第2話『おねだり』

 夕ご飯を食べ終わったので、僕が後片付けをした。秋になって水道の水も冷たくなってきたな。日中ならまだしも、今だと寒く感じるくらいだ。


「智也さん、スイートポテトを買ってきてくれたんですよね」

「うん。食後のデザートにいいかなと思って。冷蔵庫に入ってるよ」

「じゃあ、出しておきましょう。智也さん、コーヒーを淹れましょうか?」

「ありがとう。温かいのでお願いできるかな。ブラックで」

「分かりました!」


 後片付けをして手が冷えてしまって、今は温かいものが飲みたい気分。

 そんなことを考えているとコーヒーの匂いが香ってくる。職場でも家でも、コーヒーの匂いを感じると気持ちが落ち着く。

 食事の後片付けが終わったのでリビングに戻ると、美来はソファーに座っていた。ソファーの前にあるテーブルには、帰りに買ってきたスイートポテトと僕のコーヒーと……美来はやっぱり紅茶か。

 美来の隣に座ると、美来は僕の手をそっと握ってきて、


「智也さん。言い忘れていましたけど、今週もお仕事お疲れ様でした」

「ありがとう。美来は今週……頑張ったね。コンクールの予選突破おめでとう」

「ありがとうございます」


 そう言って、美来は僕にキスしてきた。そのことで、体からすっと疲れが抜けていくような気がする。

 唇を離すとそこには頬を赤くして、うっとりとした表情を浮かべる美来がいた。


「キスすると、スイーツよりも智也さんを食べたくなってきます」

「僕の方は後のお楽しみにしようか」

「……約束ですよ」


 そう言うと、再びキスする。この可愛らしいメイド服姿の美来を多くの人に見られると思うと……何とも言えない気分になるな。こういった気持ちは自分だけに見せてほしい気持ちが強くて。


「どうしたんですか、私の顔をじっと見て」

「可愛いなと思ってさ」

「嬉しいですね。さっ、スイーツポテトを食べましょう」

「そうだね」

「じゃあ、いただきます!」

「いただきます」


 今はスイートポテトを堪能するとしよう。フォークで一口スイートポテトを食べる。


「うん、美味しい!」

「美味しいですね! これ!」


 メーカーによっては砂糖の甘味が強いものもあるけれど、家から一番近いコンビニの独自ブランドのスイートポテトはさつまいものほんのりとした甘味がいいな。


「甘すぎることもなく、さつまいものホクホクした感じもあっていいですね」

「そうだね。これからもたまに買ってこようかな」

「ふふっ、迷ったときにはこれっていうスイーツになりそうです」


 どうやら、美来はとても気に入ったようだ。良かった。


「そういえば、美来」

「何ですか?」

「声楽コンクールの予選を突破したから、何かお祝いかご褒美をあげたいなって思っているんだけど、何かほしいものやしたいことってある?」


 何も訊かずにお祝いやご褒美をあげるのもいいかもしれないけど。


「智也さんと一緒の時間を過ごせるのが一番のご褒美ですよ。あと、このスイーツポテトもとても美味しかったですし」


 笑顔で言っているので、今の言葉は本当だろうけど……何とも美来らしい。あまりにも健気なので心の中で泣いてしまいそうだ。


「ただ、智也さんにそう言われたのですから、何かおねだりしたいですね……」


 う~ん、と美来は考えている。そうそう、おねだりしてくれていいんだよ。


「やっぱり、ほしいのは智也さんとの子供でしょうか。それで、子供と一緒に母乳を智也さんに飲ませてあげたいですね……」


 美来はうっとりとした様子でそう言った。割とすぐにほしいものが思いついたと思ったら……何とも美来らしいというか。


「な、なるほど。随分と時間がかかりそうなおねだりだね……」


 迷った末の言葉だけど、果たしてこれで正解だったのか。


「でも、そのためにはまず智也さんから温かいミルクを提供してもらわないと。これがいわゆるミルクせい――」

「おっと、それ以上は言わないでおこうね」


 思わず右手で美来の口を押さえてしまう。それでも美来は嫌そうな様子を全く見せない。上手いことを言ったと思っているんだろう。


「その……子供と母乳の件については、もっと後に考えることにしようか。僕も美来との子供がほしいと思っているけれど」

「約束ですよ。じゃあ、今はそれ以外のことをおねだりしましょう」

「是非、そうしてくれると嬉しいよ」


 どんなおねだりをしてくるのか楽しみだけれど、僕が想像もしないようなことを言ってくるときがあるからなぁ。


「あっ! いいことを思いつきました! 智也さん、今夜はずっとドSでいてください!」

「はあ?」


 予想外のおねだりが来たので思わず変な声が出てしまった。


「……どうしてドSなんていうおねだりをしようと思ったの? 美来って……ドMだったっけ?」

「よほどのことでなければ、智也さんに何をされても嬉しいですが……実はさっき見せたパンフレットに、ドS喫茶を開いたクラスがありまして」

「ド、ドS喫茶……」


 何なんだ、そのあからさまに人を選びそうな喫茶店は。


「ええ。ドS喫茶を思い出して、普段は優しい智也さんのSな姿を見てみたいと思いまして」

「なるほどね」

「……ドSになってくれませんか?」

「えっと……」


 急にドSになってほしいと言われてもなぁ。漫画やアニメでのSなキャラクターを思い出しているけれど、下手すれば美来の心を傷つけてしまいそうだし。あと、ドSになってというお願いをすることがドSのような気がする。


「さすがです、智也さん!」

「へっ?」


 いきなり褒められたのでまた変な声が出てしまった。


「ドSになってとお願いして、どうすればいいか迷った振りをしてSな態度を見せないとは……智也さんはSの素質がありますよ!」


 いや、本当にどうすればいいのか迷っていたんだけど……ここまで喜んでいる美来を見てしまうとそれを言う勇気は出なかった。

 しょうがない、もう少しだけSだと思えるような行動をして美来に満足してもらおう。


「美来、スイートポテトを食べさせてあげるよ」

「いいんですか?」

「うん」


 僕はフォークでスイートポテトを一口サイズに切り分ける。


「はい、あ~ん」

「あ~ん」


 切り分けたスイーツをフォークに刺して、それを美来の口に持っていく……が、


「やっぱりあげない」


 それを美来に食べさせずに自分の口の中に入れた。

 そんな僕の行動にショックを受けてしまったのか、美来は口を閉じぬまま無表情で僕のことを見つめている。胸が苦しい。


「……やっぱり、僕はSになれないよ。ごめんね、意地悪なことをしちゃって」


 僕は再びフォークでスイートポテトを切り分けて、美来の口の中に入れた。すると、美来は優しく笑った。


「今のだってSっぽく思えて私的には良かったですけどね。それでもやっぱり、いつもの智也さんが一番いいなって思いました」

「そう言ってくれると僕も嬉しいな」

「じゃあ、別のおねだりをしますね。日曜日は有紗さんが泊まりに来ますから……今夜と明日の夜はたっぷりとイチャイチャしてくれませんか? ここ最近……コンクールに向けた練習で帰りも遅くなって、智也さんと一緒にゆっくりできる時間が少なかったですから、欲が溜まってしまっていて」

「……分かった。実は、僕もこの3連休の間に美来とイチャイチャしたいと思ってた」

「智也さん……」


 僕の名前を呟くと、美来は嬉しそうな笑みを浮かべて僕にキスしてきた。


「約束ですよ」

「ああ、分かった」

「じゃあ、もう少しの間、スイートポテトを食べながらゆっくりとして、一緒にお風呂に入って、その後はたくさんイチャイチャしましょう」

「うん、そうしよう」


 その後は美来の言うように2人でゆっくりとした時間を過ごした。お風呂やベッドの中でイチャイチャして。美来と幸せな気分に浸るのであった。

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