電車
筆
乗車
電車 は、走る
ただただ前へ、走る
ガタンゴトン ガタンゴトン
真っ暗な空間にいた。
ぬるい風呂に浸かっているような感覚。
「可愛い女の子だといいねェ。」という女性の声が聞こえた気がした。
ガタンゴトン ガタンゴトン
痛い。誰かに殴られた。殴ったのは…あの子。確か、この幼稚園随一の問題児だっけ。ぼくは何も抵抗できず、ただ泣いて、先生に守られた。お父さんには「男なんだから強くなりなさい。」と叱られた。そう、ぼくはおとなしい、男の子。
ガタンゴトン ガタンゴトン
あれはぼくが小学4年生だった頃の道徳の授業、担任の先生が「このプリントにみなさんの将来の夢を書いてください。」と言った。ぼくが「なんでもいいんですか?」と訊いたら、「先生はみんなの夢を嗤ったりなんてしません。みんなもそうよね?」その声に続いて、ハーイ!という元気で無機質な沢山の声。それなら良い。ぼくはプリントに「ダンボールになりたい」と書いた。
後日教室の壁にみんなの将来の夢が書かれたプリントが貼り出されたが、ぼくのプリントだけ、なかった。
ガタンゴトン ガタンゴトン
人は何のために生まれて、どこへ行くのだろう。
授業中は、そんな哲学的な考えが脳内を埋め尽くしていた。
前の方で禿げた教師が黒板に、何やら暗号のような数学の公式を書いていた。この公式を発見するためだけに生まれてきた人は可哀想だなァと思った。
ガタンゴトン ガタンゴトン
「黄色い線の内側にお下がりください。」
そんな忠告も無視して、ぼくは黄色い線よりも少しだけ前に立っていた。
目の前を、電車が通る。ブワッと空気が鳴って、ぼくのボサボサの髪がもっとボサボサになった。
また先輩に怒られるんだろうなァ、なんて考えながら電車が通った後の線路を見つめてた。
ガタンゴトン ガタンゴトン
ごめんなさい。謝られた。好きだった人に。
何故?わからない。ぼくが勝手に自分の気持ちを音にしただけであって、彼女は何も悪くないのに。
でも、そんなこといったらこの世で「会話」してる人はいないのかなァ。
ガタンゴトン ガタンゴトン
そうか、ぼくらは孤独なんだ。ぼくらは全員、虚無なんだ。でもこれは本当の無ではない。なぜなら、実体があるから。
こんな、何の役にも立たない殻があるから。
いっそ、消えようか。
そう思ったと同時に――
「危ないですので、黄色い線の内側にお下がりください。」
ガタンゴトン ガタ…
あれ、もう終点か。たまには電車から景色を眺めるのもいいと思ったが、あんまり面白くなかったなァ。
電車 は、走る。
ただただ前へ、走る。
でもこれ以上進めなくなった時は、さすがに止まるらしい。
電車 筆 @FUDE
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます