第8話 リアティの旅宿
リアティは町というより、飛行船の発着場に業者や宿泊施設などが集まって出来た小集落だった。町として纏まった感は無い。
塀や柵も無く、当然のように門も無い。
トリアンはぶらぶらと歩いて、軒に鍋など調理用の金物を並べている店を見付けて入っていた。
「これに革ベルトかい?」
店番のおばさんに細剣を見せて細工を頼んでいた。
「まあ、あんた細っこいからねぇ、ベルトも詰めないとだめだし・・」
店のおばさんがトリアンの腰を見て唸る。
そこへ、奥から大柄な男が顔を覗かせた。
酒でも呑んでいたのか、ずいぶんと顔が赤い。
「なんでぇ?難しい顔しやがって」
「あんた、この子の依頼なんだけどさ・・」
おばさんが鞘を手にあれこれ説明をして、
「お飾りの細剣か・・そんなひょろひょろじゃ、細剣も仕方ないが・・」
片手で持ち上げようとして、意外な重さに軽く眉をひそめる。
「・・ふん、お飾りって訳じゃ無さそうだな。こんなんで、大剣くれぇの重さがあるんじゃねぇか?」
「ほんと、痩せた子供だと思ってたら、とんでもない力持ちなのよ。困ってるみたいだし、なんとか細工してあげらんないかねぇ?」
「おう、ちっと値は張るがやってやるぜ・・財布の方はどうなんでぃ?」
「棒金貨がある。しっかりした物にしてくれ」
「ちょっ・・竜金持ってんのかっ!?じゃあ、どうやったって赤は出ねぇ!とっておきの素材使ってやるぜ!こうしちゃ、居られねぇ!かかぁ、風呂沸かしやがれっ!酒飛ばすぞっ」
「はいよっ、ちゃちゃっと沸かすから待ってなよ・・って、この子、どうすんだい?」
「ああ・・宿を紹介してくれると助かる」
トリアンは手付けだと言って、棒金貨をおばさんに握らせた。
「うひゃぁぁ・・う、産まれて初めて握ったよ、こんなの・・噂にゃ聴いてたけど、あるんだねぇ本当に・・」
「ば、馬鹿言ってねぇで、良い宿紹介しろっ!坊主が困ってんじゃないか」
「そうだった!すまないねぇ、興奮しちまってさ」
しっかりと棒状の金貨を握ったまま、紙に何やら書き込んでから差し出した。
「乗り場から離れてるけど、かえっって静かで良いわよ。貴族向けの指定宿じゃないけどさ、料理も抜群に美味いしね」
「どこでぃ?」
赤ら顔の親父が口を挟む。
「キャスのとこよ」
「おう、あいつのとこなら間違いねぇ。良い宿だぜ、あそこは」
安心した顔で言い残して、奥にある扉を開いて去って行った。どうやら、奥に作業場があるらしい。
トリアンは簡単な位置関係を訊いてから店の外に出た。
そろそろ夕暮れが迫っている。山の高い場所にある町だ。ひんやりとした空気が気持ちよかった。
ちょろちょろと店の軒先を冷やかしながら歩いて行くと、木造3階建ての大きな建物が見えてきた。
(これ?・・二郎の記憶にある旧帝○ホテルみたいだな)
石の台座と木造の組み合わされた風格ある建築物である。玄関は大きな黒い鉄扉が閉ざされていて何だか入りづらい雰囲気である。
(・・どうしたもんかね?)
トリアンは玄関扉を見上げて腕組みをした。
窓から明るい光が漏れているから休館ということは無さそうだが・・。
(まあ、開けて見るか)
トリアンは両開きの金属扉にある把手を握ると軽く引いてみた。
重い擦れるような抵抗があったが、少し動いたようだ。
(建て付けが悪いのかな?)
内心で首を傾げながら、少し力を込める。
辺りの静寂を引き裂くような金属音が鳴り響き、大きな金属扉を開くことが出来た。
(う・・)
扉の内にある金属の閂が折れ曲がり、片側の扉を削るようにして外に出てきてしまった。ちらと下を見ると、床石に差し込まれていた突っ張り棒まで折れ曲がってしまっている。
(失礼しました・・)
トリアンはそっと金属扉を閉じていった。
ガリガリ、ゴリゴリと擦ったり削ったりする音は鳴ったが、取りあえず扉の形に戻す事はできた。
「・・うん」
何となく頷いて、トリアンは金物屋に戻って話を聴いてみることにした。
「待て、こらぁ!」
怒声を放って男達が駆け出てきた。眼を血走らせ、手に手に槍や剣を握っている。
どう考えても、トリアン自身にやっちゃった感がある。抵抗しづらいところだ。
「てめぇ!どういうつもだっ!?」
声を荒げる男達にぐるりと周囲を取り囲まれて、トリアンは不快げに眉をひそめた。
いや、実際には困ったなという顔をしたはずなのだが、やたら綺麗な顔立ちで、おまけに大貴族の家に生まれ育った故か、表情、仕草、言葉遣いに尊大さが染みつき、ちょっとした表情一つとっても、どこか取り澄まして冷たい印象を与えがちなのだ。
「おぅ・・良い度胸してんじゃねぇか?あぁっ?」
伊達に武器を持ってきた訳じゃ無い。横合いにいた若い男がトリアンめがけて長剣を振り下ろした。
わずかに身を避けて、手の平で長剣の腹を叩く。
それだけで長剣が真っ二つに折れて宙をくるくると飛んで落ちて行った。
本来なら、次の一手で男の顔面を拳で粉砕しているところだ。
(ゴルダーンなら、あんた割れたスイカみたいになってたぞ?)
だから感謝しろよと言わんばかりの視線を向けて、トリアンは残る男達を見回した。
数で押し込もうとしていた男達が遠巻きに距離を取った。
「どこのもんだ?」
正面に居る壮年の男が低くしゃがれた声で訊いてきた。
トリアンは無言無表情に男の顔を眺めた。
「おいっ、てめぇ・・」
今度は左前に居る男が槍を突き出そうと構える。
瞬間、トリアンは足を一歩踏み出して地面を踏みつけた。
・・ズシンッ・・・
取り囲む男達が、思わず手足を広げて中腰になったほど地面が揺れた。
「お、おいっ!」
男達の誰かが声を上げようとした時、またトリアンは足で地面を踏みつけた。
・・ズシンッ・・ズシンッ・・・
どこかの家で食器が割れたり、悲鳴があがったりしている。飼い犬がきゃんきゃんと吠え始め、慌てた人声が野外へ溢れ出てきた。
実際、立っていられなくなった男達の何人かはひっくり返っている。
そんな中、トリアンは旧○国ホテルっぽい建物を指さした。
「泊まり客だ」
壮年の男に向けて告げた。
「きゃ・・客?」
男達が顔を見合わせた時、その建物から人が出てきた。
40歳がらみの女と、初老の執事風の男である。
「自警団のみなさん、ご苦労様」
女が声を掛けると、武器を持った男達が左右へ別れた。なんだか、迫力のあるマダムである。40がらみだが、十分に艶があり豊麗な肉体と相まって美的な迫力を保っている。
「その子は・・なんだい?」
「それが、ちょっと問題を起こしておりまして・・」
「問題って?」
説明を求める女に、自警団らしい男達が説明をした。
「ふうん・・地揺れは、その子かい」
女が値踏みするようにトリアンを上から下まで見回す。
「それに・・」
振り返った女の視線の先に、ちょっとだけ変形してしまった黒い金属扉がある。
「たいした力持ちさんだねぇ?鬼族の血でも入ってんのかい?」
呆れたように言いながら、女がトリアンの頭の辺りに視線を向ける。
「それで・・この子供は、そちらの客だと言っておりますが?」
「その子が?・・こんな小さな子が泊まり客に居たかねぇ?」
女が初老の執事を振り返った。
「本日、お泊まり頂いているお客様の中にはおりません」
「・・あんたの友達か何かがお泊まりかい?」
女がトリアンに訊いてきた。
「紹介された」
トリアンは金物屋でおばさんが書いた紙を取り出した。気を利かせた自警団の男がトリアンから紙を受け取って女に向けて差し出す。
「・・あらま」
紙面を眺めて、驚いたように眼を開いた。
「確かに、うちのお客にしないといけないようだ。しかし・・・空きがあったかい?」
「満室ですな・・・いえ、家具を入れ替えている途中の部屋でしたら一室空きがございます」
「・・ああ、そうだったね。さすがだ、セオドール!改装途中なんだが・・寝泊まりするなら十分な部屋がある。どうかね?」
女がトリアンに訊ねた。
「その紹介状を書いてくれた金物屋の旦那に細工物を頼んでいる。仕上がるまでの間、連泊したいが大丈夫だろうか?」
「ええ、ただし、物を壊すのは勘弁してよ?」
「無論だ・・・ああ、あの扉は弁償する。宿代に合算してくれて良い」
「分かった」
女が微笑んだ。
「予約の客で満室でね。飛行船の便も終わったから門を閉じてたんだよ」
「そうか」
「自警団のみなさん、ご苦労だったね。お騒がせしたようだけど、どうやらうちの客になるみたいだ。後は任せて貰えるかい?」
「お、おう・・女将さんが引き受けてくださるんなら文句はねぇ」
「詰め所には後で挨拶をやるから、町の皆にも説明しておいておくれよ」
「任された」
自警団の男達が勢いよく頷いて町へ散って行った。
「さあ、待たせちまったね。言ったとおりの、まだ片付かない部屋だけど案内するよ」
女がトリアンに笑顔を見せてから先に立って歩き出した。すぐ後ろに初老の執事が続く。やや距離を置いてから、トリアンも歩き始めた。
(ふうん・・まあ、そうだよな)
トリアンの眼には、建物の陰々にこちらを狙う危険感知マーカが点在して見えていた。
女将と呼ばれた40がらみの女自身にも灯っている。もちろん、初老の執事にもマーカは灯っていた。
どうやら、だいぶ物騒な旅館らしい。
傷んだ黒扉では無く、横手にある通用口のようなところから通された。
そこから表へ回って玄関扉で年若いメイド風の女達に出迎えられ、広々とした踊り場にある扇状に裾の拡がった階段を上ったところが受付になっていた。
「うちは、きちんと払う者なら誰だって泊まれる宿だ。宿帳は作らないんだ。ただ、前払いが決まりでね」
「いくらだ?」
「そうだね・・あまり褒められた部屋じゃないからね。一泊、20万トロンかね」
女がじっとトリアンの眼を見つめる。
トリアンは懐から棒金貨を取り出して大理石の受付台に置いた。
受付にいた女性、側に控える初老の執事が身じろぎした。さすがに、女将は顔色一つ変えなかったが、
「確かめて良いかい?偽物も出回ってるらしいからね」
「好きにしろ」
トリアンはつまらなそうに吐き捨てた。
12歳の少年の態度では無いが、冷え冷えとした雰囲気の中で平然と顔色を変えない様子に、周囲も扱い方を決めかねている。
「・・本物だ。紛う事なき、竜金貨だね」
「泊まれるか?」
「ああ・・きちんと払う者なら誰だって泊まれる。それがうちの決まりさ」
「何泊できる?」
「一年ちょいってところだね」
「なら、出立の時には月割りで清算してくれ」
「日割りでなくて良いのかい?」
「門を壊した。詫びだ」
「ふふん、なら決まりだ。ありがたく頂戴しておくよ」
女将が階下に控えていたメイドを二人手招いた。綺麗に櫛の通った栗色の髪をした二十歳前後の女性と、少年のように襟で髪を切った灰髪の少女である。どちらも、かなりの美形だった。
紺色の長衣に白い前掛けという姿は、ここの女中服なのだろう。
「ケインとキャルだ。あんた付きのメイドにするから、用は何でも頼みな。気に入ったなら夜伽も命じて良い」
「そうか」
トリアンは軽く頷いて二人を見た。
「今、これしか服が無い。何着か揃えてくれ。代金は・・」
「金は、うちで預かってるから心配無用だ」
女将が後を引き取って言った。
「湯は使えるか?」
「魔石炉は落としちまったからね。沸かし湯なら部屋に湯船があるから、後で湯を運ばせよう」
「頼む」
女将に頼んで、トリアンは二人のメイドを無表情に見た。
「どうした?案内しろ」
「あ・・はい」
慌ててメイド二人が廊下に向かって歩き出した。
後ろで、女将が苦笑したようだった。
(さて・・ジーナとランはどこだ?この世界は、火葬か?土葬?)
今は、そればかりが気になっている。
突き当たりの部屋の扉をメイドの一人が開けて中へ入ると、壁際のスイッチに触れた。魔導の照明がぼんやりと灯った。天井の端で間接照明になっているらしい。
入ってすぐの部屋は客間とでも言うのだろうか。だだっ広い部屋にソファーが置かれ、壁際には硝子戸棚が並んで、酒瓶やグラスが見ていた。
天井近くから足下まである大きな窓の向こうには、山間に等間隔に浮かんだ風船が見えた。
「こちらが書斎になっております」
案内された部屋は15畳ほどの部屋で、窓を背に執務机が置かれ、壁には作り付けの書棚があった。並んだ本をちらと見て、
「歴史に関する本は無いか?」
トリアンは、すぐ前を歩いている短髪のメイドに尋ねた。
「後ほどお持ち致します」
即座に返事が返る。
続いて入った部屋は寝室だった。どっちが縦だか横だか分からない大きな寝台が置かれ、隅には椅子のある鏡台がある。
隣は洗面場になっている。カルーサス家でも見かけた水洗式の便器もあった。
奥が陶器の湯船が置かれた内湯だった。
「何かご要望は御座いますでしょうか?」
一通りの案内が終わり入り口の客間に戻ってから、年長の方のメイドが訊いた。
「酒は好まない。水を切らさないように頼む」
「畏まりました」
「今夜は用は無い。一人にしてくれ」
トリアンは部屋を出るようにと軽く手を振った。
「承知致しました」
「失礼致します」
二人がお辞儀をして退室していった。
トリアンは、窓から見える景色を一瞥してから、隣の書斎へ移動した。
カーテンを閉めて暗くすると、意識を集中して周囲の危険感知マーカを確かめた。前後左右だけでなく、上下にも注意を向ける。さらには出来るだけ遠く広く範囲を拡大するように意識して確かめていった。
館内では、取りあえず直接的に害意を向ける奴は居ないようだ。
(覗き見とか・・あっても分からんか)
ぐるりと部屋を見回して、トリアンは壁を背に立った。
(召喚武器について考察してみよう)
あれだけの轟音、発射煙に熱と炎・・使用の場所を選ぶ武器だった。おまけに、それほど威力はない。今回はキャルミアと側付きの騎士をうまく吹き飛ばせたが、十メートル前後の広さで地面が抉れる程度だ。広い範囲を攻撃するような武器ではない。
おまけに、召喚してから発射可能になるまで30秒近くかかった。狙いは、トリアンの視覚に連動するかのように自由に調整できたが、何しろ、狙いの調整にも時間がかかる。あれでは気づいた相手には逃げられるし、動く相手には当てられない。
単体で、動かない固定物を狙うなら、それなりに有効なのだろうか。
(しかも・・一発で魔力が尽きる。不便だな・・)
後は、どのくらいの距離から攻撃できるのか、その辺りを調べてみなければいけない。もし、かなり遠くから狙い撃てるようなら、使いみちは出てくる。
(さて・・おれ自身が、どうも混ざり者になった感じだし・・この先、どうするかな)
トリアンは書棚に並んだ本を順に手に取って開いてみた。それなりの教育は受けていたらしく、トリアンは12歳にして苦労なく文字の読み書きが出来た。
行商人の旅日誌のような本だったが、これが案外面白く、メイドが湯を運んでくるまでの間、ずっと読み耽ってしまった。
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