏ていた。


「負け惜しみを言うつもりじゃないけど、負けた事は別に悔しくないんだよ、その後なんだよ」


「奇遇だな、俺も負けた事じゃなくて、その後若宮が……」


「ホント、何で休憩中に飲んだ牛乳でお腹壊して出場やめるかなああ!」


「バカなのかあいつはほんとに!」


「僕なら絶対お腹壊さなかったね!」


「お前なら発酵した牛乳飲んでも平気だろ」


 一泊置いて、「「はぁ〜」」とため息をついた。当の若宮は現在病院で治療中である。そろそろ終わるかもしれない。


 せめて若宮が戦って負けていたらどれだけマシか。


「…………帰りますか」


「ああ、おっと」


 そろそろ帰ろうかと思って重い腰を上げて立ち上がる山岡、エンジェルもそれに倣い立ち上がった時、エンジェルの携帯がブッブーと震えた。


「わりぃ、電話だ……」


 山岡に背を向けて通話を始めたエンジェルを横目に、これからどうしようかと悩む。

 せっかくだから治療が終わった若宮とエンジェルさんを誘って焼肉に行こうかな。若宮にとっては地獄かもだけど。


「……何だと! 松尾が……」


「お?」


 不穏な空気を感じた。気になって回り込んでエンジェルの顔を覗き見る。

 エンジェルは怒りに満ちた、それでいてどこかやり場のない悲しみを湛えていた。


「松尾さんがどうしたんですか?」


「……そういえばお前もあいつと関わっていたな、取り乱すなよ。松尾が死んだ」


「!?」


 言葉がでなかった。


「流石に取り乱す事はないか、こういうのは俺達にとっちゃ日常茶飯事だからな」


「そうですね、でもあまり慣れたくはないよ。それで差し支えなかったら死因を聞いてもいいですか?」


 エンジェルは小さく頷いてから言葉を紡ぐ。


「前に松尾がモンゴルに行ったと言ったな」


「はい、あの時は理由を聞かせて貰えませんでしたけど」


「わざわざ話す事でもないからな、松尾はモンゴルで新種の奇獣について調べてたんだ」


「新種の……そういえばそんなニュースを見た記憶がある」


「まだ詳しい事はわからねえが、どうやらその新種に松尾は殺されたらしい」


「その新種の詳細は?」


「それは会社に帰ってからだな、けど名前はもうついてるらしいぜ」


「……」


 山岡は無言で先を促した。エンジェルは一度深く息を吸って口を開く。


「ドラゴンだ」



 第二章 明るい暗がり 〜完〜

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