第1話『○○喫茶』

 部屋着に着替えて、僕は美来と一緒に夕ご飯の親子丼を食べる。


「うん、美味しいね」

「良かったです。今日は鶏肉が安かったので親子丼にしてみました。……うん、卵の固まり具合といい、今までの中で一番上手にできたような気がします」


 そう言って、美来は幸せそうな様子で食べ進めている。確かに卵の半熟さといい、外で食べる親子丼よりも美味しい。


「今日は夕ご飯を作ってくれてありがとう、美来」

「いえいえ。今日の部活は早く終わりましたし、遅くなってしまうとき以外はなるべくご飯を作りたいんです。それに、お料理は大好きですしね」

「……それでも、美来に対する感謝の気持ちは変わらないよ。本当にありがとう。ただ、僕はいつでも美来の力になるつもりでいることは覚えていてくれるかな。僕もできるだけ家事をやっていきたいって思っているし」

「もちろんですよ。本選も控えていますから、部活で遅くなってしまう日も多くなると思いますから、そこは臨機応変に2人で家事をやっていきましょう」

「うん、そうだね」


 美来、しっかりとしているなぁ。一人暮らしもしていたので、僕も一通りの家事はできるけれど、美来と一緒に住み始めてからは彼女に甘えてしまいがち。


「……でも、こういう話って一緒に住んでいるからこそですね」


 美来はそう言うとにっこりとした笑みを浮かべる。彼女が嬉しそうにしていると僕も自然と気分が明るくなっていくな。


「あっ、思い出しました」

「うん?」

「智也さん、折り入ってお願いがあるのですが、お話を聞いてもらってもいいですか?」

「うん、いいよ。どんなこと?」


 かしこまっていると何だか緊張しちゃうな。

 美来は高校生だしアルバイトのことかな? 桜花駅の近くに仁実ちゃんがアルバイトをしている喫茶店もあるし。それとも、まさか……できちゃったとか? 避妊はしっかりとしているけれど、美来に誘われて定期的にしているし。もし、そうだとしたらこれからは大人の人間としてしっかりとしていかなければ。


「……あの、智也さん。智也さんに深く考えてもらうような内容ではないので、リラックスしてもらって大丈夫ですよ」

「そ、そうなんだね」


 どうやら、顔に出てしまっていたらしい。


「実は10月の初め頃に高校の文化祭がありまして」

「そうなんだ。もう、そんな季節か」


 ここにも秋を感じさせる言葉が。

 文化祭……僕が通っていた高校も9月末か10月の初め頃に文化祭をやったな。羽賀はもちろんのこと、体力が一番の自信だと豪語する岡村にとっては1年の中では最大の見せ場だった。


「懐かしいな、文化祭。僕は特に部活に入っていなかったから、羽賀や岡村と一緒にクラスの方で働かされたよ。1年生のときは街の歴史っていうテーマの展示だったけれど、2年生のときはたこ焼きを作って、3年生のときはワッフルを作ったな」


 岡村は校内を回ってお店の宣伝ばかりやって、羽賀は作ることに徹してとても美味しいものを作って。2人とも楽しそうだった。

 ちなみに、僕は……商品を作ったり、売り子をしたり、宣伝をしたりと何でも屋さんだった。あれはあれで楽しかったなぁ。


「……美味しかったですよ。智也さんが作ったかどうかは分かりませんが」


 頬を赤く染めながら美来はそう言った。

 そうか、僕が高校に通っているときは……美来は僕の居場所が分かって陰から見ていたんだっけ。文化祭に来ていたのか。


「智也さんが売り子さんになっているところを狙ってお店に行きまして。智也さんにできるだけ声をかけてほしくて、わざとお釣りができるようにお金を出して。当時から、智也さんの笑顔はとても素敵でした」

「……そっか。美来も僕の居場所が分かっていて、文化祭に来ていたとは思っていたけれど、まさか売り子で美来と接していたなんてね。気付かなかったよ」

「帽子を被っていましたし、男の子みたいな服装で行きましたからね。それに、文化祭ということもあってか、コスプレをしている生徒さんもいれば、面白いカツラを被っている生徒さんもいましたから」

「そういえば、クラスや部活の出し物の宣伝のために、制服以外の服装の生徒も多かったな」


 そんな僕も、文化祭の前にあった体育祭のために作ったクラスTシャツとエプロンを着て文化祭は過ごしていた。


「あと、たこ焼きもワッフルも作ったのは多分、羽賀だと思う。あいつ、クラスメイトから職人って呼ばれるほど上手でね。僕と羽賀は同じ担当の時間だったけど、羽賀はずっと作っていたから」

「そうだったんですか。それなら美味しかったのも納得できますね」

「……僕もたまに作ったけれどね」


 職人の異名を持つ羽賀だから、美来が美味しかったと言うのも納得だけれど……ちょっとしたジェラシー。


「ふふっ、智也さんったら可愛いですね」

「……話を戻そうか。美来のお願いって文化祭絡み?」

「そうです。私のクラス……1年2組はメイド喫茶をやるんですけど」

「メイド喫茶か……」


 僕の高校の文化祭でもメイド喫茶をやるクラスがあったので、当時は多少のときめきがあったけれど……今はそうなのかぁ、としか。これも普段から家でメイド服姿の美来にコーヒーや紅茶を淹れてもらっているからだろうか。現に、今もメイド服姿の美来と一緒に親子丼を食べているし。


「美来にとっては得意分野の気がするな」

「お家ではメイド服を着て色々としていますからね。女子校ですけど、文化祭では男性も来ることができます。それもあってか、接客担当の子の中には緊張して不安だという子もいて」

「接客自体ができるかどうか不安っていう子もいるよね。確かに男性に対して緊張しちゃう子もいるか……」

「ええ。乃愛ちゃんと亜依ちゃんが接客担当になって……接客の練習がしたいということで智也さんにお客さん役をしてほしいのです」

「それはかまわないけれど、いつどこでやるつもりなのかな?」

「明日の午後にこの家で」

「それなら全然かまわないよ」


 ほっとした。一瞬、天羽女子高校に行くのかと思ったから。高校まで足を運ぶこと自体は苦じゃないけれど、女子校だから男の僕が行くと色々まずそうな気がして。


「ありがとうございます。あとで2人に伝えておきますね。でも、うちのクラスがメイド喫茶だと知ったときにはほっとしました」

「そう言うってことは、7月に転入したときにはもう決まっていたんだ」

「ええ。天羽女子高校は喫茶店をやりたいクラスが毎年多いそうで、要望を通すために凝ったテーマの喫茶店を考えるクラスも多いようで」

「へえ、そうなんだ。例えばどんな喫茶店があるの?」

「執事喫茶にナース喫茶……ちょっと待ってくださいね。去年のパンフレットが確か勉強机の引き出しの中に入っていると思いますので」

「うん、分かった」


 美来はリビングを後にした。

 執事喫茶はまだしもナース喫茶とは。どんなラインナップなのか知らない方が良さそうな感じもする。ただ一つ言えることは……美来のクラスがメイド喫茶で良かったなと。美来にとってメイド服は着慣れているものだし。


「智也さん、持ってきました」

「うん、ありがとう」


 美来はテーブルの上に文化祭のパンフレットを広げ、各クラスの出し物一覧のページを見せてくれる。


「確かに、喫茶っていう文字が多いね」

「私も最初に見たときは驚きました。といっても、去年の文化祭は実際に行っているんですけどね。思い返せば、色々な喫茶店がありました。ええと、1年生から順に見ていくと、チャイナ喫茶、浴衣喫茶、執事喫茶、メイド喫茶、巫女喫茶、ホラー喫茶……たくさんありますね」


 僕らがやっていたような食べ物を提供する露店をやっているクラスもあるけれど、教室で出し物をクラスは喫茶店が圧倒的に多い。ただ、目玉にする要素で他のクラスと差別化されているのでいいのかな。


「いっぱいありますよね。あと、乃愛ちゃんから聞いたんですけど、以前は水着喫茶をやろうとしていたクラスもあったんですって」

「……それは色々な意味でまずいのでは」

「はい。実行委員会で一度は承認されたのですが、学校側によって撤回させられたそうです。水着だと予期せぬことになりかねないとのことで。ただ、プールや海では水着を着てもOKなのに、どうして学校の教室ではダメなんだという抗議もあったみたいですよ」

「……相当着たかったんだね、そのクラスは」


 水着だと動きやすそうではあるし、教室だから気温の影響もさほど受けないか。


「生徒の安全があってこその文化祭という理由で水着喫茶は認可されず、そのクラスは他の喫茶をやったそうです」

「そうなんだね」


 ただ、今の話を聞いて……スクール水着の上にエプロンを着た美来の姿を思い浮かべてしまった。想像しただけでも可愛いんだから、実際に目の前にいたらもっと可愛いんだろうな。


「ふふっ、水着喫茶の話をしたから私の水着姿を思い浮かべていたんでしょう? 智也さんがご希望であれば、お風呂に入るときに旅行で着た水着を着ますけど」

「気持ちは受け取っておくから、普段通りでいいよ」


 スクール水着だったら一度見てみたかったけど。


「智也さんは水着よりもタオル1枚の姿の方が好みですか。さあ、残りの夕ご飯を食べましょう」

「そうだね」


 美来との文化祭の話が盛り上がったためか、親子丼が冷め始めてきていたけど……それでも美味しさはさほど変わらず。ごちそうさまでした。

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