第20話 人型戦車の無駄遣い(香澄編)
四月十三日 金曜日
突然ですが本日の訓練はお休みです。
しかし仕事が無い訳では無い。今日は一日作業着を着て会社の清掃をする事になっている。
これまでは静流が予算を調整して業者を呼んで、補修や清掃をしていたが、今回は自分達だけで清掃をして予算を節約しようという事になった。
普段から使用している会議室(元視聴覚室)と事務室(元職員室)、応接室(元校長室)と医務室(元保健室)は午前中に片付ける事が出来た。
「う〜ん、何だか私の中で人型戦車の価値観が変わりつつあります」
午後からはそれぞれ個別に別れての清掃、莉子は外の掃除を担当する事になったのだが、その内容が……
「まさかカドモスで校舎の壁を磨くなんて……はぁ」
莉子は整備長の源緑が作った戦車用硬ブラシで校舎壁面をゴシゴシと磨きながらホース(消火栓)で水を掛けていく。
戦車用の掃除道具を作るのはおそらくジッパーだけであろうと莉子は思った。
「ふぅ、意外と落ちるものですね」
壁面は鳥の糞やらどこぞから飛んできた花粉なんかで予想外に汚れていた。最初は少し黄色い壁だと思っていたのだが掃除してみると実は白い壁だった事がわかった。
溜息一つ吐いてグラウンドに尻餅をつく。無論カドモスが。
思えば一週間前まではここは雑草だらけで前もロクに見えなかった。
そして雑草を抜いたのもまたカドモスだった。
最早清掃会社に鞍替えした方がよいのではないでしょうか。
と思い始めたころ、校門のところに人がいることに気付いた。
「あの、どちら様でしょうか?」
スピーカーをONにして呼びかける。返答は早かった。
「自分は本日御社にて採用面接を受ける
「面接? ちょっと待って下さい」
そういえば朝礼で、昼から採用面接をすると言っていた。そうかもうそんな時間でしたか。
莉子はタブレットを取り、静流に電話を掛けた。四回コール音が鳴った後静流の軽快な声が聞こえた。
「ハロハロー、どないしたん?」
「いえ、あの面接を受けに来た人がいまして」
「ああ境倉って人?」
「はい」
「ほな応接室まで案内したってくれへん?」
「わかりました」
電話を切り、カドモスを降りる。
駆け足で境倉の元へ近寄る。
「お待たせしました、あの……」
近くで境倉を見て唖然とした。境倉は非常に背が高く莉子の頭二つ分は大きい。二メートルぐらいあるのではないだろうか。
体格はガッシリとしていて服の上からでも筋肉の盛り上がりがわかる程。着ているスーツが合わないのか少しキツそうである。
莉子は一瞬ダビデ像を思い浮かべた。
頭は丸刈り、タレ目で優しそうな瞳をしている。
「ふわぁ、大きいですね……あっそうだ応接室に案内しますので付いてきて下さい」
「はい、わかりました」
――――――――――――――――――――
三十分後
「そろそろ面接が終わる頃でしょうか」
「せやなあ、そろそろ終わるんちゃう?」
莉子と静流は校舎入口の段差に座り込んで休憩していた、街の自称老舗和菓子屋で購入した水羊羹を食しながらたわいも無い話をグダグダと続けている。
「あんまおいしくあらへんな」
「ですね」
捨てるのは勿体ない為、不味い羊羹を食べ続ける。
莉子は顔を上げてカドモスをぼーと眺めた。カドモスはグラウンドで行儀よく正座している。
「あの人、採用されますかね?」
「それは大丈夫やな。うち人材不足やし」
「採用されたらどの兵科になりますか?」
「それは泰知と社長が決める事やしわからんなあ、まああの体格やし突撃兵やろ」
「意外と衛生兵だったりして」
ドヤと得意気な顔で莉子が言った。静流は「流石にそれはないわー」と笑いながら答え「ですねー」と莉子も笑った。
「戦車兵て感じはしませんでしたね、整備兵ていう事は?」
「それあるかもしれへんなあ、結構体力使うし」
と新たな後輩についての話題が盛り上がり始めた時、背後からつまり校舎内の廊下から談笑する声と足音が聞こえてきた。
程なくして山岡が境倉を連れて現れた。
「おっ、終わったんやな」
莉子と静流は立ち上がり道を開ける。
「うん、明日から彼が僕達の同僚になるよ」
山岡が手で境倉を差す。境倉が前に出て短い挨拶をする。
「自分は境倉慈郎というっす、よろしくお願いします」
ビシッという効果音がつきそうな、無駄のないキビキビとした動作で六十度ぐらいのお辞儀をした。
「か、香澄莉子です。私も先週入社したばかりなので……えとよろしくお願いします」
「村井静流や、事務とオペレーターやってる……よろしくやで!」
境倉のキビキビとした動作に虚をつかれたのか、莉子と静流は慌てて名前を名乗りほぼ直角のお辞儀をした。
「何やってんだか、他のメンバーは明日紹介するから今日はもう帰っていいよ」
「了解っす、自分これで失礼させていただきます」
そう言って境倉は静流と莉子が開けた道を通ってグラウンドに出て、そのまま校門をくぐって木々の中に消えていった。
「なんやちょい硬い感じやったな」
「そうだね、まあ馴れたらもっとハッチャケてくれるよ。あぁそれと境倉さんは衛生兵だからよろしくね」
「OKやで」
「わかりました」
じゃっ、と言って山岡は踵を返して廊下を歩き出した。莉子と静流は羊羹の容器をゴミ袋に入れてどちらともなく「よしっ」と言って空を見上げた。
青い空にあらゆる形を作る雲を眺めながら、山岡の衛生兵という単語を思い出す。
「山岡さん、衛生兵って言ってましたね」
「せやな」
一拍置いて。
「「マジで(すか)!?」」
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