第6話『再会した日のこと』

 体が火照ったことによる休憩が始まってから15分。

 美来は僕の膝の上でゴロゴロしたり、お腹に顔を擦りつけたり。まるで甘えたがりの猫を膝の上に乗せているようだ。


「智也さんの膝の上が気持ち良くて、思わず寝てしまうところでした」

「ははっ、そうか。お昼を食べてちょっと経っているから、ちょうど眠くなる時間帯なんじゃないかな」

「確かにそうですね。ただ、今、こうしているのがとても幸せで……」

「じゃあ、お昼寝の時間にする?」

「いえ! 最後に話したいことがありますから!」

「そうなんだ」


 てっきり、さっきの話で僕と再会するまでの話が終わったと思ったんだけど、まだ話したいことがあったのか。


「智也さんと再会した日のことです」

「僕と再会した日か」

「はい。5月13日の金曜日です」


 日付をすぐに言えるなんて凄いな。僕なんてゴールデンウィーク明けの金曜日としか覚えていなかったけど。

 あの日は確か、ひさしぶりに呑み会とかが全くない金曜日だったな。確か、有紗さんに2人きりで呑む約束をさせられたっけ。あの日の美来のことか。


「……話せる範囲でいいからね」

「ありがとうございます」


 僕と再会する頃は、美来の受けていたいじめもだいぶひどくなっていたと思われる。美来と再会してから色々なことがあったから、3ヶ月前でもとても昔のように感じる。


「では、話し始めますね」


 美来はちょっとしんみりとした笑みを浮かべながら話し始めた。



*****



 5月13日、金曜日。

 智也さんと再会した日もいじめはひどかったです。

 無視、暴言、暴力。

 全ての人がそうではないと分かっていましたが、クラスメイトも部員も全員が敵のように思えたときもありました。

 ただ、あの日は金曜日。今日こそ智也さんと会おうと決めていました。勇気を出して智也さんと再会して、状況を見計らって、いじめのことについても話そうと思いました。

 授業が終わったらすぐに寮に戻り、用意していた荷物を持ってすぐに智也さんの家の前に行きました。

 多分、午後5時には家の前にいました。空もまだまだ明るくて。夕陽が眩しかったけれど、あの日の空は綺麗だったなぁ。


「今日こそは智也さんと会うんだ。そして、週末はずっといるんだ……」


 その想いを強く抱いていたからでしょうか。私は心が落ちついた状態で智也さんのことを待てました。それまでは日が暮れて、智也さんが帰ってくるかもしれない時間帯になると、急に緊張して息が詰まって、逃げるようにしてアパートから立ち去っていたんですけど。


「智也さん、まだかな……」


 あの日は智也さんに会いたい気持ちが自然と大きくなっていきました。空が暗くなって行くにつれてワクワクしてきました。

 そして、午後7時過ぎ。

 仕事から帰ってきたスーツ姿の智也さんが私の前に現れたのです。10年ぶりの再会です。嬉しくて、今すぐにでも抱きつきたい気持ちでいっぱいでしたが、子供っぽく見られたくないので、落ち着いたお嬢様のように立ち振る舞うことを心掛けました。

 私はずっと智也さんのことを見ていましたが、智也さんは私の姿を見るのは10年ぶりです。私のことを覚えてくれているかどうか不安でした。

 智也さんは私の目の前で立ち止まりました。


「みくちゃん、なのか……?」


 疑問系でしたけれど、私の名前を口にしてくれたのはとても嬉しかったです。朧気でも、私のことを覚えてくれていたんだって分かったから。


「おひさしぶりです。朝比奈美来です。10年ぶりですね、氷室智也さん。私のことを覚えていてくれて嬉しいです」


 私が自己紹介をしたら智也さん、更に驚いた様子を見せて。きっと、私と10年ぶりに会ったことに驚いていたんでしょうね。


 結婚できる年齢になったら智也さんと再会すると決めていました。

 そして、出会ってから10年経ち、ようやく結婚できる年齢になりました。

 再会した時には必ず、10年前のようにプロポーズしようと決めていました。


 結婚できる年齢になっても、結婚したいくらいに智也さんのことが好きだということをストレートに伝えたかったからです。


「先月で私、結婚できる16歳になりました。だから、私、智也さんに会いに来ました。智也さんのことが好きです。私と……結婚してください」


 智也さんに10年ぶり、2度目のプロポーズをしたのです。

 そして、それからは智也さんと一緒に愛を育む時間に突入です。1週間後からは有紗さんと一緒に過ごすようにもなったから、本当に楽しくて愛おしい時間となりました。あの日からは、色々なことが待っていましたけどね。



*****


「それが再会した日のことです」

「そうだったんだね」


 なるほど、あの日……美来は学校が終わってすぐに僕のアパートに向かったのか。呑み会がなくて本当に良かった。ただ、夜遅くなっても、美来はきっとあそこで待ち続けていただろうな。


「智也さんにプロポーズしたときには緊張しました。どうして、10年前はあんなに素直に結婚しようと言えたのか不思議なくらいに」

「子供の頃だと、すんなりと言えることがあるよね」


 大人になっていく中で、色々な感情が芽生え、心の作りが複雑になっていって。素直な気持ちほど、なかなか口にできなくなった気がする。逆に、すんなりと言えてしまう言葉ほど、嘘とか建前とかが取り憑いているように思えるんだ。


「それにしても、あのときの智也さんは驚いていました。思い出すと結構面白いです」

「10年前に出会った女の子が、僕の前に突然現れたんだよ? そりゃ驚くって」


 まあ、その直後に僕を見つけてから8年ほどずっと見守っていたっていう方がもっと驚いたけど。


「ふふっ、智也さんは見た目が大人になりましたけど、優しいところは10年前から変わっていなかった。それは再会してすぐに分かりました。8年ほど見守っていく中で分かっていたんですけど」

「美来も……変わっていない部分はあるかな。好きなことに真っ直ぐ向いているというか。ブレないというか。今日、美来の話を聞いてそれをより強く思ったよ」

「10年かけて育んだ恋心です。これからも一番近くから、智也さんのことをずっと見ていますよ」

「……そうできるように、ずっと僕の側にいてね」

「……はいっ!」


 美来は可愛らしい笑顔を見せながらそう言ってくれた。美来の場合は僕が何も言わずとも僕の側から離れるつもりはないだろうけど。

 気付けば、陽の光がちょっと茜色になっていたのであった。

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