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 301号室にいたのは、金属の鱗に覆われた怪物だった。

 ここまで来るのに鳥男や、熊男を見かけたが、今度は、鉄で作られた化物だ。

 これも当たり前の光景なのだろうか?

「ニュートンさん、ニュートンさん。これも普通なんですか?」

 アサキは小声で囁いた。

「いや、彼はティンマンブリキ男だから」

(また、ティンマン!)

「その娘に会った事はあるが、あまりよく知らないんだ」

 金属男は言った。

「いつ頃、会ったんですか?」

「十日ほど前かな。実は、その娘に助けてもらったんだよ」

「え? 私が?」

「道で倒れていた俺を助けてここまで連れてきてくれたんだ」

(だから住所が書いてあったのか……)

「見ての通り、戦争帰りのポンコツさ」

 ニュートンは、花瓶の横に無造作におかれている認識票に目をやった。花瓶の中の花は枯れいたがそのままにされていた。

「戦争の後遺症があってね。発作が起きて倒れちまった。そこにその娘が通りかかった。でも会ったのはその時が初めてだった。見ず知らずなのに、よく声をかけてくれたと思うよ」

 まったく覚えのない自分の行為にアサキは照れ笑いをしてみせた。

「記憶を無くしたなんて気の毒だな。何か力になれる事はあるかい? その娘に親切にしてもらったし、お返しをしたいんだけどな」

「名前は聞いてないですか? 住んでる家とか」

 バラックは、少し考えた後、答えた。

「いや、聞いていないね。悪いけど」

「そうですか……」

「すまんね」

「謝る必要はありませんよ」

「恥ずかしい話、あの時、俺は自分の話しかしてなかったと思うんだ。でも、その娘は、俺を話を黙って聞いてくれていたんだよ」

 バラックは噛みしめるように言った。

 アサキが口を開く。

「そうだ。その時の話をもう一度してくれませんか? もしかしたら何か思い出せるかも。でしょ? ニュートンさん」

「うん、何かきっかけになるかもしれないね」

「……それがその娘の為になるなら」

 バラックも同意した。

「俺は、見ての通りのティンマンだ。昔は違ったんだ。戦争の為にこの姿を変えた。より戦いやすい身体にね。戦友たちは、帰還してから元に戻したんだが、俺は、どういうわけか元に戻れなかった」

 バラックの声が落ち込んでいった。

「どうやら、昔の自分を忘れちまったみたいでね。たまにいるらしいんだ。戦いに没頭しすぎて怪物の姿にハマっちまうのが。それが俺さ。その後は、恋人や友達にも会えずに、住んでいた家にも戻っていないんだよ。だってそうだろ? こんな姿の俺がみんなに会えると思うか? 会えないだろう?」

「それは……」

 答えようとしたアサキをニュートンが制する。

「ホテルは、楽だぜ。何も干渉されないからな。ここには昔の俺を知ってる奴もいないからな。そんな話をしたんだ。そしたらその娘が言ったんだよ」

「あ、あたしが?」

「ここの暮らしが楽だと言うけど、でも、あなたはそれを本当は楽だと思っていない。恋人にも友達にも会いたいんだって」

「あたし、そんなおせっかいな事を……」

「ああ、けど、思ったんよ。ああ、そのとおりだったなって。そしたら気持ちが少し楽になってさ。そしたらその娘が言ったんだよ。”あなたの姿を元に戻す方法がわかった”ってな」

 ニュートンとアサキは顔を見合わせた。

「そ、それも私が?」

「そうだよ」

 バラックが頷いた。

「で、十日が経って今日、もう一度、姿を見せたってわけだ。けど、記憶を失っていたとはね。もしかしたら俺のことで何かして?」

「それは分からないことですから、気にしないでくださいね」

 アサキは言った。

「……きっと違うと思います」

「俺、本当にうれしかったんだよ。アンタが元に戻る方法があるって言ったときには。それが気休めか慰めだったとしてもね。俺のためにそう思ってくれた事ってのがありがたかったんだ」

 ニュートンとアサキは、顔を見合わせた。

「ありがたかったんだ。本当に……」

 バラックはもう一度、同じ言葉を言った。


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