捜査開始
次の日、昼休みになると私達は二年生の階へと足を向けた。伊賀先輩の学年でもあり、初動としてはやり易いだろうと判断し、二年生から始めることになったのだ。犯人候補となった八人の内、二年生はたしか三人。それを順に聞いて回る。
すでに伊賀先輩が話を通していたらしく、各クラスで候補の人物は待っていてくれた。まず初めは二年三組の相川芳樹、男子生徒だ。短く切られた黒髪に、背が高い。部活はバスケ部に所属しているらしい。
「んで、今度は何のようだよ、伊賀。一年も連れて」
「いや~、実はね。私達、この前起きた事件の事調べてるの」
誤魔化すことなく、伊賀先輩はストレートに話した。当初は警戒されないよう、事件の事は伏せてアリバイを確認していたのだが、蜷川の嘘を見破る術はその内容を伝えた上での返答する声でしか判断できないらしい。それにより、回りくどい聞き方ではなくストレートに聞くしかないのだ。
「事件って、あの文化祭中に起きたやつの事か?」
事件と聞いて眉を潜める相川先輩。当然と言えば当然の反応だ。
「そう。三年生が刺されたっていう、あの事件」
「この前の落とし物の話はどうした?」
「ああ、あれ嘘。いきなり言ったら警戒されると思ったから」
先輩、ちょっとぶっちゃけすぎません!?
「何でお前らがそんなことしてんだよ」
「ちょっと引っ掛かることがあって、私達なりにそれを解明しようとしてるんだよ」
「そんなこと警察に任せろよ。一丁前に探偵の真似事か?」
「真似事じゃないよ。普通に本気で調べてるの。遊びでやってるつもりはないわ」
「だけど、所詮は素人だろ。調べると言ったって、たかが知れてる」
「そうかもしれない。でも、しちゃいけない理由にはならないでしょ? それに、対象が対象だもの。私達は興味とか面白半分で手を出してない」
真剣な表情で告げた伊賀先輩の言葉に、相川先輩も察してくれたらしい。何が聞きたい、と受け入れてくれた。
「あの日、相川は一人で文化祭を回ってたんだよね?」
「ああ。俺は見回りを担当になってて、学園内をあちこち見て歩いてた」
見回り担当とは、どこかでトラブルが起きていないか、各教室は安全に出し物を提供しているかを確認する仕事だと説明してくれた。
「その見回り中、何かなかった?」
「いや、俺が見た限りではそれらしいトラブルはなかった」
「事件が起きた時間、相川は何処にいたの?」
「たしか……外にいたな。校庭に休憩スペースがあるだろ? あの辺りだ」
そこは私と明里がお昼に休憩していた場所だ。かなりの人数がおり、空きスペースを探すのも大変だった。
「それを証明できない?」
「証明? 無理だろ。誰かが俺を見てれば出来るだろうが、俺自身じゃできない」
もっともだ。見回りを証明しろと言われても、目撃者がいなければどうしようもない。
「じゃあ、アリバイはなしね」
「アリバイ? ちょっと待て、なんだよアリバイ、って。それって、ドラマとかで犯人探しをする時に聞くやつだろ?」
アリバイという言葉に相川先輩が待ったをかけ、軽い怒りを見せ始める。しかし、伊賀先輩の次の台詞でそれが一気に加速した。
「そうよ。私達は、その事件の犯人探しをしているの。それで、あなたはその候補の一人」
先輩ぃぃぃ! 真っ直ぐすぎるぅぅぅ! もう少しやんわりと出来なかったんですか!?
「ふ、ふざけるな! 何で俺が犯人なんだよ!」
「犯人とは言っていない。候補の一人ということよ」
「変わんねぇだろ! 何で俺を疑うんだ! そんなやついくらでもいるだろ!」
「いるわよ。この後も別の人に話を聞きに行くんだから」
「だったらそっちに行け。俺は関係ない」
強い口調で言い放ち、踵を返そうとする相川先輩。しかし、蜷川が確認をするように同じ質問をした。
「あんた、本当にその休憩スペースにいたのか?」
「今言ったろ。俺はそこにいた」
「じゃあ、その休憩スペースで喧嘩があったのも当然知ってるよな?」
喧嘩? 何の話だ?
「喧嘩? そんなもんなかったぞ」
「知らないのか? そこにいたんだろ?」
「知らん。俺がいない時に起きたんだろ。少なくとも俺がいた時に喧嘩はなかった。もう用は済んだろ、早く出ていけ」
そして、相川先輩は教室に戻っていった。
「どうだった、祐一?」
「……」
先輩の問い掛けに蜷川は黙ったまま何も答えなかった。今のやり取り……どう見ても私には相川先輩が嘘を言っているようには思えなかった。事実をそのまま伝えていたような気がする。蜷川の耳にはどう聞こえたのだろうか。
「次行くぞ」
「えっ? 今の人の話はどうだったの?」
「それは後だ。今は候補の二年生全員から話を聞くのが先だ」
さっさと次の教室に向かう蜷川に、私達もその後を追った。
****
次は二年四組、長谷川加奈子。女子生徒。茶髪に染め、見た目はどこか明るい性格のように思える。
「静ちゃ~ん、待ってたよ~」
呼ばれた長谷川先輩は印象通り、陽気な声で私達を迎えた。手を振り、笑顔で対応している。
「ごめんね、昼休み中に」
「いいよいいよ。それで、話って何?」
「実はね――」
先程の相川先輩と同じ内容を伝えた。先程と同様に怒鳴られるのだろうか。
「ふ~ん、私もその事件の犯人候補なんだ」
しかし、特に変化はなかった。まるで世間話を聞いたかのような態度で、あっけらかんとしている。相川先輩とは大違いだ。
「あれ? 怒らないの?」
「怒る? 何で?」
「だって、犯人かもって疑われたんだよ?」
「う~ん、でも私じゃないからな~。疑われたって事実は違うんだから、気にするだけ無駄でしょ? それに、ふざけているんならともかく、静ちゃん達は真面目にやってるんでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
「だったら、ちゃんと協力しないとね。なんなら、私も何か力になろうか?」
「いやいや、そこまではいいわよ」
「そう? なんか残念」
全く意に介さない態度で、むしろどこか楽しそうに受け答えていた。
随分と前向きな性格をしているなこの人。神経が太いというか、鈍いというのか。普通、自分が疑われたら少なからず不快になるものでは?
平然とする態度に、逆に私は妙な疑問をこの長谷川先輩に抱いた。
「それじゃあ、事件が起きた時間、加奈子は何処にいたの?」
「え~と、私は……何処にいたっけ?」
「いや、聞いてるの私なんだけど」
「う~ん、ちょっと覚えてないな~」
「前も同じこと言ってたよね。今でも思い出せない?」
「だって、あちこち走り回されてたから、時間を気にしてる暇なんかなかったもん」
「そういえば、加奈子は文化祭実行委員でなんの仕事をしていたの?」
「私? 私は備品の運搬」
髪を弄りながら長谷川先輩が続きを話す。備品の運搬とは、教室で足りなくなった紙皿や箸、機器の修繕器具等を届ける役割だそうだ。各クラスである程度揃えてもらうが、それでも足りないクラスが毎年発生するらしく、実行委員ではそれに備えていくつか確保している。要求があった場合、その教室に持っていくことになっていた。
「もうさ~、届けて戻ってはまたすぐに別の教室から要求があって、行ったり来たりを繰り返してたよ。もう死ぬかと思った」
「一人で?」
「まさか。他にもいたよ。でも、途中から一人欠けて人数が減ったから、一人で二つぐらい一気に行かされたりしたんだよ? ひどくない?」
うわ~、なんか可哀想。私だったら即座に投げ出してるんだろうな~。
「よくこなしたわね」
「まあね~。私テニス部に入ってるから、いいトレーニングにはなったよ」
パンパン、と自分の脚を叩く長谷川先輩。
テニス部だったのか。たしかに、よく見ると首や手の辺りが少し日に焼けたように黒く、スカートから見える脚も引き締まっている。羨ましい。
「じゃあ、その運搬中何か見たりしなかった?」
「何かって、何?」
「いや、何と言われても。なんか怪しい人とか」
「う~ん、いたかな~」
顎に指を当てて思い出そうとする長谷川先輩の姿に、なぜか既視感を抱く。誰かに似ていると思ったが、その答えが分かった。明里にそっくりなのだ。
二年生になったら、明里はこんな風になるのかな?
近い将来の親友の姿を想像する。もう少ししっかりしてほしいと思いながらも、変わらないままでいてほしいという気持ちもあった。
「ごめん、やっぱり分かんないや」
「そう、ありがとう」
「ううん、こっちも何も答えられなくてごめんね」
「最後に一ついいか?」
そこで蜷川が口を挟んだ。
「誰、この子? 静ちゃんの彼氏?」
「ち、違います!」
伊賀先輩ではなく、なぜかりっちゃんが否定する。
あっ、そういえばりっちゃんは蜷川が好きなんだっけ? そりゃあ、否定したくな――違う! りっちゃん、蜷川だけはダメだよ! 人生潰す気!?
「誰、この子? 静ちゃんの彼女?」
「ふ、ふぇぇ!?」
「何でそうなるのよ……」
「こら針宮。割り込むな。今は俺が質問してるんだぞ」
身体を一歩前に出すと、蜷川が質問をした。
「どこの教室に行ったかは分かるか?」
「え~と、たしかクレープ屋にお化け屋敷、演劇部に――」
「ちょっと待て。お化け屋敷に行ったのか?」
「行ったよ」
「三階のか?」
「うん」
「時間は?」
「午前中だったかな?」
「なんだ午前中かよ」
目で分かるくらいに蜷川が一気に興味をなくすのが見て取れた。
「お化け屋敷がどうかしたの?」
その質問には伊賀先輩が答えた。
「知ってるでしょ? お化け屋敷で男子生徒が刺されたんだよ」
「えっ、そうなの!?」
だが、伊賀先輩の台詞に、長谷川先輩は目を開いて驚いていた。
「加奈子知らなかったの?」
「いや、男子生徒が刺されたのは聞いてたけど、場所までは知らなかった。そうなんだ、あそこのお化け屋敷だったんだ」
「そのお化け屋敷には何を運んだの?」
「たしか……工具だったかな? なんか仕掛けが壊れたとかで」
「その時、何かなかった?」
「特には……あっ、でも」
「でも?」
一度周りを気にして、内緒にしてねとお願いしてから小声で話してきた。
「仕掛けの一つにこんにゃくがあったんだけど……」
「お化け屋敷の定番ね」
「実はそのこんにゃくを……」
「こんにゃくを?」
「食べちゃったの」
「……はい?」
意味不明という表情で伊賀先輩が困っている。私も同様だ。話の方向が合ってない。
「いや~、朝御飯抜いててさ。お腹すいちゃったんだ。そしたら目の前にこんにゃくが浮いてて、つい思わず」
おかしいな。目の前にいるのは明里じゃないよね? うん、隣にいるもんね。じゃあ……幻?
「……美味しかった?」
「味噌が付いてたら文句なかったんだけどね」
どこか残念そうな表情をする長谷川先輩。
ダメだ。この食い気といい、雰囲気といい、もう明里にしか見えない。この先輩、実は明里の分身では?
「ねぇ、由衣。この人バカなのかな? 普通こんにゃく食べる?」
私の耳元で明里が呟く。
明里、この人をバカって言うと自分の事もバカって事になるよ?
「そう。ありがとう、加奈子」
「どういたしまして。あっ、君」
背を向けようとした長谷川先輩が、何かを思い出したかのように蜷川を呼び寄せる。呼ばれた蜷川は彼女の正面に立つ。
「なんだ?」
「ていっ!」
「うごっ!」
すると、長谷川先輩は蜷川に拳骨を咬まし、蜷川はその場で
「な、何すんだ……」
「君、先輩には敬語を使いなさい」
そう言い放つと、長谷川先輩は背中を向けて去っていった。テニスをしているからか、先輩後輩の上下関係に厳しいのかもしれない。
「くっそ~。本気で殴ったぞ、あの女」
「どう見ても祐一が悪い」
伊賀先輩の言葉に、私と明里、そしてりっちゃんが同時に頷いた。
「それで祐一、どうだった? 今の加奈子は」
「脚が綺麗だったな。脚線美と言っても申し分ない。たしかテニス部にいると言ってたな。引き締まっているのも頷ける」
「どこ見とんじゃあんたは。そんなこと聞いてないわよ。彼女の話を聞いて何か分かった?」
「急かすな。二年生はあと一人いるだろ? それから教える」
蜷川がまた先に歩き始め、私達は残り一人の二年生がいる教室へと向かった。
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