第32話『決着』

「誘拐のことは協力してくれている警察官に伝えた。花園化粧品の脱税の証拠を掴んだので、花園化粧品社長の花園雪子と、脱税に協力した花園茂雄を逮捕する方針だが、赤城美春さんの救出を第一に動く予定だ」

「そうなのね、羽賀尊。優秀な警察官が知り合いにいるのね。警視庁にはあなた以外にも優秀だったり、型破りだったりする警察官が何人かいるのは分かっているけれど」

「そうか。その警察官は……非常に優秀だが、我流を貫く人間というのが正しいだろうか。とても信頼できる警察官の一人だ」


 僕にとっては、羽賀も彼なりの流儀を貫いているように思えるけれど。きっと、協力してくれている警察の方も、羽賀同様にとても優秀なのだろう。


「栞ちゃんや玲奈ちゃんには、美春ちゃんは用事ができちゃってお茶会には行けないって連絡しておきました」

「うん、とりあえずはそれでいいと思う。誘拐のことは今回の件が解決してから伝えればいいから」

「はい、分かりました」


 こうして見てみると、花園さんは青薔薇のこと本当に信頼しているんだなと思う。ただ、美来に変装しているので、違和感をどうしても抱いてしまうけど。


「あの、青薔薇さん」

「どうかした? 朝比奈美来」

「ずっと気になっていたんですけど、青薔薇さんって歳っておいくつなんですか? あと性別も。あと、青薔薇と名乗る由来といいますか」

「真剣な様子で何を訊くかと思えばそんなことか。私、ミステリアスな存在になっちゃっているから、そこは気になっちゃうよね」


 あははっ、と青薔薇は高らかな声で笑う。


「あんまり素性を明かすと今後の活動に支障が出るから、極力明かさないけれど、君の姿や声を借りているし、特別に教えてあげるよ。性別は朝比奈美来と同じで女。年齢はそうだね……月村有紗や浅野千尋くらいだと思ってくれればいいよ」

「そうなんですね」

「……女性ですかぁ」

「女性なんすか!」


 はあっ、と浅野さんはため息をついている。それとは対照的に岡村は一気に興奮した様子になる。

 やっぱり、僕の想像通り、青薔薇は若い女性だったのか。ということは、あのときの匂いが青薔薇自身のものと考えていいだろう。


「あははっ、私は岡村大貴のような男性はタイプじゃないから。タイプなのは氷室智也や羽賀尊のような人かな」

「ふっ、まさか正体不明の怪人からタイプだと言われるとは。驚きであり、光栄だな」

「僕も驚きだよ。もし、美来以外に変装したときに言われていたら、多少はキュンとなったかも。美来っていう最愛の恋人がいるからかな」

「智也さん……!」


 美来は嬉しそうな笑みを浮かべて、僕のことを抱きしめてくる。本物の美来が一番いいと彼女のことを思いながら、僕も彼女のことを抱きしめる。


「何だか、今のやり取りを聞いてると、学生時代のことを思い出してきたぞ。告白したら、羽賀のことが好きだとか、タイプだって言われてフラれ続けたあの日々のことを……!」

「そうかそうか。青薔薇に恋愛的な興味は全くないが」

「あらら、フラれちゃったよ」


 美来の姿だからか、羽賀が興味ないと言ったことにちょっとほっとしてしまう。あと、明美ちゃんはとてもほっとしている様子。


「あとは青薔薇と名乗る由来ね。一番の理由は単純に青色と薔薇の花が好きだからだよ。あと、青い色の薔薇は元々なかった種類で、遺伝子組み換えの技術によってできたの。だから、より惹かれてね。あと、薔薇には棘もあるし」

「色々な意味があるんですね」


 美来は感心している様子だ。薔薇には棘があるけれど、青薔薇の場合はターゲットに棘どころかナイフでざっくりと刺している気がする。

 ――プルルッ。

 呼び出し音が聞こえた次の瞬間、青薔薇がスマートフォンを確認している。怪人と呼ばれているからか、スマートフォンを持っていると何だかおかしく見えてくる。

 すると、青薔薇は真剣な表情になる。


「協力者からメッセージが来た。花園雪子が、赤城美春と何人かのSPらしき黒スーツの男を連れて天羽女子の中に入ったって。目視だけど、赤城美春は普通に歩いていて、外傷もないみたい」

「そうか、了解した。赤城さんが無事らしいが、油断はしない方がいいだろう」


 いよいよ、赤城さんを連れて花園雪子がやってくるのか。何人もSPを引き連れているところが恐ろしいけれど。

 第1会議室の空気が段々と緊張しいものになっていく。岡村が焼き鳥をパクパクと食べていたのを止めるほどに。

 ――コンコン。

 程なくしてノックの音が聞こえてきた。


「どうぞ」


 青薔薇がそう答えると、第1会議室の扉が開いた。そして、花園雪子と黒スーツの男に身柄を取り押さえられている赤城さんが入ってきた。そんな状況ではあるけれど、特にケガなどはしていなくて良かった。


「美春ちゃん!」

「千秋……」


 赤城さんは昨日ほどの元気はないけど、花園さんのことを見た瞬間に柔らかな笑みを浮かべる。

 黒いレディースのスーツを着た花園雪子は、高校生の子供がいるとは思えないほどに美しい。ただ、怒りに満ちた表情なのでその美しさにさほど魅力は感じない。


「で? 誰が青薔薇なの? 変装の達人だと聞くし、その金髪のお嬢さんのどちらかでしょうけど」

「私の方。初めまして、青薔薇といいます」

「制服姿の方ね。初めまして、花園化粧品社長の花園雪子といいます」

「ご丁寧にどうも。でも、その立場としての自己紹介がこれで最後になるかもしれないけれどね」

「……本当に目障りな人ね、あなたは」

「ふふっ、あなたのような人にそう言われるのは、青薔薇として光栄ですねぇ」


 花園雪子本人を目の前にしても全然動じないな、青薔薇は。ボディーガードらしき男に赤城さんが捕らえられているのに。


「さあ、赤城美春を解放してもらおうか。そうしないと、交渉は始めない」

「そんなこと、さっきの電話で言ったかしら? あなたは健康な赤城美春と一緒にここに来ることを条件にしていたじゃない」

「……ああ、確かにそう言ったか。今度から言葉には気を付けないと」

「ふふっ。脱税のことについては後にして、まずは千秋と赤城さんのことについて決着を付けましょうか。……千秋。彼女からの告白を断って、恋人として付き合うのは止めなさい。今、その通りにすると約束すれば、赤城さんのことは解放するし、卒業した後も友人として付き合うことを許してあげるわ。それが母としての温情よ」

「お母様……」


 さっき、電話では赤城さんを解放する条件の一つとして、卒業したら一切の関係を断ち切れと言っていた。それよりも優しい条件にすることによって、花園さんに自分の思い通りの決断をさせようとしているんだ。

 花園さんは複雑そうな表情を浮かべながら、花園雪子や赤城さんの方を見ている。


「ほら、答えなさい、千秋。赤城さんに告白の返事をずっと待たせてきたんでしょう? 彼女の幸せを願うなら、答えは一つしかないよね?」

「……千秋。事情とか関係なく、千秋の本心を聞かせて」

「美春ちゃん……」


 すると、花園さんは両眼に涙を浮かべて俯いてしまう。赤城さんの身の安全を優先か、自分の本心を優先するか迷っているのだろう。

 なかなか花園さんが答えを言わないからか、花園雪子は嘲笑する笑みを浮かべる。


「ねえ、赤城さん。千秋から体のことについては知ってる?」

「持病の影響で幼い頃に手術を受けたことや、今も定期的に病院に通い続けているって……」

「……その手術。実は外国で受けた性転換手術なの」

「えっ、性転換……?」


 性転換の事実に驚いたのか、それとも信じられないのか、赤城さんは目を見開いた。


「あなたは、千秋のことを可愛い女の子だと思って告白してくれたのかもしれないけれど、心は男の子なの。あの子の体は、あなたのような自然な女の子じゃないの」

「……じゃあ、千秋は心と体の性別が違うってことですか?」

「その通り。あの子の体には、産まれたときからずっと男の子の心が宿ってる。それを知っても、あなたは千秋に恋愛感情を抱き続けることができる?」


 花園雪子、本当に卑怯でひどい女性だ。親としてはおろか、人としての思いやりが決定的に欠けている。そうじゃなければ、赤城さんのことを誘拐しないし、こんなタイミングで子供の心と体のことについて明かすことはしない。さっき、美来が彼女のことを人の形をした何かと言っていたけど、それは的確かもしれないな。

 赤城さんは涙を流して、


「……千秋は千秋です」

「えっ?」

「可愛らしいところ、穏やかなところ、優しいところ、話していて楽しいところ……千秋の色々なところに惚れて、恋愛感情を抱き続けてきました。あたしよりも女の子らしいと思うことは何度もありました。心は男性、体は元男性でも、花園千秋という人とこれまで一緒に過ごしたことも、今、目の前にいることも変わりはありません! あたしは花園千秋という人を好きになったんですから! だから、千秋も告白の返事を……あなたの本心を教えて!」

「美春ちゃん……」


 赤城さんの力強い声と意志に後押しされたのか、花園さんは真剣な表情になり、


「……私は心までお母様の思い通りにされたくはありません」


 涙を流しながら、しっかりとした目つきで花園雪子のことを見る。


「私はそこにいる赤城美春さんのことが恋愛の意味で好きです。彼女とは一生を共にして過ごしたいと考えています! ですから、お母様の要求を呑むことはできません!」

「へえ、こんな状況になっても、あなたは自分本位の決断をするのね! そんな子供には親として罰を与えないといけない! 大好きな赤城美春をこの場で殺すから、間違った決断の代償がどんなものか目に焼き付けるといいわ! あなた、その娘を殺しなさい!」

「分かりました!」

「そうはさせない!」


 赤城さんを取り押さえているスーツの男がバタフライナイフを取り出した瞬間、青薔薇は素早く動いて男の持つナイフを蹴り飛ばした。その痛みによって赤城さんが解放された一瞬を見逃さず、青薔薇は彼女を自分の方に抱き寄せた。


「羽賀尊、赤城美春のことを!」

「分かった!」


 羽賀も素早く対応し、赤城さんの身柄を保護し、花園雪子達から離れたところへと移動する。

 青薔薇は花園さんを守るようにして立つ。


「赤城美春が解放されれば、あとはあなた達を拘束するだけ。交渉なんてしない」

「ふざけないで! それに、あなたは正体を明かしていないじゃない!」

「私は約束を果たしたよ? さっきの電話で、あなたが健康な赤城美春を一緒にここに来たら、直接話すって。正体を明かすなんて一言も言ってない」

「青薔薇……!」


 すると、花園雪子と、さっき青薔薇に蹴られた男以外のボディーガード全員がナイフを取り出す。花園雪子は殺気に満ちた様子でナイフの刃を青薔薇に向ける。


「いやぁ、物騒なものを取り出したねぇ。あのさ、羽賀尊。今の状況を制圧するために、多少武力行使しても罪にはならないよね? 向こうは違法な物を持っているわけだし」

「そうだな。自分や花園さん達の身を守るためであれば、多少の抵抗は正当防衛として認めよう。私と2人でやれば大丈夫だろう」

「おおっ、心強い。氷室智也! 浅野千尋や朝比奈美来と一緒に花園千秋さんのことを守って!」

「わ、分かりました!」

「きゃあっ!」


 僕は青薔薇によって投げられた花園さんのことを受け止める。

 羽賀と青薔薇は自分達に向けられたナイフにも物怖じせず、花園雪子達の方に走っていき、彼女達が持っているナイフを落としていく。

 また、簡単に気絶させることができる方法を知っているようで、腹部に一発拳を入れたり、首を蹴ったりするだけでボディーガードを次々と気絶させていった。

 花園雪子については気絶させることはせず、青薔薇が持っていたロープで両腕と両脚を縛った。


「……このまま私を逮捕するつもり?」

「ええ。脱税についても時間の問題ですが、まずは銃刀法違反と赤城美春に対する殺人未遂の容疑で現行犯逮捕します」

「銃刀法と殺人未遂はともかく、脱税について逮捕できるのかしらね?」

「警察庁にいる親戚の金田正明の存在があっての発言でしょうが、ご安心ください。青薔薇や我々が掴んだ証拠などを基に、逮捕すべき人物についてはしっかりと逮捕していきますので。そこに圧力や隠蔽、忖度などがあってはならない。覚悟しておいてください」


 羽賀が捜査に参加すれば、きっと事実を突き止めて、逮捕されるべき人は逮捕されることだろう。


「……思い出した。あなた達、羽賀尊に氷室智也よね。6月くらいにニュースによく出ていたっけ。それじゃあ、抵抗しても無理そうね。青薔薇には目を付けられて運が悪いな」

「……自業自得ですよ」


 羽賀のその言葉に対して花園雪子は何も言わなかった。一度、深いため息をついた後、口元だけ笑いながらその場に倒れ込んだ。その際の音は力なく響き渡り、今回のことについて一区切り付いたのだと思えた。


「お母様。私はあなたのことを決して許しません。そんなあなたに言えることは、きちんと罪を償えということです。私は私なりに歩んでいきますのでご安心を。あなたのおかげでこの高校で出会えた美春ちゃんと一緒に歩みますから。羽賀さん、母やこのボディーガード達のことをよろしくお願いいたします」


 そう言う花園さんの表情はとても勇ましいもので。大事なことを決断し、前を向くことができた人の姿なんだなと思った。

 その後、羽賀の連絡によって地元の警察が天羽女子に訪れ、花園雪子とボディーガード達は銃刀法違反と殺人未遂の容疑で現行犯逮捕されたのであった。

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