フェイズ5:かくて“ふたり”が始まる

 一ヶ月後。

 墓守は、公園のベンチに腰掛け、スマートフォンを眺めていた。

 報道サイトのトップページには、ヒーローの活躍とヴィランの暗躍が並んでいる。

 そこには、墓守の名は記されていない。

 だが、よく知った人間の名があった。ネコ(の本名)だ。

 新規に登録された、ヒーロー候補生リスト。その中に、確かに記されている。

 心身両面の療養に加え、UGNには相当絞られたらしいが……なんとか夢に一歩近づけたようだ。


「さて、飯でも……あ?」


 財布がない。

 己の繰り返す迂闊さに呆れた、その瞬間。


「ど、どうぞっ……!」

「俺の財布!」

「と、盗ってない、ですよ……」

「わかってンよ。今度はどこに落ちてた?」

「前と同じ、向こうの自販機の、横、です。声かけようと思った、けど……スマートフォンを開いたから……」

「……で、やっぱ、そこの木の陰か?」

「は、はい。空間情報をいじって、気づかれないように……」

「だから声かけろって! 怖いよ!」

「すっ、すみませんっ! とにかく、どうぞ」


 差し出された財布を、受け取った。

 小さな手は、最初の時のように震えてはいなかった。


「今日はあンま入ってねぇが……お前ひとり分なら問題ねぇな」

「ふあっ?」

「礼だよ。なンか食いに行くぞ」

「わ、わかりましたっ! お供しますっ!」

「……ところで、お前もUGNに登録されたンだろ?」

「はい……もう、ごまかしきれなくて。で、でもネコの人は、喜んでました」

「良かったな。これで、能力を誇りながら、お天道様の下を歩けるってもンだ」


 “任務をこなして

 “友達の後ろに隠れながら、


 どちらも、“”、目的のない生き物。

 自分たちは、似ていると思った。だから、苛立ったのだろう。

 けれど、どうやら少しは変化があったらしい。

 少なくとも今は、この“チビの嬢ちゃン”に苛立ちは覚えない。


「…………。あ、あのっ、お墓さんは……」

「しまらねぇ呼び方だなぁ。まぁ、俺は変わンねぇよ。ジャーム狩り稼業だ」

「はぁ……」

「でな。ひとつ訊きてぇンだがよ。お前、


 ジャームも、ハンターズも、秘匿条項だ。

 一時的に協力者を得たとしても、事後に記憶は消去される。

 だから、彼女が“エピタフ”墓守清正を覚えているはずがないのだ。


「それが、じ、自分は、記憶を空間に記録しておける、です。だから、消しきれないし、じゃあ、しよう……って」

「登録? いや待てよお前、それはよ……」


 再度、ブラウザを立ち上げ、リストを確認した。

 ネコはいる。だが、それだけ。ひとりだけだ。


「なァ、お前、どこに“登録”されたンだよ?」

「はいっ。UGNジャーム処理班“ハンターズ”の特別要員として、登録されました。た、立場は……“エピタフ”のサイドキック。、です。フ、フヒ……」

「マジかよ……」

「はい、マジすぎです」


 墓守は、ひとりが良いと思っている。

 だが、まじまじと目の前のボサ髪を見つめるうち、自然と手が伸びていた。


「ひぁっ? んっ……」


 わしゃわしゃ。

 胸の奥に、なにか“”を感じた。

 これは……悪くない。なら、少しくらいはいいだろう。

 深入りはしない。無関心でいればいい。

 ……そう、いられるはずだ。


「まぁ、いいさ。お前、なンて呼びゃあいい?」

「は、はいっ! “”です。つまらない能力ですけど、ちょろちょろ動き回るのには自信があります。フヒヒッ!」



 * * *



 墓守清正 ハンターネーム:エピタフ

 UGNジャーム処理班“ハンターズ”に所属する少年。

 本名、出身、血縁関係者、すべて不明。戸籍・個人番号・市民ID等なし。ジャーム処理という任務の性格上、彼の存在を証明する公的データはない。

20XX.11.20追記)

 特例により、新規ハンター“ネズミ”との協力行動が許可された。

 作戦行動中、“ネズミ”の立場は“エピタフ”のサイドキックとして扱われる。



 * * *



 ……これが、もうひとつの可能性。

 そして。

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