第86話『Brotherhood』
羽賀と一緒に面会室に入ると、透明なアクリル板の向こう側に美来、詩織ちゃん、浅野さんがいた。
僕が面会室に入ったとき、美来は俯いていたけど、僕の姿を見た瞬間に明るい笑顔を見せてくれる。それだけで、僕にのしかかっていた疲れもだいぶ軽くなった気がした。
「智也さん! 疲れているようですが、大丈夫ですか?」
「昨日は全然眠れなかったけど、昼過ぎからついさっきまで眠れたから何とか大丈夫だよ。美来の方は大丈夫?」
「智也さんが無実だと信じてくれている人がいるので、大丈夫です」
「そうか。なら良かった」
こうして詩織ちゃんが一緒にいてくれるもんね。
あと、被害者が美来であると判明するのも時間の問題だろう。いや、もしかしたら既に判明してしまって、美来の家の周りに報道陣が詰めかけているかも。今朝、雅治さんが家を出たときにはまだ、それらしき人が数人くらいしかいなかったみたいだけど。
「氷室さん。実は今朝、氷室さんが美来ちゃんのいじめを解決の方へ導いたと報道されてから、被害者が美来ちゃんだと気付く生徒が出始めたんです。おそらく、その生徒達のうちのの何人かがTubutterで呟いて、それが拡散されているんです」
「Tubutter……ああ、SNSアプリのことか。じゃあ、もう被害者が美来だと判明しちゃったわけだね」
「私が美来さんを迎えに行ったとき、家の前にはかなりの報道陣がいた」
「じゃあ、ここに連れてくるのも大変だったんじゃないか? 家を出るときに顔もバレちゃったんだろうな」
「お母さんの作った猫のかぶり物をして家を出たので顔は晒していません。でも、これまでに友達にスマホで撮影された写真があるので、SNSにアップされていずれバレてしまうでしょうね」
「……なるほど」
果歩さん、メイド服だけじゃなくて猫のかぶり物まで作れるのか。ホームセンターで余興用に馬のかぶり物を売っているけど、あれの猫バージョンって感じなのかな。
あと、今はSNSがあるから、スマートフォンに写真が保存されていたら簡単に不特定多数に顔をばらすことができてしまうんだよな。そう考えると、SNSの使い方って本当に気を付けなきゃいけない。
「今日になってから、被害者が美来ちゃんだと気付いた生徒を中心に、クラスでまた美来ちゃんのを悪く言っていて」
「そうか……」
以前から、美来は僕のことについても言われていたみたいだし。ただ、今回の僕の逮捕を受けて、僕絡みの非難の声が強まってしまった感じかな。美来に再び批判を浴びせることを考えると、佐相さんが真犯人である可能性が高そうだ。
「……智也さん」
「うん?」
美来は悲しそうな表情を浮かべている。視線をちらつかせて、僕と目をなかなか合わせてくれない。
「……私、時々思うんです」
「うん、どんなことかな」
「智也さんと再会しなければ、こういうことにはならなかったんじゃないかって。いじめのことに関わらずに済んだし、逮捕されるようなことも。そもそも、10年前のあの日に出会わなければ良かったんじゃないかって……」
美来はボロボロと涙をこぼしている。
そもそも美来と出会わなければ、僕が美来のいじめに関わることもなかったし、逮捕されてしまうようなこともなかったと考えているのか。全ては自分のせいだと美来は考えているみたいだけど、
「僕は美来に出会えて良かったと思っているよ」
僕は、今の状況に陥ってしまったのが美来のせいだとはこれぽっちも思っていない。美来のいじめはいじめた人間が、僕の逮捕は真犯人とその協力者が悪いわけであって。美来のせいでこうなったとは思っていない。
「ですが、私に関わったことで、真犯人から恨みを買って逮捕されてしまったのかもしれないじゃないですか!」
「実際にそうかもしれないね。ただ、もう逮捕されちゃったし。今は、羽賀達がこうして僕の無実を証明してくれるために捜査してくれているし、美来達が僕の無実を信じてくれているからそれでいいと思っているよ」
「ですが……」
「確かに、僕は美来ほどに君のことは考えていなかった。時間が経つに連れて、顔もあまり思い出せなくなっていたし、名前も『みく』としか覚えていなかったよ。それでも、美来と再会してからは毎日がとっても楽しいんだ。まあ、いじめの問題に関わったり、美来にわいせつ行為をした容疑で逮捕されたりするとは思わなかったけどね……」
それは美来のせいではないと分かっているのでいいけれど。
「ただ、この10年間……僕の心のどこかに『みく』という女の子が住んでいたのかもしれない。時々、10年前に出会った『みく』と、またいつか会えるんじゃないかなって思っていたんだよ」
だからこそ、女の子にはあまり興味を抱かなかったのかもしれない。10年前のあの日から『みく』という女の子がいたから。もし、実際に僕に女の子が近寄ってきたら、何が何でも引き離すように美来が動いていたかもしれないけれど。
「だから、美来が僕のことで負い目を感じる必要はないんだよ。むしろ、美来がいてくれることがとても心の支えになっているんだからさ」
「智也さん……」
涙を流している美来のことを抱きしめてあげたいけど、それができないのがとても悔しかった。今は詩織ちゃんが美来のことを後ろから優しく抱きしめている。
「私達も調査を頑張らないといけませんね、羽賀さん」
「そうですね。真相が見えようとしていますが、これといった確証を得られていません。事実を究明するまであと少しなのは確かだと思います」
さっき、羽賀と現状を共有して、僕も事実は見えつつあるけど、それを裏付ける確証が得られていない段階だと考えている。何か1つでもいいから、僕や羽賀の立てた推理を裏付ける証拠が欲しい。
「智也さん。私、智也さんのことをずっと待ってます」
「うん、待っててね」
「羽賀さんと浅野さん、私に何かできることがあるなら何でも言ってください!」
「……ああ」
羽賀はそう答えるけど、被害者という立場であることや諸澄君のことを考えると、美来に協力してもらう場面はあまりないだろうな。
ただ、この事件のキーパーソンが美来であることは間違いない。羽賀ならここぞというときに美来に協力してもらうだろう。
「そろそろ私達は帰ります。智也さん、ゆっくりと休んでください」
「うん。羽賀、美来や詩織ちゃんのことを頼む」
「分かっている。帰りも家まで送ろう。猫のかぶり物が私の車の中にあるからな」
その猫のかぶり物がどんなものなのかちょっと気になるな。無実が証明されて、自由の身になったら、美来の家で見せてもらおうかな。
「羽賀、頼んだぞ」
「ああ。絶対に事実を明らかにしてみせる」
羽賀も「真実」ではなくて「事実」という言葉の方が好きなのかな。
美来達が見守る中、僕は羽賀と一緒に面会室を後にする。
「氷室。私や浅野さんを中心に、この事件には真犯人がいる可能性があることを念頭に捜査していることが、周りの警察官に知られてきている。それが理由で今後、今までよりもきつい取り調べが行なわれるかもしれないが、何とか耐えてくれ。あと、そういう取り調べを行なった警察官の名前を私に伝えてほしい」
「分かった。羽賀も気をつけろよ。この事件に警察関係者が関わっていることはほぼ間違いないんだから」
「分かった。気をつける」
羽賀に注意はしたけど、僕の方も注意しないと。真犯人の協力者である警察関係者が僕に罪を認めさせるように取り調べをするかもしれないから。
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