第24話『赤い紙と硬貨』

 天羽女子高校に到着すると、9時を回っているからか多くの一般人が、校門に設置された天羽祭のアーチをくぐっている。ただ、青薔薇効果があるからか、昨日よりも人が多いような気がする。


「智也君、あれ……」

「……今朝、報道されましたからね」


 校門の近くにはテレビ局のカメラが何台も。ああいう光景を見ると、6月に誤認逮捕されてしまったことを思い出す。

 僕の顔を知る報道関係者もまだ多いだろうし、気付かれたら面倒なことになりそうな気がしたので、帽子を深く被る。その甲斐もあってか、報道関係者に気付かれることなく天羽女子の中に入ることができた。


「始まったばかりですが、盛り上がっていますね。心なしか、昨日よりも人が多いような。月が丘の文化祭にはなかった空気です。青薔薇の効果もありそうですが」

「僕らのように元々来る予定の人もいれば、青薔薇がメッセージを送ったことをきっかけに来ている人もいるんじゃないかな。もしかしたら、青薔薇は今日もこの天羽女子にいるかもしれないってことで」

「盛り上がるのはいいけど、人が多く来すぎて混乱しないといいよね。校門の外にはテレビカメラもあるし」

「ええ」


 天羽女子の生徒や職員、スポンサーの方々が作ってきたこの天羽祭が中止になる事態にはならないでほしいな。そのためにも、羽賀達と一緒に青薔薇が送ってきたメッセージの意味を解かないと。


「氷室さん。羽賀さん達はどこにいるのでしょうか!」

「教室棟2階にある第1会議室ってところだよ。さっそく行こうか」

「はい!」


 明美ちゃん、本当にやる気に満ちあふれているな。もしかしたら、彼女がメッセージの解読することがあるかもしれない。

 僕らはクラスや部活の様々な出し物の宣伝を切り抜けて、羽賀達の待っている第1会議室へと向かった。部屋の中には羽賀と岡村、浅野さんがいる。


「おっ、氷室達か。よく来てくれた」

「おっす!」

「おはようございます、みなさん」

「おはよう、羽賀、岡村、浅野さん」


 3人は黒板の前でメッセージのことを考えているようだ。その証拠に黒板には青薔薇が送ってきたメッセージについて書かれている。

 また、机の上には、2枚の紙と黒く塗られた500円玉、青薔薇からのメッセージが書かれた紙、青い封筒がそれぞれ透明な袋に入っている。指紋を付けないためかな。


「文化祭は始まったが、様子はどうだっただろうか?」

「青薔薇効果なのか、昨日よりも盛り上がっていますね! あと、校門の前にはテレビカメラも何台かありました!」

「なるほど。心なしか、明美さんも昨日以上に盛り上がっているようだが」

「ま、まあ……青薔薇は悪い人ではありませんし。それに、今回も羽賀さん達に協力できるかもしれないと思うと嬉しいといいますか……」

「それは私も嬉しいな。高校生の発想が必要になる場面が来るかもしれない。明美さんや絢瀬さんがいるのは心強い」

「はい!」

「ふふっ、明美先輩ったらやる気になっていますね」


 興奮気味の明美ちゃんの横で詩織ちゃんは穏やかに笑っている。僕も今の明美ちゃんはとても微笑ましく思えるよ。


「へえ、外にテレビカメラがあるのか。俺、テレビに映りてぇな! 一つの夢なんだ! 天羽祭に遊びに来た人間として、何度もカメラの前を往復してこようかな!」

「そんなことしたら、不審者として捕まりそうだから止めておけ、岡村」

「ここは女子校だからね。羽賀の言うことを聞いておいた方が無難だと思うよ。それにしても、3人はよく文化祭前の天羽女子に入ることができたな」

「メッセージ解読に協力をしたいと伝えた上で、私と浅野さんが警視庁所属の警察官であること。親友の恋人が天羽女子の生徒であること。昨日もこの天羽祭に来ていたこと。それらを伝えたら天羽女子側は快く迎え入れてくれた。青薔薇はこれまで多くの不正や犯罪を暴いてきた怪人。今回のメッセージもそういったことを示している可能性があり、我々が行ったときは警察に相談するかどうか検討していたそうだ。今のところは、メッセージの解読は我々を中心に行なうことになっている。必要に応じて、私から警察関係者に連絡していくつもりだ」

「なるほど。それで、この会議室を使ってメッセージの解読を始めたってことか」

「ああ。現状は全く分かっていないが」


 とは言いながらも、羽賀はやる気になっている様子だ。昔から謎解きとか、パズルは好きだったからな。


「そういうこともあって、氷室達には一度、ここに来てもらいました。既にテレビの報道やネットのニュース記事で見ているかもしれませんが、この2枚の赤い紙と、500円玉、メッセージが印刷された文書が青い封筒に入った状態で、職員室に置かれていました。それを今朝、出勤してきた職員が見つけたとのことです」

「明美や詩織ちゃんと一緒にネットのニュース記事で見たよ。鏡原駅に行くまでの話題にしたけど、全然分からないな」

「そうですか。氷室は何か思いついたことはあるか? もちろん、間違っていてもかまわない」

「……そもそも、2枚の紙と500円玉。今はこうやって3つに分けて袋に入っているけど、3つのことを示しているのか。それとも、2枚の紙をセットで1つのこと、500円玉で1つのことを示しているのか。3つ全てで1つのことを示しているのか。そこで悩んじゃって」

「なるほど。私達はとりあえず2枚の赤い紙で1つのこと、500円玉で1つのことが示されているという方向で考えている」

「その可能性が一番高そうだよな」


 机の上に置かれたものをしっかりと見てみることに。

 2枚の赤い紙は同じ大きさで、色も同じだ。ただ一つ違うのは、片方の紙の中心に青い点が打たれているということだ。その違いが、青薔薇のメッセージを知るカギだろう。

 それで、500円玉は裏側だけが黒く塗られている。この行為にも絶対に意味がある。

 青薔薇は天羽女子の生徒や職員は悪くないと言っていた。でも、これらのものを青い封筒に入れて、天羽女子の職員室に置いていった。生徒や職員の誰かがこのメッセージに絡んでいる可能性は非常に高い。


「氷室、どうだ。実物を見て、何か思いつくことはあるか?」

「この2枚の紙。大きさも色も同じだから関連がありそうだ。仮に2枚で1つのことを現しているなら、この1つの青い点の違いは何を示しているんだろう。時間による変化なのか。それとも、どちらかが正常な状態を示していて、どちらかが異常な状態を示しているのか」

「なるほど。面白い考えだ。今、氷室が言った2つの仮説を合わせることもできる。例えばこのまっさらな赤い紙が正常な状態。ただ、あるときに起こった出来事をきっかけに、この青い点が浮かぶという異常な状況になったと考えることができそうだ。天羽女子に送られたことを考えて、この赤い紙は天羽女子のことかもしれない」

「かもな」


 正しいかどうかは分からない。ただ、羽賀と話しただけで、何かが見え始めたような気がする。

 あと、僕と羽賀が考えたことを、浅野さんが黒板に書いていっている。浅野さんの板書が上手だからか、こうして文字で見ると、より考えを整理しやすくなるな。


「羽賀もすげえけど、氷室もすげえな。俺には全然分からねぇ。学生のときも2人一緒に考えれば、解けない問題ってほとんどなかったよな」

「何ですか、その胸熱エピソードは! そっちの謎を解明したいくらいですよ!」

「浅野さんは青薔薇の方に集中してください」

「相変わらずですね、浅野さんは。実はあたし、この500円玉で気になることがあるの」

「何か気付いたの? お姉ちゃん」


 500円玉か。もう一度見てみるけど、裏側を黒くしてあることくらいしか。黒く塗られているけれど、去年の製造年が刻まれていることははっきりと分かる。


「この500円玉、裏側が黒く塗られているよね。ニュース記事で写真を見たら、黒いマジックで塗られているのかなって思ったけど、実際に見てみるとそんな感じには見えないんだよね。黒さが柔らかいというか。黒い色鉛筆や、化粧に使うアイブロウペンシルで塗ったように見えるの。間違っているかもしれないけど」

「言われてみればそんな感じがしますね。私もたまに使うことがありますが」


 もう一度見てみると、確かに有紗さんの言うように黒みが柔らかい気がする。


「確かに、月村さんの言うとおりですね。私は黒く塗られたことばかり考えていて、何を使って黒く塗ったことは考えていませんでした。アドバイスありがとうございます。鑑識の知り合いに頼んで、500円玉を黒く塗ったものの成分を調べてみましょう」


 羽賀はスマートフォンを取り出して電話をしている。僕も羽賀と同じで、黒く塗られたことばかり考えていて、何で塗ったのかは考えていなかったな。そこにも意味はあるのだろうか。


「お姉ちゃん凄いね! 私には分からなかったよ!」

「さすがは大人の女性ですね! お姉さん!」

「いやぁ、さすがは年上の女性っす! 月村さん最高!」

「……ふふっ、もっと褒めてもいいんだよ」


 明美ちゃんや詩織ちゃん、岡村に褒められて嬉しいのか、有紗さんは嬉しそうな様子で胸を張っている。化粧品のことも言っていたし、僕にはない視点だった。


「500円玉の分析について鑑識に頼みました。結果が分かったら月村さんや氷室に連絡します。みなさん、意見やアドバイスをありがとうございました。メッセージの解読については私や浅野さんがやるので、みなさんは文化祭を楽しんでください。岡村も迷惑をかけたりしないように気を付けるんだぞ」

「分かってるって! 女の子には優しくして、泣かせないのが俺のルールなんだ」

「君が女性に泣かされたことはあったが、女性を泣かせたことは一度もなかったな。岡村も含め、学校を回っている中で何か気付いたことあったら、浅野さんや私に連絡してください」

「分かった。その前に、青薔薇が送ってきたものを写真に撮らせてくれ」

「いいだろう」


 僕は青薔薇が送ってきた2枚の赤い紙、500円玉、文書、それらが入っていた青い封筒をスマートフォンで撮影した。


「わ、私はここに残っています! 羽賀さんや浅野さんの役に立ちたいですし! 買い出しとか何でもしますから!」

「……その気持ちを有り難く受け取っておこう、明美さん。屋台や自販機で何か買ってほしいものがあったら、そのときは頼むことにする。もちろん、いつでも遊びに行きたくなったらそれでいい」

「はい!」


 明美ちゃん、健気な子だな。

 屋台で買ったものをここで食べながら、メッセージのことを考える羽賀か。想像してみたけれど、シュールで笑えてくるな。

 僕、有紗さん、岡村、詩織ちゃんは第1会議室を後にする。ただ、テンションが上がった岡村が1人でどこかに行ってしまったため、僕は有紗さんと詩織ちゃんと一緒に行動することになったのであった。

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