第21話 大きな衛生兵と小さな謎(香澄編)
境倉慈郎の身体能力は優れている。
百九十をゆうに超える身長とそれに見合う恵まれた筋力、持久力も高く手先も器用。趣味は編みぐるみだと言って信じる者はまずいない。
そんな彼が初めて警備会社に入ったのは十五歳の四月、成人して中等教育を終えたその年であった。
自分の体格に絶対の自負があった境倉は、その自信を裏付けるように警備会社の研修を最優秀成績でクリアした。
誰もが境倉は最強の歩兵になると思っていた。そして境倉自身もまたそう思っていた。
しかし現実は違っていた。入社してから一年後、初の実戦で奇獣を目の前にした境倉はあろう事か恐怖で銃の銃爪を引くことが出来なかった。そればかりか奇獣に襲われた際に重傷を負い、二ヶ月間生死の境をさまよった。
半年後、退院した彼は会社を辞職。実家に帰った。
家業を手伝いながらの平和な暮らしが一年続いたある日、境倉はかつての同僚と偶然再会する。
その時、彼は自分が負傷した時戦場から連れ戻してくれた衛生兵の話を聞く、同時にその衛生兵が戦死した事も。
境倉は胸を打たれた。見捨てても良かったような怪我をした自分を諦めずに救ってくれた衛生兵に、そして戦死する前にお礼を言えなかった事に後悔した。
それからの行動は早かった。親の反対を押し切り衛生兵を養成する訓練校に入校、三年の勉学と二年の研修を終えてついに境倉は衛生兵の資格を得た。
そして二十四歳の春、就活中の彼は求人サイトにて、フィリピン戦で大きな活躍をした小さな会社の存在を知る。
その会社に衛生兵がいないとわかった時、彼はここでなら自分を必要としてくれると考え、求人サイトに書かれていた電話番号に電話した。
――――――――――――――――――――
四月十七日正午、ジッパー食堂にて
という境倉の身の上話を昼休憩中に聞いていた莉子と静流は感動にむせび泣いていた。主に静流が。
「めっちゃええ話やん! 感動したわほんま!」
静流はずびーとティッシュで鼻をかむ。既に一箱の半分は使っている。
普段から紙代は馬鹿に出来ないから節約しろと言っている本人が盛大に使っている。因みにティッシュ一箱は四百円である。
境倉は鼻にティッシュを詰め始めた静流を無視して話を進める。
「実を言うと衛生兵として雇って貰えないんじゃないかって思ってたっす」
「そうなんですか」
「この図体っすからね、研修の時もお前は衛生兵に向いてないってよく言われたっす」
確かに、誰が見ても衛生兵には見えないだろう。実際歩兵として前線に出た方がその類稀なる身体能力を生かせるのかもしれない。
「でも山岡さんは言ってくれたっす『君は衛生兵に向いているよ、それになにも人を治すだけが衛生兵じゃないからね』って」
「人を治すだけやないってどうゆうことなん?」
鼻に詰めたティッシュのせいで若干喋りづらそうだ。
「衛生兵には医療技術はもちろんっすけど、それ以上に戦場で負傷した兵まで素早く移動する体力と瞬発力、負傷した兵を安全な場所まで運ぶ筋力とフィールドワーク能力が必要なんす。自分は感じた事無いっすけど、衛生兵が一番キツイ兵科だって山岡さんが言ってたっす」
想像してみてゾッとした。もし自分が衛生兵だとしたらうまくやれるだろうか、答えは否だ。そもそも人一人担ぐなんて事すら出来ない。
「私、戦車兵で良かったです」
「そういえば泰知が言っとったんやけど、下手なパイロットの人型戦車は動く棺桶でしかないんやて、固定砲台にした方がよっぽど役に立つとか」
「……」
莉子の中で自信というものがポッキリ折れた気がした。
思えば最近訓練項目一つこなすのに多大な時間を要するようになってきた、酷いものでは3日も掛けた事がある。
「莉子ちゃんは平気やろ、泰知も気に入っとるし」
静流からの予想外の言葉に「えっ」と驚きの声が出た。流石にそれは信じられない、訓練では失敗続きのため呆れられているからだ。
「莉子ちゃんの訓練レベルが高いのが証拠やで、泰知は見込みないおもたら整備に回すか追い出すかどっちかやし、現に今まで三人もやめおったわ」
「三人もっすか、自分不安になってきたっす」
「せやで、泰知が来てから入社した人材で残っとるのそこにおるオバチャンだけやで」
カウンター奥で背を向けているオバチャンを四つの目がじっと見る。オバチャンは後ろ向きのまま左手を脇腹に、右手は高く伸ばし指で天井を指した。
あまりにもオーラに満ち溢れたその姿を見た莉子と境倉は思わず起立して頭を下げてしまった。
「せやけど泰知が来てから会社の業績が上がったのは確かやし、カドモスを持って来たのもあいつやし、ホンマわからんやっちゃで」
「確かに不思議な雰囲気の人ですよね」
「わかっとるのはエッツェル研究所の所長であるエッツェルと個人的な付き合いがある事だけやで」
「ええっ!?」と境倉の目が驚愕で見開かれる。
「今のエッツェルってM.OのO.Sを組んだ人じゃないっすか! それを元に色んな戦車が作られて、天才じゃないっすか!」
「こらこら境倉、興奮しすぎや」
そういえばエッツェル研究所では所長につくものが代々エッツェルを名乗るんでしたね。
と莉子はボンヤリ思い出していた。
「静流さん、山岡さんの経歴てわかりますか?」
「わかんで、てかめっちゃ普通やで。中等教育を終わったら歩兵を養成する学校に入って卒業、そして去年ウチに入社や。普通やろ?」
「普通ですね」
「普通っすね」
「普通やから謎やねん。あいつ実戦経験もロクにない筈やのにベテランのオーラ纏っとるし、ひょっとしたら」
「ひょっとしたら?」
数秒の沈黙の後、静流は「いや、なんもあらん」とだけ言ってそっぽを向いてしまった。
莉子は腑に落ちなかったが、新人の自分が深く聞くことでもないなと思い、それ以上は気にしないことにした。
境倉も同様のようで彼は話題を変えるべく美海市の名所を聞いてきた。
そんな新人達の好意に甘える形で静流は頭に浮かんだ考えをひとまず胸にしまっておき、改めてその考えを裏付ける証拠を調べる事にした。
(流石に、泰知が経歴を詐称してるかもしれんなんて言えへんよなあ)
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