第31話『怪人vs.誘拐犯』
――美春ちゃんが誘拐されました。
花園さんのその言葉に、第1会議室の中にいる全ての人間が、彼女の方に真剣な視線を向けた。
「……引き続き、捜査をお願いします。……花園さん、今すぐにスピーカーホンにしてスマートフォンをテーブルの上に置いてくれるだろうか」
「わ、分かりました!」
羽賀の指示通りに、花園さんがスマートフォンをテーブルの上に置くと、羽賀はスマートフォンの前に立った。
「赤城美春を誘拐したのか? 彼女の声を聞かせてほしい」
『今は眠らせているのでそれは無理だ。あと、さっきとは違う人間の声だな。貴様は何者だ?』
「機械で声を変えて話すような人間に問われたくない内容だが、いいだろう。私は警視庁捜査一課の羽賀尊だ」
『警視庁の人間がどうして神奈川県の女子校にいる?』
「親友の恋人が天羽女子に通っているのでな。文化祭が開催されているので、昨日から遊びに来ている。そうしたら、ニュースなどで青薔薇が天羽女子にメッセージを送ったことが分かったので、休暇中ではあるがメッセージ解読の調査に協力しているのだよ」
さすがは警察官だけあって、羽賀は落ち着いているな。
「では、こちらからの質問に答えてもらおうか。何を目的に赤城美春を誘拐したのだ? 花園千秋のスマートフォンに連絡し誘拐したことを告げたのだから、何か要求があるのだろう?」
『ええ。警察が関わっているなら要求は全部3つ。1つ目は青薔薇からのメッセージを基にした捜査の打ち切り。2つ目は花園千秋が赤城美春との告白を断り、高校を卒業したら一切の関係を断つと約束すること。3つ目は青薔薇が正体を明かし、あのメッセージには何の意味もなく、天羽女子の文化祭を盛り上げるためのパフォーマンスだったと自ら公表する。以上の3つの要求を文化祭が終わるまでに呑まなければ、赤城美春のことを殺害する』
「何だと……」
「そんな……! 美春ちゃん……」
花園さんは大粒の涙を何粒もこぼす。そんな彼女のことを有紗さんや詩織ちゃんが優しく抱きしめたり、頭を撫でたりしている。
今は午前11時半過ぎ。文化祭が終わるのは午後3時半だから、タイムリミットまではあと4時間ほどか。
花園さんに赤城さんとの関係を断ち切れという要求もあるから、誘拐したのが誰なのかはおおよその想像がつく。
「……私に任せて。初めまして、誘拐犯さん。青薔薇といいます」
『あ、青薔薇だと?』
「ええ。今は変装中のとある女子高生の声を借りているけど。あなたが機械で声を変えているのだから、私が変装した子の声で話しても文句ないでしょう?」
『くっ……』
「私の声で青薔薇が誘拐犯と話していると、何だか寒気がしてきますね」
美来は複雑そうな表情を見せる。自分自身に変装した青薔薇を見るだけでも何とも言えない気分になるだろうし、殺害を予告する誘拐犯に対して自分の声で話していたら恐ろしい気持ちも抱くか。
「よくも無関係の赤城美春のことを誘拐してくれたな。どうして誘拐した? 私の出したメッセージを解読したのか?」
『それもあるけれど、断る勇気が必要だからと言われたから猶予を与えたにも関わらず、千秋が彼女に告白を断らないから。しかも、文化祭では彼女と一緒に楽しんでいたようだしね』
「あなたは花園千秋さんの体だけでなく、心までも自分の思い通りにしたいのか。あなたの思い通りにはさせないよ」
『……ふふっ、青薔薇が聞いて呆れるわね。じゃあ、どうして、私達は赤城美春のことを誘拐できたのかな?』
「私は花園千秋さんを主に警護していたからね。親友の赤城美春の誘拐を許してしまったのは私の油断が原因の一つだね。そちらも、天羽女子高校で見張っていたのか」
『そういうこと。ふふっ、あなたに落ち度があることを認めるのね? 不正や犯罪撲滅のカリスマとも言われるあの怪人・青薔薇がね!』
「カリスマなんて第三者が勝手に言ってること。どう呼ばれようが興味ないし、価値も感じない。言われて悪い気はしないけれど。あと、赤城美春を誘拐していい気になったら大間違いだよ。どうして、私が花園千秋さんの性別のことや、花園化粧品の脱税についてのメッセージを天羽女子に出したのか分かってるの? こっちはそれらのことについての証言や証拠を揃えていて、いつでもマスコミや警察に流せる状況なんだよ。しかも、今は信頼できる警察官が味方に付いている。赤城美春を健康な状態で返さなければ情報を流すからな。まずは、そうだな……天羽女子の前に今もいる複数のマスコミ関係者からかな? 変装した状態だし、私が直接説明してもいいんだよ?」
『ま、待て!』
気付けば、青薔薇のペースになっているな。
警察庁にいる親戚がいることで捜査に圧力がかかるかもしれないと懸念しているから、今回のような方法を取っているだけであり、脱税と花園さんの不当な性転換についての証拠は既に揃っているんだよな。
「ただ、強引に情報を流したところで、赤城美春は殺害するかもしれない。だから、今回は取引しましょうか。今から1時間後の午後0時半までに天羽女子高校、教室棟2階にある第1会議室に健康な状態の赤城美春と、今話しているあなたが一緒に来ること。そうしたら、私があなたと直接お話ししてあげる。そのときのあなたの態度によっては、私の掴んだ案件についての対処を考えてあげる。謎に包まれた青薔薇の正体を知りたいあなたにとっては、またとないチャンスだよ? それまでは、マスコミに私の掴んだ情報を流さないことを約束する」
『……分かった。約束通り、1時間後までにそちらに向かう。しかし、あなたの掴んだ情報がテレビやネット、SNSに載っていることが分かった時点で、赤城美春は殺害する。そのことはよく覚えておきなさい』
「ええ。では、お待ちしていますよ。株式会社花園化粧品社長……花園雪子!」
鬼気迫る声でそう言い、青薔薇は通話を切った。やっぱり、誘拐した人は花園さんの母親である花園雪子なのか。
あと、誘拐犯と話す青薔薇を見ていたら、これまでに数々の不正や犯罪を暴くことができた理由の一端が分かった気がする。
「そういうことになったんで、あなたの母親と赤城美春がここに来るのを待ちましょうか。その前に……」
すると、青薔薇は制服のポケットからスマートフォンを取り出して、色々と弄っているようだ。赤城さんの誘拐を受けて、協力者にメッセージを送っているのかな?
「あっ、みなさんもこのことをについて、SNSや掲示板とかに書かないように気を付けてね。赤城美春が殺されちゃうから」
「随分と軽く言うのだな、あなたは。あと、脱税や花園さんの性転換についての証拠や証言は本当に揃っているのか?」
「私は青薔薇だよ? ちゃんと揃ってるって。特に脱税については、逮捕は免れられないくらいにね。今、ここにはないけれど」
「そうか、分かった。……一応、彼にはこのまま捜査協力をしてもらうか。あと、赤城美春を誘拐されたことを、捜査協力してもらっている警察官に連絡するが大丈夫か?」
「第三者に漏らさないように伝えれば大丈夫だと思う。こっちも彼女のことを監視するために、協力者に連絡してるけどね」
「分かった。ようやく、美来さんの声に乗せてその口調で言われることが慣れてきた」
僕はまだ慣れないな。美来と同棲していて、普段も敬語で話してくれるからか。美来本人がたまーにタメ口で話すと可愛らしく思えるけれど、青薔薇だと変装であると分かっているからか全然可愛く思えない。
「あら、そうなの。個人的に朝比奈美来の姿や声は結構気に入っていてね。だから、花園雪子と話すときもこの姿のままでいくわ。朝比奈美来、それでいいかな?」
「……それでもかまいませんけど、今後の私の人生に影響のない程度の振る舞いでお願いしますね」
「分かってる。……よし、赤城美春と花園雪子の監視をしてもらうことになったから、ひとまずは大丈夫」
青薔薇は花園さんのすぐ近くまで行き、彼女の頭を優しく撫でる。
「ごめんなさい。私の力なさで赤城美春を誘拐される状況を作ってしまって」
「……そんなことないです」
「赤城美春のことは必ず助ける。今回のことが解決するまで、私が側にいるから安心して。間もなく訪れることのために、今だけでもゆっくりと心と体を休めて。といっても、こんな状況で無理かもしれないけど」
「いえ、青薔薇さんや氷室さん、羽賀さん達もここにいますから……今までに比べたら安心感が違います」
「……そう。その安心した気持ちをあなたがいつまでも持ち続けられるよう頑張るよ」
青薔薇は優しげな笑みを浮かべる。出会ったときは別の人間に変装していたのかもしれないけど、きっと花園さんはこういった姿に支えられたのだと思う。
あと、青薔薇が花園雪子に赤城さんと一緒に来るように要求したのは、花園さんに自分の想いを伝えさせるためでもあるのかな。
これから1時間の中で花園雪子と赤城さんがやってくるまでの間は、ここで休むことにするか。
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