第14話『桃花の決意』
午後4時過ぎ。
アルバムとホームビデオをたっぷりと観賞し、私と桃花さんは仁実さんの家を後にする。朝からずっと晴れていたからかこの時間でもまだ暑いな。
「何だか緊張した……」
「えっ、そうだったんですか? とても楽しそうでしたけど」
可愛らしい笑顔を見せる場面だってとても多かったし。桃花さんは緊張をすると笑顔になっちゃうタイプなのかな。
「楽しかったのは本当だけれど、ドキドキもしていたんだよ。ところで、ひとみんはお兄ちゃんのことをどう想っているの? 私、お手洗いの扉に耳をくっつけていたけど、心臓の鼓動の音が激しくて聞こえなかったんだよね……」
そういえば、桃花さんがお手洗いを出てから、仁実さんは智也さんとの思い出話については話していたけれど、智也さんへの想いは口にしなかったな。
「今でも智也さんのことを想うと心が温かくなるそうです。もちろん、私という彼女がいますので、智也さんと付き合いたいとは考えていないようです」
「そっかぁ……」
桃花さんはほっと胸を撫で下ろす。
「もし、お兄ちゃんと付き合いたいくらいに好きだったらどうしていたことか」
「そうだったら私が黙っていませんよ」
基本的にはじっくりと仁実さんと話し、もし、ダメそうなら色々な形で智也さんとの愛情を示していけばと思っている。ハグ、キス……それでも彼女が諦めないようなら、キスよりも先のことだって……見せつけることも考えてるよ!
「何を意気込んでいるのかな、美来ちゃん」
「あっ、いえ……何でもないです。智也さんへの想い以外にも色々と訊きました。大学に進学してから何人かの学生に告白されたそうです。ただ、それらの告白は全て断っていて、誰とも付き合っていないそうです」
「ひとみん、明るい性格だし顔立ちもいいから、高校生までの間も女の子から人気あったからね……」
確かに、王子様的な雰囲気がある人だもんね。今日の仁実さんの服装がパンツルックだったからかもしれないけど。ただ、智也さんのことを話しているときの仁実さんはとても可愛らしかった。
「あと、女の子同士で恋愛関係になることに抵抗感はないみたいですよ」
「えっ、そうなの?」
「ええ。本人がそう言っていましたから、間違いないと思いますよ」
「……そっか。女の子とも付き合うのもいいんだ」
「はい。ですから、仁実さんと付き合うことができる可能性は十分にあると思います」
ただ、今日の仁実さんを見る限りでは、仁実さんの方から告白する可能性はないと思う。恋人関係になるんだったら、現状では桃花さんから告白するのがベストなんじゃないかなと思っている。
「私にも可能性は十分にありそうだね」
「はい。今まで何人もの女性を振ってきていることは事実ですが、桃花さんは長い年月を掛けて仁実さんとの関係を築き上げています。今日もお二人はとても仲がいいように見えました。ですから、告白すれば恋人同士になれるんじゃないかと思っています」
「美来ちゃんがそう言ってくれると心強いよ。何人も女性を振り続けているっていうところが不安だけどね。むしろ、親友だからこそ、これまでの関係でいたいってひとみんは思っているかもしれないし」
「その可能性も……否めませんよね」
幼なじみであり親友でもある関係を崩さないためにも、仁実さんは桃花さんのことを振ってくることも考えられる。
すると、桃花さんは急に立ち止まって、
「でも、私……ひとみんに告白しようと思う」
笑顔で私のことを見ながらそう言った。
「告白するっていう決心がついたんですね」
「うん。今夜は2人のお家でひとみんへの想いを整理するよ。それで、できるだけ早く告白したいって思ってる」
「そうですか」
桃花さん、仁実さんに告白する決心がついたんだ。どうやら、今日、仁実さんに会いに行ったのは正解だったみたい。
「さっき、楽しかったけど緊張したって言ったじゃない」
「ええ」
「でもね、ドキドキもしたし……温かい気持ちにもなったの。やっぱり、私はひとみんのことが好きなんだなって再確認できた。今日みたいな時間をこの先もずっとひとみんと一緒に過ごしていきたいって思ったんだ。ひとみんがどう思うかは分からないけど、この想いはしっかりと伝えておきたいなって」
「そうですか。仁実さんへの想いを確認できて良かったですね。あと、今の時点で十分に仁実さんへの想いを整理できていると思いますよ」
「そうかな?」
それに、今みたいな言葉を仁実さんに言えば、十分に想いは伝わるような気がする。本番では言葉が変わるかもしれないけれど、好きだという仁実さんへの想いが変わらなければきっと大丈夫だと思う。
「そうさせてくれたのは、ひとみんと一度会いに行こうって言ってくれた美来ちゃんだよ。本当にありがとう」
「いえいえ、私は……仁実さんと会うことや大学のキャンパスを見学すること。彼女の家でアルバムやDVDを観ることを純粋に楽しんでいただけですから」
「……そっか。でも、ありがとね」
桃花さんは私の頭を優しく撫でてくれた。
「さっ、ここに立ち続けていても汗を掻くだけですから、家に帰りましょう」
「そうだね」
「でも、途中でスーパーに寄っていいですか? 冷蔵庫の中、食材がなくなってきているんで。いつも行くスーパー、今くらいの時間になるとタイムセールをやるんですよ」
「そうなんだ。ふふっ、そういう話をされると、本当にお兄ちゃんの奥さんになったみたいだよね」
「……そう言われると、何だか熱中症になっちゃいそうです」
智也さんの奥さんだなんて言われると照れちゃうな。体の奥底から熱くなってくる。
そうだ、家に帰ったらこのことを智也さんにメッセージで送っておこう。そう思いながら桃花さんと一緒に再び歩き始めるのであった。
午後6時15分。
今日も定時に退社をすることができて、今は帰りの電車に乗っている。席に座ることができるほどじゃないけど、朝の満員電車と比べたら天国かと思えるくらいに空いていて。誰かと体が触れてしまうこともないし。朝もこのくらいに空いていればいいのに。
もうすぐ9月になるからか、この時間だともう陽が沈んでおり、会社を出たときもちょっと涼しく思えた。羽賀の真似をして黒いベストを着てちょうどいいくらいだ。
夕方に美来からメッセージがあり、桃花ちゃんと一緒に仁実ちゃんの家に行き、彼女が持っていたアルバムとホームビデオのDVDを鑑賞したらしい。桃花ちゃんが持ってきてくれたアルバムやDVDにはなかった写真や映像がたくさんあったようで。
思い返すと、仁実ちゃんの家に行ったときに写真を撮られたり、ビデオカメラを向けられたりしたような。家に帰ったら、2人がどんな内容なのかを話してくれるみたいだけど、それが物凄く不安だ。
桃花ちゃんは明日にも仁実ちゃんへ告白するつもりでいるみたい。どうやら、仁実ちゃんと会ってみるという美来の考えはいい影響を及ぼしたようだ。
「家に帰ったら、ゆっくりと2人の話を聞くことにしようかな」
家で僕を待ってくれている人がいるというのはいいな。しかも、今日は桃花ちゃんもいるから。
帰りの急行電車に乗ってからおよそ25分。僕の乗る電車は最寄り駅の桜花駅に到着した。これで、寄り道をしなければ午後7時になる前に家に入れる。
「今日は桃花ちゃんもいるし、コンビニで何かお菓子でも買って帰ろうかな」
そう思って改札を出て、僕の住むマンションがある方の出口へ向かおうとした瞬間だった。
「ひさしぶり、トモくん」
背後から呼ぶその声が誰のものなのかはすぐに分かった。実際に聞くのはひさしぶりだけど、昨日までに幼い頃の彼女の声をたくさん聞いたから。
「……ひさしぶりだね、仁実ちゃん」
「うん、ひさしぶり。会いたかったよ」
振り返ると、そこには背が高くなって立派な女性に成長した仁実ちゃんが、爽やかな笑みを浮かべながら立っていたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます