第8話 フィリピン救出戦〜壱〜(香澄編)

 四月四日 十一時〇〇分 美海市 ジッパー訓練室


 山岡泰知がフィリピンへ戦いに行ってから二日が経った。

 香澄莉子は朝のランニングを済ませた後、シミュレーターで戦闘訓練を行っていた。


 莉子の視界には未だ見慣れない美海市の街並みが映っている。その市街地にて莉子の繰るM.Oが中型奇獣ナックラヴィーと向かいあっていた。


 ナックラヴィーは太い足を持つ重種の馬の下半身に、人間の上半身、地面を引きずる程異様に長い両腕をもった十メートル級の奇獣だ。


「よっと」


 照準サイトをナックラヴィーの心臓部に合わせ、戦車用アサルトライフルの引き金を引く。


 銃口から発射された三十ミリの弾丸がナックラヴィーの胸部を穿っていく。


 弾倉一つ使い切ってようやくナックラヴィーを沈める事が出来た。


「う〜んやっぱり至近距離やないと威力でえへんなあ」


 モニターに静流の顔が映し出される。続いて整備長の中島源緑の顔も映る。


「残念じゃが、儂らの予算じゃとこれが限界じゃて。六十口径や百二十口径は高い。機関砲なだけマシじゃわい」


「せやなあ、社長と山岡がいらんことせんかったらもう少しマシなんやけど」


「あの二人何かしたんですか?」


「あいつらウチに無断でレーザー兵器買おうとしとってん、クーリングオフ効いて良かったわ。レーザー兵器一つで戦車三台買えるからな、今はお金が返ってくんの待っとんねん」


 レーザー兵器はその圧倒的かつ確実な殺傷力を持っているが、いかんせん開発費と維持費が高く、年間数十億円は軽く吹き飛ぶシロモノだ。


 それだけでなく燃費も悪く、バッテリーの充電にまる一日かかる上に大体一回で使い切ってしまう。


 そんな未完成な兵器は研究用として買う者はあっても実戦で使う者はまずいない。

 例外はいるにはいる。


「あの二人たまにロマンを求めてアホな事するしなあ」


「は、はあ」


 視界がブラックアウトして、また明るくなる。すると市街地から格納庫へと移動していた。


「んじゃ、カドモスの訓練始めんで」


「はい! よろしくお願いします」


 コンディションチェックグリーン、各部に異常は見られずシステムエラーも無い。シミュレーションだから当然ではある。


「カドモス、でます」


 ハンガーの止め具が外されて自由になる。

 黒いコートを羽織った巨人が格納庫を出た。そして駆けた。山を下り市街地に出る。速度は既に五十キロを超えていた。


 市街地を黒い影が走る。影は速度を極端に落とす事なく、ゆるやかな曲線を描いてコーナリングを行い、電線は潜らずに飛び越える。


 ものの数分で十キロを走破してしまった。機体の足を止めて一息つく。


「僅か二日でここまで乗りこなすとはな。山岡め、いい人材を手に入れてきおったわい」


「せやな、ほな戦闘訓練始めるで。仮想敵はさっきと同じナックラヴィーや、装備は三十ミリアサルトとスペツナズナイフ」


「了解!」


 市街地マップに赤い点が現れる。そこがナックラヴィーが出現したポイントだ。

 そこを目指して再び駆ける。


 程なくナックラヴィーの巨大なシルエットが見える。香澄は一度立ち止まり、三点バーストに切り替えたアサルトライフルを両手で構えて腰だめにして撃つ。


 よく漫画やアニメでは片手で撃ったり、走りながら撃つが、実際正直アレは当たらない。銃身がぶれる上に腕に掛かる反動も大きい。


 片手で撃つなら余程の腕力(ロボットには若干おかしい表現だが)が無いと難しい。

 走りながらだと、最早当てる事は考えてはいけない。当てるなら至近距離まで近づくか牽制にとどめるかだ。


「射撃精度は六十てところか、狙撃の仕事は無理やな」


 ナックラヴィーのどこに弾が当たったのか、またはどれだけ命中したのか、そこから射撃精度を割り出して評価する。


 その結果がこれだった。


「あ、そのすいません」


「いや別にええよ、出来ない事を咎める気はあらへん。そういうのは教育係の山岡の仕事や、ウチらは莉子ちゃんの能力に合わせて調整をするだけ」


「は……はい」


「ほな次は近接訓練にうつるで」


 静流が言った直後、ナックラヴィーが忽然と姿を消した。数秒後、同じ場所に再びナックラヴィーが顕現する。


 莉子はカドモスの腰のホルダーからスペツナズナイフを取り出して右手に構える。

 左手は空手で前に突き出すように、深く腰を落とし右手は弓を弾くようにする。


 スペツナズナイフは、半世紀前にソ連の特殊部隊スペツナズが使用していたと言われるナイフだ。ダガーのような形をした刺突に優れたナイフで、外観にこれといった特徴はない。


 スペツナズナイフの最大の特長は、刃の部分を射出出来る事である。射程距離は約五メートル、近接戦闘時の奇襲に優れているが、射出後の再装填はかなり手間がかかる。


 因みに戦車用スペツナズナイフの射程距離は約三十メートルである。


「いきます」


 カドモスは弾かれるように前に出る。半秒遅れてナックラヴィーが腕を振り回して攻撃する。


 カドモスは民家に倒れ込むように横に跳んで躱す。民家が音を立てて崩れ、ものの数秒で廃墟に変わる。


「ここ山岡がおったら減点と言ったじゃろうな」


「せやな」


 しかし叱りつける事はしない。戦闘に関して素人同然の二人にはデータを取って数値化して渡すしか教える術はなかった。

 よくてアドバイスだ。


「民家はなるべく壊さんようになあ」


「はい! すいません!」


 実戦においてはそんな事を気にしていられない状況は多々ある。だがそれでも被害は出来る限り抑えるべきだし、それに今の攻撃は伏せるだけで良かったかもしれない。


 このシミュレーターはそういう被害を抑える訓練も兼ねている。


「気を取り直してもう一度」


 今度はナックラヴィーの右横に回り込んで突撃する。ナックラヴィーが右手を鞭のように薙ぎ払うのをギリギリまで目視して、スライディングで躱す。


 すかさず起き上がり再度駆ける。ナックラヴィーが右手を振り切ったおかげで丁度向き合うかたちになった。


 ナックラヴィーが左手を槍のように突き出す。サイドステップで左に避けて、開けっぴろげの胴体に抱きつくように潜り込んでナイフを心臓に突き刺す。


 全体重をナイフに掛けて横に薙ぐ。

 引き抜くより横に薙いだ方が楽にナイフと体を引き離せるのだ。


「そこまで! 一端休憩にすんで〜、お昼ご飯や〜」


 ――――――――――――――――――――


 十二時十三分 ジッパー食堂


「全然駄目駄目ですぅ〜」


 ぐで〜と机に両手を投げ出してうつ伏す。そんな莉子を静流は和やかに見ていた。


「まあまだシミュレーター訓練も三回目やし、昨日なんかさわりぐらいしかやらんかったやん」


「そうなんですけど〜、何か凹みます」


 シミュレーター訓練の結果は散々だった。山岡が独自に作ったらしい評価基準を全て下回っていたのだ。


 静流は「山岡が厳しいだけや」と言っていたが、この会社で実戦経験のあるのは社長の熊木と山岡だけらしく、更に現役なのは山岡のみ、実戦の厳しさを知っているからこその甘くない評価基準、これをクリアしないと生き残れないと思ってもいい。


「これでも訓練学校では最優秀生徒だったんですけどね」


 もっとも、最優秀なのは実機演習だけである。


「まあご飯食べやって、午後からは実際にカドモスを動かすからな」


「本当ですか!」


 静流の言葉に反応して莉子がガバッと身を起こした。


「うおっ、なんやビックリしたあ。せや午後からカドモス動かすでえ〜」


 その発言に莉子が目をキラキラと輝かせる。

 やはりいち戦車乗りとしては自分の愛機を実際に動かしたいものだ。

 シミュレーターのおかげで愛着も湧いてきたから尚更だ。


「楽しみです! それで何をするんですか?」


「草むしりや」


「えっ?」


「草むしりや」


「ぱーどぅん?」


「何で英語で言い直したん? グラウンドの草ヤバイやろ? あれ全部毟ってアスファルトひこうかと思ってんねん。あのままやと物質の搬入が難しいかんな、頼むわ」


「えっと……はい」


 莉子は諦めて項垂れた。別に悔しくは無いし、動かせる事には変わりない。


 ただ、虚しかった。


「なんだか、実戦はまだ先な気がします」


「まあ早くて来月ぐらいやろな」


「はあ」


 その後、昼休憩が終わった莉子はカドモスを動かして草むしりを行った。

 初めての愛機の起動は感動のあまり思わず「やったあ!」と叫んでしまったぐらいだ。


 そして草むしりで虚無の境地に到達した。


 人型戦車を使うと流石に早く終わった。時刻は夕方十七時半、カドモスをハンガーに戻したら退社してもいいと言われたのでその通りにした。


 虚無に至ったとはいえ、愛機を動かした喜びは大きく、夜になっても興奮して中々寝付けなかった。


 翌朝、気分良く出社した莉子に衝撃の言葉が浴びせられる。


「仕事だ」


 いつもの会議室、朝の朝礼の事。社長が已いの一番にそれを言った。


「えっと、どういう事なん?」


 恐る恐る静流が尋ねる。


「我々ジッパーはこれからフィリピンへ行き、孤立した部隊を救出に行く。詳しくは移動しながら話す」


「ちょちょちょ待ってえや! 山岡がおらんのにそんな無茶な」


「その山岡を助けに行く仕事だ!」


「……っ!」


 熊木の剣幕に押され、静流が押し黙ってしまった。仲間の命が掛かっていると知って強く反対できなくなってしまったのだ。


「今エッツェルが各会社から救出という名目で人を集めて部隊を編成している。我々もそれに参加する」


「せやかて、ウチらに何ができるん」


「源緑は後方で補給及び修理、私と静流は香澄君のオペレーションだ」


「ちょっまさか!」


「へっ? あの……へっ?」


 莉子は状況がよくわからないというようにキョロキョロと慌ただしく首を振る。


「そうだ、香澄君」


「は、はい!」


 社長に正面から見つめられて思わず背筋が伸びる。


「君はカドモスに乗って前線に出るんだ」


「へっ……あっ、えっと……えええええええええ!!」


 こうして香澄莉子の初の実戦、もとい戦争が幕を開けた。

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