第20話『まずは、おつかれさま。』

 美来達と会えるかもしれないので、僕らは体育館の入り口近くで待ってみることに。その間、主に体育館から出てくる人からチラチラと見られることが多かった。朝比奈美来の彼氏として紹介されたからかな。ステージしか明るくなかったけれど、意外と僕の姿も見えていたのかも。


「すっかり有名人だね、智也君」

「まさか、自己紹介のときに美来から呼ばれるとは思いませんでした。例の事件もありましたし、あまり目立たないようにこの帽子も被ってきたんですけどね」

「ふふっ、少なくともあの場面を見ていた人には、智也君は彼女持ちのかっこいい人だって分かってもらえて良かったんじゃない?」

「それならいいんですけどね」


 あの事件から日が経つにつれて、少しずつ変な目で見られることは減ってきている。今日も特に変な目で見られたり、嫌悪感を示されたりしたことはなかったし、変に周りを気にする必要はないのかな。


「智也さん!」


 体育館から出てきた美来は、嬉しそうな一目散に僕のところに駆け寄ってきて、僕のことを抱きしめてきた。そんな彼女のことを抱きしめ、頭を優しく撫でる。


「コンサートお疲れ様、美来。とても良かったよ」

「ありがとうございます、智也さん」

「乃愛ちゃんや花音ちゃん達も綺麗な歌声だったね」

「部長としても嬉しい言葉です。ありがとうございます」

「ありがとうございます、氷室さん。それにしても、美来はやっぱり氷室さんのことを話したり、一緒にいたりするときが一番いい笑顔をしているね。自己紹介のときに氷室さんのことを紹介するとは思わなかったよ」

「私が彼氏と同棲しているって話は学校の中で広まっていたからね。ちゃんと知ってもらうのにいい機会かなって。その話を振ったのは花音先輩ですけど」

「そうすれば、コンサートがもっと盛り上がるかなと思って」


 あははっ、と花音ちゃんは高らかに笑っている。

 もちろん、声楽部のみんなの歌の上手さや、7月に転入してきた美来の存在もあるだろうけど、もしかしたら、花音ちゃんの巧みな話術がコンサートを盛り上げた一番の要因かもしれない。


「みんなお疲れ様。美来、確か、文化祭は3時半までだったよね。それまで、美来のことを待っていようか?」

「いえいえ、文化祭が終わったら先に帰っていてください。私達は今日の片付けと、明日の分の準備をしなければいけませんし」

「分かった。じゃあ、3時半を過ぎたら先に帰って、夕ご飯を作るね」

「はい! ありがとうございます」


 すると、美来は軽くキスしてきたのだ。その瞬間に周囲にいる女の子達から黄色い声が響き渡る。

 まったく、みんながいる前なのに恥ずかしいな。美来がとても嬉しそうにしているからいいけどさ。


「ふふっ、決定的瞬間を撮れたよ、智也君、美来ちゃん」

「月村さんも撮ったんですか? あたしも美来と氷室さんのキスの瞬間を撮ったよ。2人の関係を知っている人にしか見せないので大丈夫ですって」

「そうそう。見せるだけ。送らないから」


 有紗さんと乃愛ちゃんがクスクスと笑っている。この2人、意気投合させてはいけない組み合わせかもしれない。あと、絶対に友達とかに決定的写真を送るだろうな。


「ふっ、声楽部の歌の上手さだけではなく、氷室と美来さんの愛情も伝わってきたコンサートだったな」

「そうだったな、羽賀。朝比奈ちゃんの自己紹介のときに氷室に話が振られたときは最高だったぜ。最後のJ-POPコーナーのときは楽しく歌えたし!」

「歌は聴くのもそうですが、歌うのも楽しいですからね。みなさん、また明日もコンサートに来てくださると嬉しいです」

「明日も行くね、美来」

「はい!」


 明日も声楽コンサートはもちろんのこと、メイド喫茶にも行こう。まだ行けていない屋台、クラスや部活の出し物もたくさんあるし。明日も楽しい文化祭になりそうだ。

 その後も美来達と話していたり、声楽部の子達と写真を撮っていたりしたら3時半近くになった。なので、来客組の僕らは受付で一番良かったクラスと部活に投票して、天羽女子を後にする。

 車で来た羽賀、岡村、浅野さんとはすぐに別れる。その直前に、明日も今日と同じように待ち合わせをして天羽女子に行くことに決めた。


「智也お兄ちゃん、文化祭楽しかったです!」

「良かったね、結菜ちゃん。僕もとっても楽しかったよ。結菜ちゃんは明日も文化祭に来るの?」

「いえ、明日は友達と映画に行く約束がありますので。だから、今日はたくさん楽しもうと思いました。お姉ちゃんのメイド姿を見たり、歌声も聴いたりすることができて良かったです。仁実お姉ちゃんとも仲良くなれましたし」

「あたしも仲良くなれて嬉しいよぉ、結菜ちゃん。本当に可愛いよね」


 仁実ちゃん、結菜ちゃんにデレデレだな。一緒にいる時間も多かったし、結菜ちゃんも可愛いしそうなるのは当然なのかも。


「ただ、あたしも明日はアルバイトで文化祭は行かないの」

「そうなんですね。アルバイト頑張ってくださいね」

「うん! ありがとう」

「じゃあ、明日、結菜ちゃんはお友達と映画を楽しんできてね。仁実ちゃんはアルバイトを頑張って」

「はい!」

「頑張るね、トモ君」


 明日の文化祭の様子を写真に撮って結菜ちゃんや仁実ちゃんに送ることにしよう。

 その後、鏡原駅まで一緒に行き、駅で有紗さん、明美ちゃん、詩織ちゃん、結菜ちゃんと別れた。そこからは仁実ちゃんと2人きりに。


「楽しかったね、仁実ちゃん」

「そうだね。明日バイトがあるのが嫌なくらいに。……そうだ、さっそくモモちゃんに文化祭の写真を送ろっと」

「そうだね。僕も何枚か桃花ちゃんに送っておくか」


 僕は仁実ちゃんと一緒に、桃花ちゃんへ文化祭の写真を送る。これで少しは桃花ちゃんも文化祭の気分になれればいいけど。

 すると、すぐに『既読』のマークがついて、


『楽しそうだね! いいなぁ。行きたかったなぁ。あと、写真を見たら去年までの高校の文化祭を思い出したよ! お兄ちゃん、ありがとね』


 桃花ちゃんからそんな返信が来た。きっと、桃花ちゃんの高校時代の文化祭では、仁実ちゃんと色々なことをしたのだろう。


「あっ、返信来た。楽しそう……か」

「良かったね。高校のときを思い出すって書いてあったな。桃花ちゃんと仁実ちゃんは同じクラスだったの?」

「うん。3年間ずっとね。だから、一緒に屋台やったりして楽しかったな。あたしも天羽女子にいる中で何度も当時のモモちゃんのことを思い出したよ」

「そっか」


 僕も高校時代の文化祭のことを思い出した。女子校だけど、羽賀や岡村と一緒に文化祭に行ったからか、高校時代に戻ることができたような気もした。明日も文化祭を楽しむことができればいいな。

 運休や遅延などは特になく、僕と仁実ちゃんは桜花駅に到着した。


「じゃあね、お兄ちゃん。今日は楽しかったよ」

「うん。僕も楽しかったよ、ありがとう」

「こちらこそ。明日の文化祭の写真、モモちゃんだけじゃなくてあたしにも送ってね」

「うん、分かった。またね。気を付けて帰るんだよ」

「ありがとう。またね!」


 仁実ちゃんと別れて、僕は自宅の方へと歩いて行く。今朝と比べて結構涼しくなったと思えるのであった。

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