第7話 列車砲
荷台にある荷物は、贈られたという革鞄、ラン達の荷物らしい布包み、木箱の中身はいかにも貴族的な細身の剣だった。
革鞄には長々とした母親からの別れの手紙と金貨の入った袋、そして細身の短刀が入っていた。
(まあ・・お金と短刀は有り難い)
価値は把握できていないが、棒状の重たい金貨が12本である。結構な額なのではなかろうか。12歳だから12本にしたとか何とか手紙には書かれていたが・・。
トリアンは荷台に立ち上がって天井の幌を掴みながら景色を眺めた。
馬車というのは、びっくりするくらい乗り心地が悪い。
尻が痛かった。
(町を出てから、一時間くらい経ったか?)
街道に沿って林を二つ抜けただろうか、行く手の空に少し雲が出てきた。どこかで雨に降られるかもしれない。
リアティという町は、大陸を巡る定期飛行船の着艇場になっている町である。
馬車は途中の分岐を山側へと曲がり、なだらかな坂道を登り始めた。
木々の疎らな林を抜けて行く。
(何かあるなら、この辺か?)
この先には背の高い木は無さそうである。
林を抜けた後になると道が広くなるらしく、襲撃がやり難いだろうとトリアンは考えている。
(まあ・・・未だに襲撃があるだろうと思っているおれが変なのか?)
脳裏に、キャルミアの嫌な笑いが残っている。
(しかし、どうやれば良い?)
こうして待っていては、先に向こうに攻撃されるだけのような気がする。
(でも・・どうすれば?)
頭では襲撃がありそうだと予想できても、どう防げば良いのか分からない。そもそも、そんな経験が無い。実は屋敷の敷地を出たのも、馬車に乗ったのも生まれて初めての事だった。
何となくでも想像がつけば、御者台の二人に指示が出せるのだが、無知な自分が歯がゆい。
(どうも嫌な感じがするんだが・・・)
トリアンは、当てもなく木々の合間へ視線を巡らせながら何とも言えない圧迫感を覚えていた。
(そう言えば・・)
危険探知はどのくらいの距離まで探知範囲になるのだろうか。遠くを見渡せば、見える範囲全てを探知できるのか。あるいは、固定で範囲が決まっているのか。
そんな疑問を思い浮かべていると、御者台でジーナが荷台のトリアンを振り返った。
「トリアン様、この先で少し開けるようです。登りが続くようですから馬たちを休ませたいのですが、宜しいでしょうか?」
「任せる」
トリアンは頷いた。
「あっ!?」
御者台でランが声をあげた。
「えっ・・」
振り返ろうとしたジーナがランに乱暴に押されて荷台の方へ転がり込んでくる。
「お・・お母様っ?」
慌てて起き上がるジーナの視界を鮮血が舞い散った。
「ラン!?」
トリアンは思わず叫んでいた。
幌に映るランの背中がある辺りに大量の鮮血が飛び散り、尖った鏃が突き出ていた。
この威力は、弩弓だ。
「くそっ・・」
トリアンはジーナを押さえつけるようにして伏せさせ、御者台に身を乗り出した。
「駄目・・です・・トリアン・・さま」
胸を矢で貫かれたランがトリアンを見て弱々しく首を振る。
視界を、危険探知マーカが"矢"を表示して飛来してくる。
トリアンは素手で打ち払った。そのまま御者台に座ってランの手から手綱を奪い取ると、
「ジーナ、ランを荷台へ引張れっ!」
失血して意識を朦朧とさせるランを片手で持ち上げて後ろの荷台へ突き出す。木箱の細剣を掴んで鞘を払った。
「お母様っ!」
ジーナがしがみつくようにしてランを受け取って荷台へ抱き下ろした。
(馬車どころか、馬だって乗ったことが無いんだが・・)
とにかく手綱を掴んで強引に引き絞り、視線を忙しく左右させる。
(4・・5つ)
木陰に3つ、岩陰に2つ。身を潜めていた5人の暗殺者が短剣や曲刀を手に殺到してきた。
馬たちが騒ぎに驚いて暴れる。
御者台脇にあるブレーキ代わりらしい棒を下ろしていたが、回りにくい車輪ごと馬車を引き摺って進もうとする。
御者台が上下に弾んで狙いが定まらない。
飛来した矢が御者台に突き立ち、馬の背にも突き刺さる。
さらに3本、危険探知マーカが記された矢が飛来した。細剣ですべてを払い落とし、泡を吹いて倒れる馬の留め具を叩き斬る。
「ジーナ?」
トリアンは荷台を振り返った。
(えっ・・)
視界の隅から銀光が迫った。
咄嗟の動きで身を沈めながら手にした細剣で受け流す。横殴りに襲った短剣がツン・・と薬の臭いをさせていた。
(・・毒か)
黒布を顔に巻いた男を間近に見ながら、トリアンの細剣が男の頸動脈を跳ね斬る。構わずに短剣を引いて構え直そうとする胸を貫き徹して、腕力に任せて横へ投げ捨てた。
血煙をあげて仰け反る覆面男と入れ替わるように、幌の上から別の黒覆面が襲ってきた。そちらへ真っ向から斬り下ろし、顔面に刺突を突き入れながら、
(なんだ・・?)
トリアンは耳元で鳴る奇妙な音に背を緊張させていた。
ピン、ピン、ピン、ピン・・・
初めて聴く音だが、それが危機を告げるものだという直感が働く。
顔を向ける方向によって音のボリュームが変わる。
(つまり、大きく聞こえる方向に・・?)
車輪の脇から伸び上がるように斬りつけてきた覆面の男を殴り伏せて首をへし折り、馬車の荷台の最後尾から這い上がってきた男を荷台ごと貫き徹す。
至近距離で、トリアンの危険探知マーカから逃れられない。隠れても意味が無いのだ。
トリアンは、木々の疎らな林に視線を走らせた。
ひとまず、近くには敵が居ない。
アラーム音は気になるが、ランとジーナの安否が気になって荷台を覗き込んだ。
(・・・くそ)
仰向けになったランは眼を見開いたまま血泡を吹いて絶息し、折り重なるように俯せに倒れたジーナの首が骨が見えるほど切り裂かれていた。
「ジーナ!・・ラン!」
周囲を警戒しながら声を張り上げて呼びかける。
ピピン、ピピン、ピピン、ピピン・・・
警告音が変化した。
トリアンは曲がった細剣を捨てて二人に近寄ると、まだ温かさの残る二人の死骸を両脇に抱えた。どうしようと言うのでも無い、たた放っておけなかった。
何が起きているのか分からない。
ただ、危険が迫っているのは感じる。
ここで自棄になるほど若くない。
トリアンは御者台の方へ、音量の弱まる方向へ向かって身を躍らせた。
ピーーーーーーーーーーーーー
警告音が鳴り響いた。
直後、今飛び出してきた馬車を中心に爆発が起こった。炸裂する熱光で辺りが染め上がる。爆発は馬車を中心に100メートルほどの円内を中心に上空へ向かって渦巻く炎を噴き上げた。
爆発の現場から500メートルほど離れた大岩の上で、漆黒の魔導衣を身に纏った魔術師が杖を構えたまま、魔法の成果を確認していた。黒衣の上からでも分かる豊麗な肢体をした背の高い女である。白銀の髪に碧眼、両耳に黄金の耳飾りをぶら下げている。
「いやぁ・・いつもながら、君の火爆魔法は見事なものだねぇ~」
はしゃいだように声をあげたのは、キャルミアであった。護衛らしい一人の女騎士を従えている。
「このような些末な用で、我ら"銀の使徒"を喚び出すとは・・・相も変わらずカルーサス家はご裕福なようで」
銀髪の女魔術師が小さく笑った。
「それだけ、失敗の出来ない仕事だったってことさぁ~」
キャルミアが馴れ馴れしく女の腰に手を回す。
「この上、倍する金貨をお積みになるのか?」
女魔術師が微笑んだ。
「えぇぇ~、お金取っちゃうのぉ?つれないなぁ~」
キャルミアが戯けながら、名残惜しそうに女魔術師のくびれた腰から手を離した。つまらなそうに鼻を鳴らして、女魔術師が爆炎の光熱が鎮まりつつある様子を眺めた。
「行け!破片の一つでもあれば拾っておけ。当家の者と分かる何物も残すな!」
キャルミアはやや離れた場所で影のように控えていた黒覆面の3人に命じる。
すぐさま、黒覆面達がゴロタ石の斜面を駈け降りて行く。
「あやつらは、ヤジンの毒牙であろう?」
「そうだよぉ~、働き者なんで、よく使ってるんだよ」
「あの凶者共が3人しか残らないとは・・」
「奮発して15人も雇ったのにねぇ~、あいつ、やっぱり化けてやがったな」
「遠目でよく分からなんだが・・ヤジンの者共を子供扱いにしていたようだ。相当な使い手だったな」
「まあねぇ・・うちのゴルダーンとやって死なないんだからねぇ~」
キャルミアが馬車や馬はもとより、木々も跡形も無く消え去り、円形に禿げ上がった土地を眺めた。
「これで妾への依頼は完了か?」
銀髪の女魔術師が切れの長い目の端でキャルミアを見た。
「う~ん・・名残惜しいけど、そうだねぇ・・完了しちゃったかな」
「では、また依頼があれば呼ぶと良い」
銀髪の女魔術師が杖で地面をついた。ほとんど瞬時にして、女魔術師の妖艶とも言える豊麗な肢体が消え去っていた。
わずかに残された甘い香水の匂いをうっとりと嗅ぎながら、
「遅っそいなぁ~、何やってんだよ、あいつら・・」
キャルミアが不機嫌顔で呟く。
「若君、私も遺品探索に加わりましょうか?」
女騎士が申し出た。
「う~ん、そうだねぇ・・じゃあ」
キャルミアが騎士を振り返って命じかけ、
「なんだい、あれは?」
ぽつりと呟いた。
視線の先、数百メートル離れた山の中中腹辺りに、大きな魔法陣が出現していた。ひまわりの花が咲くように、大輪の黄金色をした魔法陣が出現して、その細緻な模様の中を突き抜けるようにして、見たことも無い巨大な乗り物らしき物体が姿を現しつつあった。
空中へ向けて4本の金属の道が延び、その上を蒸気と煙を噴き上げながら重々しい音を立てて巨大な物体が移動して来る。四角い大きな台車の上に、長さが30メートルを超えているだろう巨大な円筒形の筒が伸びていた。
その台車の辺りで、赤色灯が点滅し、ジリジリ・・という聞き覚えの無い音が鳴り響いていた。
「・・トリアン?」
キャルミアの眼は、その巨大な筒を支える台車に、小柄な少年が立っているのを認めた。
80センチ列車砲・・それが、魔法陣から生み出された武器の正体だった。
遠目に、少年が手を振り下ろす様子が見えた。
直後に、山鳴りかというほどの大きな音が辺りを震わせた。
暴流のような炎と熱風、煙が吹き荒れて、ほとんど一瞬にして、岩も立木も、人も何もかもが凄まじい衝撃音と共に粉々に吹き飛んだ。
とてつもない轟音と共に衝撃波をまき散らし、噴出した火炎が辺り一面を焼き払った。後には、大きく変形した山肌だけが後に残った。
キャルミアと女騎士の立っていた地点は地形が変わってしまい、そこに生物が居た痕跡は跡形も無く消滅している。
ビー・・ビー・・ビー・・
音を鳴らしながら、巨大な列車砲が魔法陣の中へと引っ込んで行き、長大な砲身が完全に収まってから、魔法陣が薄れて消え去った。
およそ300メートル離れた岩陰で、トリアンは、背を岩にめり込ませるような不自然な姿勢で、尻餅をついていた。
自律魔法に並んだ耐性の意味がやっと理解できた。すべて、この馬鹿みたいな大砲を撃つための耐性だったのだ。
たった一発で、完全に魔力が枯渇していた。身体情報を確かめると、MPが赤字でマイナス表記になっている。おおよそだが、一発当たりMPを1000消費するのではないか。
悪寒と喪失感、四肢からは力が抜けて身動きが取れなかった。
(くそっ・・)
トリアンは、だらしなく倒れたまま、自身の不甲斐なさを罵っていた。
言うまでも無く、今回の惨劇はトリアンの失態だった。
キャルミアが危険な奴だというのは分かっていたはずだ。暢気に馬車に揺られて行くような間抜けな事をどうしてやってしまったのか。
屋敷の近くにでも潜んで、キャルミアを殺してから出発すれば良かったのだ。
そもそも、か弱い女に馬車の手綱を握らせて何をやっていたのか。御者台が危ないくらい誰にでも分かることだ。
襲われると分かりきっていただろう。矢を射かけられるくらい考えつかなかったのか。馬車を止めるために御者が狙われるくらい、どうして考えが及ばなかったのか。
女達が的になるのが分かっていて囮にしたんじゃないのか。
(おれは・・・何も分かってないんだ。何も知らなかったんだ・・何も考えられなかった)
危険探知が出来るのに、こんなに凄い召喚武器が使えるのに・・。
(おれが一人で居れば良かったんだ・・・ランとジーナはただ巻き込まれただけなんだ。あいつは・・キャルミアはおれを狙ってたんだから)
トリアンはわずかに動かせる唇を噛みしめた。
つくづく馬鹿だった。
自分に力があるような勘違いをして、ジーナとランを助けたつもりになって連れ回して、結局は無惨な死に方をさせてしまった。
(ラン・・ジーナ・・・すまん)
たまらない喪失感に、壊れた人形のように倒れたまま一筋の涙を流した。
哀しみで胸が引きちぎれそうだった。
生まれて初めての経験だった。
遠く人の声が聞こた頃、トリアンはやっと顔を動かせるようになっていた。
身体情報を見ると、MPのマイナス表記が消えて、まだ二桁ながらじわじわと回復していた。生命量も魔力量も、時間が経つと回復するようだ。魔力量が赤字(マイナス)になるとほぼ身動きがとれなくなるらしい。注意をしなけらばならない。
かなり離れた場所だが、街道の脇に、ジーナとランの死体を並べて寝かせてある。周囲に、黒覆面の殺し屋達を2人転がしておいた。
先ほどの地響きがするような爆音を聞きつけた人達だろう。
来た方角からすると、目的地だったリアティの町から来たのかもしれない。
トリアンは山肌伝いに聞こえてくる話し声に耳を澄ませ、死骸となったジーナとランの扱いを見ていた。先に来ていた3人の男達の1人が馬で町へと引き返し、ほどなく2台の荷馬車を連ねて、武装した15名ほどの集団がやって来た。
死体を調べたり、爆炎の焼け跡を調べたりしていたが、キャルミアと女騎士の居た岩場には行かずに、ジーナとランの死体を前の荷馬車に、黒覆面の男達を後ろの荷馬車に積んで町へと運んで行った。
死体を一緒にしなかった事に少し安堵しながら、トリアンは泣き腫れた眼を空へ向けた。
酷いものだった。
とんだ雑魚である。
(・・・おれは糞だな)
自分の手の平を見つめながらトリアンは唇を噛みしめた。
キャルミアは、黒覆面の男達でトリアンの馬車を襲撃させ、仕留めれば良し、仕留められなくても馬車を足止めさせようとしていた。
トリアンは黒覆面の男達を迎撃することに夢中で、暴れる馬車を嫌がってブレーキ棒を落として馬車を止めようとしたのだ。それは相手を助ける行為だった。
動かなくなった"的"をめがけて、何かの攻撃で馬車ごと爆炎に包んで燃やした。
危険探知の警報音はその"何か"を報せていた。
だが、無知なトリアンは訳も分からないまま目の前に見える相手に気を取られて、遠距離から狙われる可能性まで頭が働かなかった。
(未熟過ぎる・・とんだ間抜けだ、おれは・・)
後悔しか無い。
トリアンは、馬車で走ってきたカルーサス家のある方角へ眼を向けた。
戻って屋敷の全員を殺してやろうか、と凶暴な怒気が胸内を焦がしている。
だが、屋敷に居る者全てが敵という訳では無い。
ランやジーナと同じように、ただ働いているだけの者達も大勢居る。
(追手は来るだろうが・・・埋葬までは見届けよう)
現場を検証するように行き来していた人々がリアティの方へと帰って行ったのを見届けてから、トリアンは岩陰から出てジーナとランが運ばれて行った馬車を追うように、踏み固められた山路を歩き始めた。
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