第2話 第一章・絵本(1)
青空の下、ひとりで心地よく歌を歌いステップを踏む。黒く長い髪を揺らし、麻のワンピースをひらりとひるがえす。
「ラーラ!」
踊っているラーラの元へ、ひとりの女の子が近寄ってきた。歩幅は狭く、ちょこまかと走っているのか、ただ歩いているのかわからない。本人は一生懸命だけど。
どうしたのだ、と動きを止める。
「なぁに、そんなに慌てて」
ゼフィラに声をかけると、日頃から上気したような頬が、さらに赤くなっていた。
「相変わらず個性的なダンスね」
そういうと、ちょこん、と定位置のラーラの左側に座る。
「ありがとう。私の自慢だから」
ラーラも乱れた呼吸を整えながら、座ることした。
「これ、凄く素敵なお話だった」
差し出したのは、先日ラーラが森の中で拾った本だった。字が大きく、絵がほとんどで、子供向けなのだろうが、二人にとっては新鮮なものでもあった。
おそらく、森で迷った人物が落としたものであろう。赤いドレスを来た女性と、ジャケットをまとう男性が、淡い色彩で描かれている。抱き合うように手を取り合う姿は、新奇なものだった。
体裁は、ひもでくくってあるだけなので、ページがゆるくなっている。土で汚れた絵本を丁寧に受け取り、ゼフィラの可愛らしい頬をつついた。
「やっぱり、ゼフィラにも刺激あった?」
ぶんぶんと首を縦に振り、ゼフィラは目を輝かせた。
「これが、ママの言う恋なんだね!」
絵本に目を落とす。
内容は、一国の姫が、王子様と結婚する。しかしその前に、家臣に恋をしてしまい、最後にはかけおちをするというもの。『うみ』という広い湖に小さな船を浮かべて、幸せそうに旅立つという終わりだった。
かけおち、という言葉もぴんときていない二人だけど、その情熱にすっかり心打たれていた。
「でも、実際にこんなことがあるのかな。かけおち、なんて、皆に迷惑のかかること」
ラーラが首をかしげると、ゼフィラは頬を膨らませた。わずかにひとつ、年下だ。そのわりに、見た目も行動もラーラよりだいぶ幼い。
「あるかないかが問題なんじゃなくて、憧れる、っていう話!」
物心つくまえから、ずっと一緒だった二人。唯一無二の親友として生きてきたけれど、こんなにもいきいきした表情を初めてみた。
「確かに、憧れるけど……」
若干腰を引かせながら、ラーラは頭をかいた。
「どうして、こんなに素敵なコトを、ママはしちゃいけないっていうのかなぁ」
「わからない」
ラーラも、ゼフィラも、幼い頃から異性に恋をしてはいけない、愛してはいけない。そう言われ続けてきた。理由はわからない。聞いても答えはない。
村から出ることも許されないが、成長するにしたがい、外の世界が気になりだした。
そんな思いを募らせ、ある時拘束された生活から逃れるため、ふもとの森に足を踏み入れるようになった。時々、町の人間が迷い込むのを見るために。
その姿を見て、最初は安堵した。
自分たちは、実は異形のものなのではないかと不安に思ったこともあったからだ。だから村から出してもらえないのでは、と。
けれど、皆一緒。年齢は違うが、人の形も、話す言葉も同じだった。なまりがあったり、髪や瞳の色は違かったりするけれど、人間であることに違いない。
声をかけたことはなかった。人とのコミュニケーションを、どうやってとったらいいのかわからないからだ。勇気が出ず、尻込みしている間に人々は帰ってしまい、後悔する。ふもとの森は、なぜだか人を惑わす。ラーラたち以外は村に来ることができない。
「わたしも、恋したくなっちゃった」
あーあー、と伸びをしながら、ゼフィラがころんと横になった。
ここからは、遠くの街並みが見える。人の姿までは捉えられないが、レンガの家だったり、オレンジ色の屋根だったりが、目にまぶしい。
その光景から逃げるように、ラーラも寝転ぶ。空はいつも同じ色。青くて、水のようで、マゼンタで、紫で。毎日退屈、といいつつも、変わらない日々があるのは、なぜだか安心する。
「私も、恋したいな」
手に持った絵本が、みし、と音をたてた。
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