第87話『情報整理』

 美来さん達を送っている途中に、他の警察官に頼んでおいた調べ物について次々と情報が入ってきた。



 まずは種田さんに依頼した諸澄司のことについて。

 諸澄司は学校から自宅謹慎処分を下されて以降、氷室に面会しに行くなど何度か外出したが、一度も佐相柚葉とは会っていないという。

 氷室のことについてはとにかく恨んでいるとのこと。彼さえいなければこういう風にはなっていなかったと。種田さん曰く、意外にも彼の顔には笑みが浮かんでおり、とても恐ろしかったという。氷室が録音した面会しているときの会話を聞いても、氷室に対する憎しみというのは伝わってきたので、氷室を心底恨んでいるのは本当だろう。



 次に、サイバー犯罪対策課に依頼した、今回の事件の重要な証拠として挙げられている2枚の写真について。

 2枚の写真がネット上にアップされているかどうか調べてもらったところ、どちらも存在しなかったことが判明した。テレビやネットで報道された、美来さんの顔がモザイク処理されている写真はあったが、警察が所持している氷室と美来さんの顔がはっきりと写っている写真は1枚もなかったそうだ。

 しかし、これは第三者に見える範囲のことであり、特定の人物しか見ることのできない場所にアップロードされている可能性は残っているとのこと。



 最後は鑑識から。種田さんが頼んだ美来さんの受診した病院の入り口と、病院周辺の監視カメラの映像の解析結果について。

 帽子とマスクをしていたので、警察官だと名乗った男が誰なのか特定が難しかったとのこと。

 しかし、病院周辺の監視カメラの映像から、目元がはっきり映っている場面があったとのこと。警察官と名乗っている男なので、警察官の顔写真のデータと照合したところ、映像に映っていた警察官の男が佐相警視であることが分かった。


「なるほどな」


 諸澄司と佐相柚葉が繋がっているかどうかはまだ分からないけども、真犯人の協力者は佐相警視と考えてほぼ間違いないだろう。


「佐相警視が、朝比奈さんの診断書を発行してもらいに病院に来ていたんですね」

「そのようですね。どうやら、真犯人に協力した警察関係者というのは、佐相警視と考えてほぼ間違いないですね」


 2人を送り、警視庁に戻ったら、佐相警視に火曜日のことについて聞いてみるとしようか。


「あの、羽賀さん。捜査内容を私や詩織ちゃんが聞いてしまって大丈夫だったのでしょうか? 聞いていると結構重要な内容があったように思えましたが……」

「美来さんは一応『被害者』だからな。詩織さんは美来さんの親友だ。今ぐらいの情報は知っておいてもいいだろう。しかし、このことは口外しないようにしてほしい。美来さんがご家族に伝えるくらいならかまわないが、そのときにもご家族には捜査内容を他言しないように言っておいてほしい。2人のことは信頼しているが」

「分かりました」


 仮に、美来さんや詩織さんに知られてはまずい内容であったのなら、電話が掛かってきたときに後で伝えてくれと言う。


「結局、真犯人に繋がるような情報は出ませんでしたね、羽賀さん」

「ええ。ですが、病院近くの防犯カメラに、佐相警視の姿が映っていたことが分かったのは大きな一歩です。警視庁に戻ったら、佐相警視から火曜日の昼頃についての話を聞き出したいと考えています」

「でも、相手は佐相警視ですよ。火曜日のお昼頃に、朝比奈さんが受診した病院に行き、診断書を発行してもらったと認めてくれるでしょうかね」

「監視カメラの映像がありますから、病院に行ったことは認めざるを得ないでしょう。ただ、診断書を発行してもらったことを認めるかは分かりませんね。また、病院のことを訊いたことで佐相警視に警戒心が生まれ、娘の佐相柚葉に何があっても警察関係者とは話をするなと言うかもしれません」


 佐相警視ほどの警察官になると、私や浅野さんをこの事件の担当から外すことも簡単だろう。この事件を解決していく上で、1つのターニングポイントになることは間違いないと思う。


「逆にその佐相警視さんという方が、真犯人に協力したと認めざるを得ない状況にするにはどうすればいいのでしょうか」


 詩織さんがそんなことを呟いた。

 確かに、現状では佐相警視が真犯人に協力したと認める可能性は低い。そうなると、別の方向から佐相警視が協力者であると証明した方がいいだろう。


「真犯人が協力者は佐相警視だと証言すれば一発ですよね、羽賀さん」

「それができれば苦労しないのですが」

「朝比奈さんと絢瀬さんを送ったら、警視庁に戻る途中に佐相柚葉さんの家に寄ってみましょうか? もしかしたら、本人から話が聞けるかもしれませんよ」

「……行ってみましょうか」


 佐相柚葉から話を聞ける可能性もゼロではないからな。真犯人の有力候補である彼女の家に行ってみる価値はあるだろう。その分、リスクは高いが。


「羽賀さん、頑張ってくださいね」

「ああ、美来さん。もしかしたら、今後、美来さんと詩織さんに協力してもらうかもしれない。そのときは連絡する」

「分かりました」


 そんなことを話していると、美来さんの家の近くに到着した。美来さんが猫のかぶり物をしたことが影響しているのか、警視庁に行くときよりも家の前にいるマスコミ関係者の数がだいぶ少なくなっていた。


「行こうか、美来さん」

「はいっ!」


 既に猫のかぶり物をしていた美来さんと一緒に車を降りて、彼女の家へと向かう。


「どちらまで向かっていたのでしょうか」

「ノーコメントで」


 猫のかぶり物をしている美来さんにコメントを求めるマスコミ関係者がいたが、私が全てシャットアウトした。

 美来さんを無事に家に帰して、詩織さんを以前、彼女と出会った駅まで連れて行く。


「羽賀さん、浅野さん、今日はありがとうございました。捜査、頑張ってくださいね。あと、私に協力できることがあれば何でもしますので」

「ありがとう、詩織さん」

「家まで気を付けて帰ってね、詩織ちゃん」

「はい。では、失礼します」


 詩織さんは私達に一礼すると改札の方へと歩いていった。

 警視庁に戻る途中で佐相柚葉の家に向かう。彼女の自宅の住所は、月が丘高校で家庭調査票を見せてもらったときにメモしておいたので分かっている。


「なかなか立派な家ですね」

「そうですね」


 佐相柚葉の家は美来さんの家と同じく一軒家。ただ、美来さんの家よりも大きそうだ。私の感覚では1.5倍くらいの大きさだろうか。

 さすがに佐相柚葉のことまでは嗅ぎつけていないらしく、マスコミ関係者らしき人は1人もいなかった。

 車から降りて、インターホンを押してみる。

 ――ピンポーン。

 さあ、これで誰か出てくれるかどうか。


『はい。佐相ですが』

「警視庁の者です。先日、児童福祉法の疑いで20代の男が逮捕された事件の捜査をしていまして。その件について、佐相柚葉さんとお話ししたいのですが」

『娘が話せることは何もありません! お引き取りください』


 娘ということは、応対してくれているのは佐相警視の奥様か。

 やはり、佐相柚葉に会わせてくれないか。ただ、私達にここまで強く帰れと言うことは……佐相柚葉がこの事件に関わっていることは間違いないだろう。


「……そうですか。分かりました。突然のことで申し訳ございませんでした。失礼します」


 ここで粘っても意味はないだろう。私達に対する警戒心が強まってしまうだけだ。


「戻りましょう、浅野さん」

「でもいいんですか? せっかくここまで来たのに……」

「佐相柚葉に会えるチャンスがこれっきりというわけではありません。もちろん、何かしらの策を立ててまたここに来ましょう。今日はひとまず警視庁に戻りましょう」


 今、会えなかったのなら次来たときに会えればいいのだ。焦る必要はない。


「……分かりました」


 さっき、美来さんと詩織さんに捜査に協力してもらうかもしれないと言ったが、さっそく彼女達の力を借りる場面が来そうだ。今日の仕事が終わったら、美来さんに連絡してみるとしよう。

 私達は警視庁に戻るのであった。

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