異世界でもネットは通じるようです

ソルティ

第1話 これがトリップなのか。

 夜道を歩く時は、車や不審者に気をつけなさいと言われ続けていた。

 最もだと思うし、当たり前のことだとも思う。

 しかしどれだけ気をつけていても、防ぎきれない事態は起こる。それが例え誰が予想するもんか、と思うことだって起こるかもしれない。

「いや、ねえよな。ねえよ。」

 あり得ないことが起こった時こそ冷静になれるというのは本当のことのようだ。今私は自分でも驚くほど落ち着いている。


「異世界トリップって、本当にあるんだな」


 小さな独り言は、地球で見る月よりも大きな、黄金色の月しか聞いていない。そんな想像をかき立てるほど静かな場所に溶けていった。



「さて、現状整理ね」


 服は友達と遊んだ帰りではあったが、それなりの服は着ていた。紺色のワンピースに、黒のタイツ。中にはヒートテックを着ているため、寒くはない。


 持ち物は、貰ったお菓子と、スマートフォン。ヘッドホンもある。それと、携帯ゲーム機(充電切れかけ)。あとは、小銭しか入っていない財布。バッグ。


 地球のお金が使えるとは思えず、スマホだって充電はすぐに切れてしまうだろう。ゲーム機なんて娯楽以外に使い道は無い。暇つぶしにはなるだろうけど。

 要するに、今役に立ちそうなものはお菓子だけか。それも、小腹が空いた時にちょうどいいというほど少量だ。

「で、ココはどこなのよ」

 問題は、この場所のことだ。

 目の前に木。後ろにも木。左も木。右には小川が流れているが、木が見える。

「森?」

 まいったな。森はあまり行ったことが無い。

 川を下れば人里に出る可能性があるだろうか。

 とりあえず、一歩。

 この世界に来て、初めての一歩を踏み出したのであった。


 夜道には、気をつけなさい———

 次の瞬間、私はその言葉の重要さを、身を以て知ることになった。


「ドジすぎるだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 言葉が、崖から落ちる私とともに、下へ下へと落ちて行った。


 なんとまあ、これが異世界トリップならば、少しでも夢見ていた私が馬鹿みたいではないか。


 ……すぐそこに崖があるのに、なぜ足を踏み出した、私?

 やはり、冷静ではなかったのだ。

 冷静であったならば、きちんと足下を見るか、夜が明けるまで待つべきだっただろうに。


 地面にこんもりと積もった葉っぱの山に命を救われ、私はつくづくとそう思った。

 なお、お菓子はつぶれ、鞄は破け、服は泥だらけになり、肌は擦り傷だらけになってしまった。

 こんな容姿では、助けにきた白馬の王子様も飽きれて捨てて行きそうだ。

 この数分間の出来事から察するに、白馬の王子様なんて現れないだろうけれども。


 傷一つなく残っていたのは、ゲーム機と、スマホと、ヘッドホンだけであった。


 なんとまあ、役に立たなさそうな物が残ったこと。


 地球に居た時に、妖怪のようだと男子に罵られ続けてきたが、切ることはしなかった黒髪についた葉を取りながら、私は大きく大きく溜め息をついた。

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