少年Sの深淵

SOUSOU

第1話

「どうかな?その後は・・・」、2回目の接見である精神科医の高山が少年に呟いた。

少年は不気味な笑みともとれる表情を浮かべながら「なかなかいいもんですよ、少年院という檻の中での生活も」と淡々と答えた。

高山医師の助手である看護師の岡本有子は少年の不気味さに震えた。

そんな様子には微動だにしない高山医師は続けて質問した。


「調子はよさそうだね。

僕は君の担当医師に選任されたようだ。

これから長い付き合いになると思うがよろしくな。早速だが、君の事をもっと知りたい。事件以外の事でも何でもいいから話してほしい」と丁寧な口調で高山は加害者の峰岸 旬に話しかけた。

旬は相変わらずの表情でパイプ椅子を前後に揺らしている。

そのカタカタ鳴る音が今回の事件の黒い音を代音しているように有子は思った。

高山はコンクリートの壁に掛ってある丸い時計を気にするかのように見た。

時計は昼の1時を指していた。接見に用意されている時間は1時間。

高山は内心の焦りを微塵も感じさせない表情で優しく少年に語りかけた。


「君は、、いや旬くんはあの日、帰宅したお父さんと言い合いになった。そんな毎日が嫌になったんだろうね。君は、、いや旬君は気がついたらお父さんを・・・・」高山医師は旬の表情の変化を見逃さず、ここで会話を切った。

旬は「つごうのいい解釈・・か」と上から見るようにそんな言葉を投げた。

有子は若干15歳の少年の態度にはみえない大人っぽさにぞっとした。と同時に高山の表情を見たが、高山は淡々としていた。

その顔はまるで、なにか遠くの答えを探っているようにも見えた。

高山は「つごうのいい解釈?、そうかもしれないね。君の本心がわからないのだから」と含み笑いをしながらやさしく答えた。

旬の椅子はカタカタと音を鳴らし続けている。「少し話題を変えよう。お母さんは元気にしてるかい?」高山は被せた。

旬の表情は一瞬変わったように思えたが、また元に戻って不気味な表情を浮かべていた。

「母は毎日会いにきてくれるよ」、旬は、お母さんの事を丁寧に「はは」と呼んでいるようだった。

その時だけは椅子の音が止んでいた事を高山は見逃さなかった。

有子は丁寧に「はは」と呼ぶ少年の成育環境を想像した。

☆☆☆

峰岸 旬(15)は、父親殺害の容疑で少年院送りとなった。彼の発言などから精神的な疾患も疑われ医療少年院送致となり、担当医師に高山が選ばれたのだった。

その事件は普通の家庭で起こった事件としてテレビやニュースでもとりあげられた。


平成24年6月17日、午後11時すぎ、帰宅した父(被害者)峰岸 博はいつも通りにお酒を飲んで家族に愚痴を吐いていた。一人息子の旬は毎日浴びる父からの言葉に耐えかねて殺害してしまった、というものだった。

☆☆☆

「ところで、しゅん、だったかな、旬くんは、

お父さんのどの言葉に殺意を覚えたのだろうか」、高山は優しくも鋭い質問をした。

有子も興味があるとばかりに、少し前かがみになった。

旬のかけている近眼の透明の縁の眼鏡が窓からの太陽で光って見える。

「父さえいなくなれば全てはうまくいくんですよ」、余裕さえ見える彼は椅子のカタカタを再び止めて、高山を見た。

細身の体から生える長い手足が妙にパイプいすを小さく見せている。

「君は「ちち」「はは」とご両親を呼ぶんだね。」高山は旬の発した内容よりもその方が気になるとばかりに聞き返した。

旬は少し怒ったように「だから、僕は、父さえいなくなればいいって言ったんです」と言葉を切った。

高山は一瞬、窓に目をやり、「今日はこの辺にしようか」となにやら満足したように答えると大きな体に羽織る白衣を邪魔そうに椅子から立ち上がった。

有子は突然の話の終わりに困惑しながらも、旬の表情を確認した。

旬は高山のペースに巻き込まれてしまった、とでもいいたそうな悔しそうな表情でうつむいたままだった。細身の彼の体に流れる脈々たる血管が手の甲から浮き出ていた。

生の証とでもいえる彼の血管はドクドクと波打っているように見えた。

出口に近付く高山と有子に旬は言葉を吐き捨てた。

「つごうのいい解釈だ」と・・・。


「先生、あの少年、なんだか不気味ですよね。

私苦手です」と有子が久しぶりの光の世界にでたかのように目を細めながら言った。

「そうかな。僕はそうはおもわないけど」高山は有子の方を振り向くことなく言った。その横顔には何かを感じているような雰囲気が漂っていた。

「先生、お腹すきましたよね。何か食べて帰りませんか?」有子は何もなかたかのように話を切り替えた。

そんな有子の顔を見ながら高山は「次の接見予定はいつだい?」と話を切り替えた。

有子は自分の話を無視された事に苛立ったように手帳をパンッと開けると予定を確認した。

「次はさ来週の水曜日の同時刻です」と言うとぶっきらぼうに手帳をしまった。そんな有子に気がついていない高山は「彼の家庭環境を調べる必要があるな。さ来週までに少年院の担当職員と調整しておいてくれる?」と有子に話しかけてきた。

同時に「何かあったのかい?怒っているみたいだけど」と高山は有子の感情の動きにやっと気が付いた。

有子は「いえ、なんでもないですけど」と顔を歩く方向に向けると、ボブスタイルの髪が少し風に揺れた。

 

旬は面談室から一人きりの居室に帰ると、一人いつもの日常に戻って行った。手には小さな文庫本がもたれている。少し古ぼけたその本は手垢でところどころが茶色く変色していた。

「何をやっても許される・・・」か、少年は本の解釈をすると笑みを浮かべて本を閉じた。

もうこの持ち主で何人目だろう・・・と文庫本が彼をみている。少しあきれ顔のその本からは古臭い匂いも放たれていた。

彼がもっぱら過ごす時間にあてているのは趣味である読書か空想であった。少年院という家の中で彼はひと際、異彩を放っていた。


「先生、今日は3回目の接見ですね」、珍しく有子から高山に少年との接見の話が切り出された。「うん、はやくも、もう事件から半年か。そろそろいい頃だろう」と高山は意味深な言葉を誰にいうのでもなく発した。有子は髪が風になびくのを抑える仕草をしながら高山の背中を追いかけた。

「ひさしぶりだね、といっても2週間ぶりだけどね」高山は口元の短い髭をなぞりながら彼の眼を見た。

旬はパイプ椅子で音楽を奏でながら下を向いている。高山は「君の事を知りたい、趣味は読書らしいね、どんな本が好きなんだい?」日常会話を挟んだ。

旬は、数秒間黙ったのち、ゆっくりと話した。「何か聞きたいことがあるんじゃないですか?お喋りな人は何かを隠している・・・」と小さく呟いた。

有子は少年の椅子の音に意識をとられながらも、高山を挑発しているような少年の態度にいつもとちがう雰囲気を感じた。

高山は、「君には隠せないね。実は、君の家庭環境やご両親の事を詳しく調べさせてもらったよ。その事で今日はいろいろ聞きたいと思っている」両手を上げるように素直に話した。ニヤリと薄気味悪い表情を浮かべた少年はなんでも聞いてください、といわんばかりに前後の体の動きを止めた。

久しぶりにシーンとしたなにもない音が寂しそうに響く。有子はこの部屋にこの音が怖く感じ、震えた。

「旬君、君のご両親はとても仲が良かったと近所でも評判だったらしいじゃないか。特にお母さんはお父さんに献身的に尽くしていたとか。そんな家庭で君は育った。お父さんは魚の卸売業を営む会社の社長。かなりの剛腕だったようだね。裕福な家庭で君は両親の愛情を受け育った。君はご両親の自慢の息子。

成績は優秀で、将来を有望されていた。違うかい?」高山はどうだ、とでもいいたそうな顔で彼をみた。

彼は体を揺らしたい衝動にかられているのか、小刻みに体を震わしながら高山を見た。

「僕は精神の自由を掴む為に父を殺した。あんな奴さえいなげれば・・・」

旬は血管の浮き出ている右手を強く握った。有子は浮き出ている彼の力強い血管のリズムが不気味に感じた。

外では小鳥がさえずっている。その声をかき消す声で高山はかぶせた。

「君は苦しかったんだね。きっと。お父さんやお母さんからの過度の期待が君を苦しめていた。そして、耐えられなくなった。違うかい?」話しながらも高山の視線は少年から離れることなく何か少年のまだ奥をみているようだった。

旬は「つごうのいい解釈だな。」とだけ放った。少年院の警備員がやってきた。「時間です。終了してください」と。有子は1時間の速さに驚いた。

「先生、行きましょうか」久しぶりに聞く有子の声が何故か新鮮に聞こえた。後ろ姿の高山に少年はまた声をかけた。

「僕は精神の自由を手に入れたんだ」と。

一瞬振り向こうとした高山は振り返ることなく、手を上げて旬に挨拶をした。「またな」と。


「ちょっと、これを少年院の職員に手渡してくれ」と高山は小さい紙きれを有子に手渡した。2つ折りにされてあるそれを開ける事無く「はい、わかりました」と有子は受け取った。

「あと、少年の母親に会いたい」高山は唐突に切り出した。「手配してもらえるかな」、高山はそういうと、鞄から小さな本を取り出して何やら折り目をつけだした。


「先生、読書ですか?」有子はとくに聞きたくもない質問をした。「読み始めたばかりだよ」高山は髭を右手で触りながら答えた。有子は少し伸びた髭を見て、忙しい医師の生活を勝手に想像した。

☆☆☆

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