第5話『メモリーズ』

 午後3時半過ぎ。

 電車が特に遅延したり運休したりすることはなく、僕らは無事に自宅に帰ってくることができた。


「桃花ちゃん、ここが僕と美来が住んでいるところだよ」

「そうなんだね。お邪魔します。お世話になります」


 家の中に入ると、初めての場所だからか桃花ちゃんはキョロキョロしている。僕も初めて桃花ちゃんのお家に行ったときは、今の彼女のようにしていたっけ。


「うわあっ、素敵なお部屋だね!」


 リビングに入るや否や、桃花ちゃんはそんな言葉を口にして、ぱあっと笑みが広がっていく。


「桃花さん、緑茶か紅茶、コーヒーであればお出しできますがどうしますか?」

「じゃあ、温かい緑茶でお願いできるかな」

「分かりました。私もそうしようかな。智也さんはいつもの通りコーヒーにします?」

「うん。僕も温かいやつでお願いするよ」

「分かりました。お二人は椅子に座ってくつろいでください」


 そう言うと、美来ちゃんはキッチンの方へと向かった。

 僕はテーブルの椅子に座るけれ、桃花ちゃんは椅子には座らず、さっそくスーツケースを開け始めている。


「どうしたの? 桃花ちゃん」

「家に着いたら、アルバムやホームビデオを見せるって約束だったじゃない。だから、それを出そうと思って」

「……そっか」


 美来がとても楽しみにしているもんな。

 実はその話をされてから、たまに昔のことを思い出しているけど、段々とどんな内容がアルバムやホームビデオに入っているのか不安になってきた。


「あったあった。アルバムにDVD」


 ホームビデオはDVDにダビングされているのか。僕の家は、僕が小学校を卒業する頃までVHSだったので、ホームビデオはVHSのイメージが未だに強い。

 そういえば、僕が一人暮らしを始めてから、父さんが業者に頼んでVHSにダビングしていたホームビデオをDVD化してもらったと言っていたな。


「お兄ちゃん、何だかあまり顔色が良くないけど。お出かけして疲れちゃった?」

「……いや、疲れてないよ。ただ、アルバムやDVDにどんなことが記録されているかと思うと不安でさ」

「分かるな、それ。昨日の夜、私もちょっとだけ見てみたんだけど、変じゃなくても何だか恥ずかしいんだよね」

「その気持ち、ちょっと分かるな」


 それに、そういったアルバムやDVDをこれから見るのが美来なんだ。昨日、僕が持っているアルバムを見たときの反応を考えれば、基本的には可愛いと言って興奮するだろうけど、変な場面があったら大爆笑しそうだ。


「お待たせしました。あっ、それってもしかして……アルバムとホームビデオが記録されたDVDですか?」

「そうだよ。じゃあ、まずはアルバムの方から見ようか、美来ちゃん」

「はい!」


 すると、美来と桃花ちゃんは隣同士に座って、緑茶を飲みながらアルバムを見始める。そんな2人のことを僕は温かいコーヒーを飲みながら眺めることに。


「やっぱり、小さい頃の智也さんは可愛いですね!」

「そうだね。でも、この頃の面影は今でも残っているよね」

「そうですね。今はとてもかっこいいですが、優しい笑みを浮かべたときはこの写真の智也さんに似ている気がします」

「あぁ、確かにそうかも」


 チラッと美来と桃花ちゃんは僕のことを見てくる。この2人……結構気が合うというか、似ているところがあるというか。だからこそ、ちょっと恐ろしさもあるというか。


「夏のカブトムシを捕まえた写真や、この雪だるまを作ったときの写真の智也さんはとてもやんちゃそうですね」

「今のお兄ちゃんは落ち着いた雰囲気があるけど、昔のお兄ちゃんは好きなことになると、凄く張り切って夢中になることもあったんだよ。たまに、はしゃぎすぎて足をくじいたりしたこともあったよね」

「へえ、そうなんですか。そういえば、この前旅行に行ったときに智也さんから聞いた話なんですけど、小学生くらいの頃に富士山の五合目まで登ったときに、標高が高い方が太陽に近いんだから、平地よりも暑いに決まっていると豪語して薄着のままでいたら、見事に風邪を引いちゃったんですって」

「そんなことがあったんだ! 風邪を引いたって言えば、年末年始に大雪が降って、これだけ雪があったらかまくらが作れるって言ってね。実際に作ったんだけど、お兄ちゃんが入ったらすぐに崩れて、雪に埋もれちゃったの。そうしたら、お兄ちゃん風邪引いちゃって……」

「あははっ! そんなこともあったんですか!」


 2人は大爆笑。僕の昔話をネタに2人が楽しそうなのはいいけど、やっぱり不安が的中してしまった。この2人を意気投合させたのはまずかったかな。恥ずかしいから寝室に行って昼寝でもしたい。


「桃花さんの話を聞くと、智也さんがよく今みたいになったなと思います」

「……色々と学習して成長したんだよ、僕は」


 そんな少年も今や社会人2年目の24歳だ。たくさんの痛みや風邪を乗り越えながらここまで来たのだ。今年になって、誤認逮捕とそれによる退職っていうとんでもない経験をしてしまったけど。


「でも、私が以前にいじめを受けたときに、智也さんは私の家に来て、絶対に学校でいじめはあったんだと、解決するまでずっと側にいてくれましたから、それを考えると変わっていない部分もあるのかも」

「考えが曲げないときがあるよね、お兄ちゃんって」


 美来が受けたいじめは学校主体で隠蔽しようとしていたからな。ただ、美来本人がいじめに苦しんでいたから、美来のことを全力でバックアップしたいと思ったんだ。

 その後も美来と桃花ちゃんはアルバムを見ていく。


「そういえば、智也さんの持っているアルバムにもありましたが、この茶髪の女の子が写っている写真が結構ありますよね。確か、結城仁実さんでしたっけ」

「うん、そうだよ。私と同い年で幼なじみなんだ。私は『ひとみん』って呼んでいるんだけど。家が近いからよく遊びに来てたよ」

「そうだったね。そういえば、仁実ちゃんも大学に? それとも就職したの?」

「私とは別の大学だけど進学したよ。仁実ちゃんは英文学科なんだけど」

「そっか」


 仁実ちゃんは英語の方を専門的に学んでいるのか。僕の卒業した大学が英語教育に力を入れていて、卒業研究のときにも英語で書かれた論文をいくつも読まされたから、英語はとても大切だと思っている。


「美来ちゃん、そろそろDVDの方も観ようか」

「そうですね! では、ソファーの方に移動しましょう」


 アルバムでもこんなに恥ずかしい想いをしているのに、ホームビデオなんて観たらどうなってしまうのか。

 不安な中、僕は美来や桃花ちゃんと一緒にDVDを見始める。


『ひとみん、ちゃんと撮れてる?』

『うん、撮れてるよ』


 画面がブレているけど、撮影しているのが子供だからそこは仕方ないか。

 それにしても、桃花ちゃんの部屋……懐かしいな。仁実ちゃんの声も。


『おっ、仁実ちゃんがカメラマンになってる。かっこいいね』

「きゃああっ! 小さな智也さんがちゃんと動いていますよ! あぁ、やっぱり可愛いです。一度、小さくなってみませんかっ!」


 美来、僕の予想通り大興奮。ハァハァ息を漏らしているし、僕と美来の年齢が逆じゃなくて良かった。


『どう? 智也だよ、映ってるかな?』

「映ってますよ!」


 画面の中にいる10歳ちょっとくらいの僕が手を振っているからか、美来は当時の僕に返事をするかのように元気よく手を振っている。まったく、どっちが子供なんだか。


『あら、ビデオカメラがないと思ったら、桃花達が持っていたのね』


 この声は叔母さんか。叔母さんがビデオカメラを手に取ったからか、急にブレのあまりない綺麗な映像になる。


『でも、いい機会だからちょっと撮影の練習をしようかな。ええと、昨日から妹の家族が遊びに来ていて、ここに甥っ子の智也君がいま~す』

『どうも~! 智也です~』


 何だよ、カメラを向けられて嬉しいのかニヤニヤしやがって。あぁ、恥ずかしい。コンビニでも行ってこようかな。


「逃げてはダメですよ、智也さん。一緒に観ましょう!」

「……後で覚えてろよ」

「ふふっ、分かりました。それにしても、初めてドSな智也さんを見られたような気がします」

「美来の方がよっぽどドSだよ!」


 こっちは恥ずかしいのに強制的に見せようとするんだからさ。

 このまま反抗し続けても意味がなさそうなので、ここは諦めて一緒に観ることにするか。小さい頃の桃花ちゃんや仁実ちゃんの姿を観られるってことで。

 その後も、僕にとってはそれなりに恥ずかしい映像が続いた。ただ、小さい頃の桃花ちゃんや仁実ちゃんがとても可愛らしく懐かしかったので、何とか最後まで見続けられたのであった。

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