第3話 カルーサスという家:上

(毒は・・注意して目視すれば発見できるようだ。そうそう人目がある所で襲ってきたりしないだろうから、夜の外出を控えれば・・)


 トリアンは天蓋のある寝台へ移動すると、生き残るための算段を始めた。

 この屋敷内で、誰がどういう立ち位置なのか、人間関係を把握しておきたい。それからトリアンに直接的に恨みを持つ者を洗い出して目星をつけておく必要がある。


(・・恨みだけじゃなくて、おれが邪魔だと思ってる奴もいるだろう)


 ありがちな跡継ぎ問題とかで揉めている可能性もある。

 今は妙に頭がすっきりとして、他人事のように自分を観察出来ている。おそらく、ここで悪さをやっていたトリアンとは全くの別人格と言って良いだろう。だが、二郎というもう一つの人格とも別ものだ。中途半端に混ざり合って、第三の人格になってしまったらしい。


「・・ん?」


 何やら廊下が騒がしくなってきた。

 トリアンは寝台から立ち上がって、扉から離れた部屋の中央に立った。

 乱暴に扉が開けられて、もの凄い勢いで女が飛び込んできた。


「トリアンっ!トリアンっ!」


 黄金色の髪をした30前くらいの綺麗な女性である。少しばかりふくよかだが、その方が女性的な魅力があって良い。


(確か、母親の・・)


 ドレスの裾を掴んで、立ち尽くすトリアンめがけて駆け寄るなり、女性がいきなり抱きついてきた。


「おお、トリアンっ!大丈夫なの?毒?体はどうなの?」


 どこで聞きつけたのか、この女性は毒の事を知っているらしい。

 あの女中が喋ったのだろうか。


「大丈夫です。一滴も飲んでいませんから」


 トリアンは女性の背へ手を回して落ち着いた声で言い聞かせた。


「ああ、トリアン!報告を聞いて、お母さん生きた心地がしなかったわ!」


「この通り、無事ですよ」


 トリアンは両手を拡げて見せた。


(・・名前を覚えてないんだが・・おれの母親なんだよな?)


 二郎、トリアン両方の記憶が中途半端に混じって残っている。その記憶に、この女性の容貌や氏名は無いようだった。

 女性を寝台に腰掛けさせて宥めながら、トリアンは扉の周りに居る面々に視線を巡らせた。先ほどのゴツい老人の他は初めて見る女中達だ。一人、女中とは違う様子の女性が居る。先ほど掃除に来た年若い女中は居ないようだった。やっぱり、同僚か誰かに喋ってしまったのだろう。


「母上・・」


「え・・ど、どうしたのトリアン、改まって?」


 こんな感じで呼ぶんじゃなかろうかと呼びかけてみたのだが、大失敗だったらしい。


「いえ・・その、よく毒の事をご存じでしたね?」


「マリナに聴いたのよ!ねぇ、マリナ?」


 母親だという女性が戸口を振り返った。女中とは別の男性っぽい服装をしていた女が一礼をして部屋に入ってきた。


「トリアン様をお世話しておりましたメイドが調理場で働いている母親に話したようで、その母親が家宰の方へ申し出て参りました」


(・・馬鹿だろ)


 トリアンは暗い気持ちになった。これは無事には済まない。


「今、お父様がお命じになって犯人を捜しているわ」


「そうですか」


 トリアンは窓の外へ視線を逃した。


「僕は、どうして狙われるんでしょう?」


「あぁ、トリアン、大丈夫よ。どんな非道な者が貴方を狙おうと、必ずお母さんやお父様が守ってあげます!安心なさい。貴方は何も悪くないのよ?」


「そう・・ですか」


「ああ、トリアン、疲れているのね?命を狙われたんだもの、仕方が無い事だわ・・・心を強く持つのよ?卑劣な罠なんかに負けちゃ駄目よ?」


「大丈夫ですよ、母上」


 トリアンは微笑を浮かべて頷いた。


「まあぁ、どうしちゃったのトリアン?いつもの貴方なら、もっと激しく怒ったでしょう?・・本当に毒は飲んでないのよね?」


「僕はもう12歳です。時間があったので色々と考えたのですが、感情に任せて暴れるだけでは、いつまで経っても子供のままです。もっとしっかりと考えて、自分の感情を御せるようになろうと・・」


 呆然としている母親の手を引くようにしてテーブルに近寄ると椅子に座らせた。


「遅すぎるでしょうか?」


「え、いいえ・・いいえ、トリアン!決して遅すぎたりしないわ!むしろ、早すぎるくらいよ?まだまだ子供のままでも良い歳なのよ?難しいことはお父様にお任せしていても大丈夫よ?」


「もちろん、出来ることを少しずつですよ」


 トリアンは窓辺に背を預けた。

 驚くような事になっていた。

 トリアンの自律魔法"素敵な瞳"が発動しているのだ。自律魔法というのはそういうものらしいが、問題なのは窓の外、上方だから屋根になるのだろうか、天井越しに例の"吹き出し"が表示されているのだ。さらに眼を凝らすと、ぼんやりと白く人の姿が見えるようだった。


(毒矢と毒刃・・か)


 屋根の上からどうやって、こちらを撃つつもりなのだろう。


「ああ・・ちょっと来てくれ」


 トリアンは戸口に控えているゴツい老人を手招いた。どこからどう見ても堅気じゃない。素手で人を殺しそうな目付きである。


「あれを片付けろ」


 トリアンは天井を指さした。


「・・む」


 老人が天井を見つめて、すぐに低く唸った。

 直後に、巨躯とは思えない素早さで、窓を開け放って上方へと身を躍らせて消えた。何かが砕ける嫌な音が鳴って、老人が黒装束の小柄な男を手に提げて窓から戻って来た。


「失礼致しました。賊が潜んでおりましたもので」


 老人が母親の方を向いて手短に事情を説明し、


「よくぞ、お気づきになられた。この者、かなりの手練れでしたぞ」


 トリアンに向かって小声で告げて低頭すると、異様な角度に首の曲がった男を引きずって廊下へと出て行った。


「ええと・・マリナ」


 トリアンは、秘書のように控えている女に声を掛けた。


「何でしょう?」


「毒の調査はどうなっている?」


「・・率直に申し上げますと、真なる犯人を見付けるのは難しいかと思います」


「マリナ!何を言っているの?」


「毒は若様のお茶に混ぜられましたが・・お茶を煎れた者は当屋敷の者ではありませんでした。お抱えの料理人の誰も知らない者だったようです」


「なら、その者を捕まえれば良いじゃ無い!」


「姿を眩ませました」


「どこに行ったというの?」


「我々の手が届かない遠い所・・でしょう」


「なによ、それ・・訳が分からないわ!草の根を掻き分けてでも捜し出しなさいよっ!わたしのトリアンに毒を盛った奴なのよ!?」


 母親とマリナのやり取りを聴きながら、トリアンはそっと安堵の息を吐いていた。

 実は、先ほどの危険感知のマーカーは、一つでは無かったのだ。

 あの、ゴツい老人にも吹き出しが出ていたのだった。黒装束の男と仲間同士だったのか、別口同士がかち合ったのかは知らない。ただ、どちらも、今のトリアンの手には余る相手だろう。


(バケモノ爺さんが残ったが・・)


 なぜ、命を狙われているのか。あるいは、マリナという女性なら率直に教えてくれるかもしれない。しかし、マリナはトリアンの母親の付き人のような立ち位置らしい。

 まだ会っていない父親の方はどうなのか。

 トリアンは窓から外を眺めていた。

 屋敷に誰が居て、何をやっているのかも分からない。兄弟が居るのか、姉妹が居るのかも知らない。うっかり聴くと、妙な波紋が起こりかねない、微妙な緊張感が屋敷の中に漂っている。


「じゃあ、もう良いじゃ無い!そのメイドを処刑なさいっ!見てたのに気づくのが遅れたんでしょ?十分な罪でしょう?」


 母親が癇癪を起こして何やら言い始めた。

 どうにも雲行きが怪しい。

 母親が厳命だと叫びだして、マリナが低頭して廊下へと出て行った。


(・・まずい)


 メイド母娘を吊す勢いである。

 せめて解雇くらいなら黙認しているつもりだったが、命に関わるような事なら何とか助けないといけない。

 トリアンはマリナを追って廊下に出ようとして足を止めた。

 あの老人が廊下の向こうから近づいて来ていた。


(ちっ・・)


 このままマリナを追いかけると老人とすれ違う事になる。


(・・まさか襲って来ないとは思うが)


 あまり楽観的に考えない方が良いだろう。すれ違いざまに、あの凶器の両手が襲いかかってくればトリアンの細首など一撃で折られる。

 コンマ数秒の間に、考えを纏めてトリアンは戸口で踏みとどまった。


「ちょっと、マリナを呼んで来てくれないか?」


 黙々と近づいて来る老人に声を掛けてみる。


「マリナ様を?」


 老人が廊下を振り返ったが、すでに階下へと降りて行った後である。


「それよりも・・」


 老人がトリアンに向き直った。


「旦那様がお呼びで御座います」


「・・父上が?」


 呼ばれているのが本当なら、ここでいきなりバッサリは無いだろう。少なくとも温和しくついて行けば今すぐ殺されることは無いはずだ。

 ついでに、


「母上?」


「なぁに、トリアン?」


「父上がお呼びのようです。行って来ても宜しいですか?」


「あらあら、もしかして、犯人が捕まったのかしら!そうね、きっとそうに違いないわ!わたしも一緒に参りましょう」


 期待通りの反応で、同行を申し出てくれた。


(よし・・とりあえず、道中での暗殺は防いだ)


 トリアンは胸中で安堵の息をついた。


「では、参りましょう」


 母親を戸口で迎えてトリアンは、ゴツい老人に頷いて見せた。

 老人が小さく低頭して、くるりと踵を返すと先頭に立って歩き出す。


(今のは、使用人の目付きじゃないだろう)


 トリアンは、傍らを歩く母親を見た。


「なぁに?」


「・・いえ、今日は何かと忙しい日になりましたね」


 トリアンは取って付けたような世間話で繋いだ。


「そうねぇ、なんだか、気持ちが落ち着かないわ」


「お疲れになったでしょう」


「うふふ、トリアンに心配して貰える日が来るなんて・・」


「はは・・僕も、少しは大人になったということですよ」


 トリアンは懸命にベストアンサーを考えながら受け答えを続けている。

 どうも、生来のトリアンに、わずかながら二郎が混ざってしまったらしく、奇妙な人格になってしまっていた。

 今の受け答えで良いのかどうか不安になりながら、視線は前を歩く老人から離さない。

 油断は死につながる。

 力量差は圧倒的だ。


「奥方様、トリアン様をお連れ致しました」


 いつの間にか目的の部屋に着いていたらしい。老人が扉をノックして中に声をかけていた。


「入れ」


 中年の男の声がした。

 老人が静かに扉を開き、後退るように場所を空ける。

 足早に中に入る母親を追って、トリアンも部屋に入った。

 大きな執務机に、小太りの中年男が座っていた。机の脇に、いかにも神経質そうな頬骨の尖った感じの男が立っている。男は尖った目の端でトリアンを一瞥して、すっと執務机から距離をとって壁際に立ち位置を変えた。


「よく来たな、トリアン」


 小太りの男が気怠そうに椅子から降りた。今のトリアンよりは少し背丈があるが、並の男よりはかなり低いだろう。


「ターリスも丁度良かった。人を呼びに行かせたところだ」


「まあ・・何でしょう?」


 どうやら、トリアンの母親の名はターリスと言うらしい。


「ほら、おまえにも前に話した、例の縁談だ」


「縁談・・まあ、ずいぶんと昔の」


「なに、こっちは忘れておったのだがな・・・北の魔瘴窟の話は知っておるか?」


「魔瘴窟・・魔物が溢れたのですか?」


「幸いにも、我が領土では無く、北の樹海にあるエフィールという町の近くだ」


「エフィール・・聴かない名ですわね」


「なに、町の名などどうでも良い。要はあの獣臭い頑固者共が、こちらに泣きついてきておるという事が重要なのだ」


「亜人の国でしたかしら」


「ああ、獣のくせに商売に長けておったのだが、魔瘴窟の出現で魔素が溢れ出たらしくてな。魔瘴に感冒して妖人化する者が後を絶えんらしい。どうする気かと見ておったら、ついに泣きついてきおったわ」


「ですけど、確か・・あそこの王家は年頃の娘が居なかったと思いますけど?前のお話しの時に、国内の者に嫁がせたとかで・・」


「年頃かどうかは関係無かろう。魔瘴窟が出現した以上、もって数年といったところだ。すぐに魔素で覆われた死の大地になる。魔瘴でどんなに妖人が生まれようと喰らう生き物を失えば死に絶えるのだ。儂らはそれを待って兵を送れば良い。森の半分も貰えれば上出来だ」


(縁談・・12歳でか)


 トリアンは内心でげんなりとしながら穏やかな表情を保っていた。


「トリアン、おまえの姉達は早くから他所へ嫁いで稼いでおる。当家の世継ぎは二人おるし、ここは末のおまえが適任だと思うがどうだ?」


 どうもこうも無い、ここは従わねば殺される場面だ。


「当家のためになるならば、このトリアン、謹んでお受け致します」


 トリアンは微笑しつつ低頭した。


「おう、よう言うた。それでこそ、我が息子だ。なに、心配は要らぬぞ。形としては婿入りという事になるが・・あちらの王家が絶えた後は、再び当家の名を名乗る事を許そう」


「はっ、ご配慮ありがとうございます」


 トリアンは丁寧にお辞儀をした。


「ふむ・・しばし見ぬ間に、少しはマシになりおったか?これならば、無用な恥をかかずに済みそうだな。グラウス」


「はっ」


 壁際に居た男が短く返事をして近寄った。


「少し気が変わった。侯爵家として恥ずかしくない程度に体裁を整えてやるが良い」


「・・承知致しました」


 男が低頭した。


「あ・・そうだ、旦那様」


「なんだ、ターリス?」


「わたしのトリアンに毒を盛った犯人は見つかりましたの?」


「毒・・ああ、あやつらか。どこぞの、メイドだか料理人だったかな?」


 グラウスという男を見る。


「はい。メイドとその母親が犯人でした。すでに捉えて地下牢へ入れてあります」


「まあ、やっぱりそうなのね!こうしては居られないわ!行って、鞭を打ってやらなければ!」


 ターリスが憤慨しながらドレスの裾を掴んで部屋から足早に出て行った。


「メイドと母親・・」


 トリアンは小声で呟いた。


「なんだ、トリアン?」


「ああ・・いえ、母上がいらっしゃる場では言い難かったのですが、わたしは獣の国へ行くのでしょう?」


「そうだが?」


「できましたら、人間の女というのも側に置いておきたいのですが・・・何しろ、わたしも経験豊富というわけではありませんからね」


 トリアンはせいぜい下卑て見えるように口元を歪めた。


「・・ほう?なるほど、見違えるとはこの事か。メイドと言わず、気に入った女がおるなら好きに選んで連れて行って良いぞ?」


「いえ、今から行けばメイドと母親が、母上に鞭打たれているでしょう?ここでご許可を頂ければ、形として私はあの者達を助け出す事になります。さぞや感謝して、それは一生懸命に尽くしてくれるのではないでしょうか?」


「ふむ、良いぞ、実に良い。よしっ・・」


 小太りの男が執務机で紙にペンを走らせてた。


「これを持て。グラウス、たった今からメイドと母親はトリアンの私物となった。屋敷内に周知しておけ」


「畏まりました」


「トリアンも急ぐが良かろう。あれは・・ターリスは容赦を知らぬ女だぞ?」


「ははは・・それではこれで失礼致しますが、獣の国へはいつ頃の出立と思っておれば良いでしょうか?」


「10日後に飛空艇を飛ばす用がある。エフィールには近づけぬが、徒歩で行ける程度の場所には降ろしてやろう」


「承知しました。では・・」


 トリアンはお辞儀をして足早に退出した。

 ほとんど走るようにして廊下を通り、途中で見付けた階段を駆け下りる。

 途中、メイド服の女に地下牢の場所を訊きながらトリアンはもうなりふり構わず走っていた。中庭にある東屋のような小屋の中に、地下に降りる階段があった。追い出されたらしい牢番が小屋の中で酒をあおっていた。


「ぼ・・ぼ、坊ちゃま!?」


「母上は下か?」


「へ、へぇ・・いま折檻をされておいでで」


「分かった」


 石段を一足跳びに降りてゆくと、すぐに重い殴打音がして、女の押し殺した苦鳴が聞こえた。


(あれが、鞭の音かよ?)


 トリアンは大急ぎで螺旋階段を駆け下りると、降りきった所にマリナが立っていた。


「トリアン様?」


「父上から、この罪人達を貰った」


 自筆の書を差し出す。


「これは・・確かに、旦那様の・・」


「ああ、母上、こちらでしたかっ!」


 大声をあげながら、トリアンは牢屋に飛び込んでいった。

 上半身を裸にされ、両手を天井からぶら下がる鎖に固定されたメイドの少女と母親らしき女が並んで吊されていた。どちらも爪先立ちで、ぎりぎり立てている感じである。青あざが脇腹から背中に走っている。肩から胸乳にかけて赤黒く腫れて血が滲んでいた。

 まだ数回打たれたくらいだ。


「あら、トリアン?」


「マリナ!父上の手紙を」


「奥方様、これを・・」


「旦那様の?・・あらまあ、トリアンったら、この子達を貰っちゃったの?」


「ええ、わたしの私物として貰い受けました。ですから、これはもう、わたしの玩具です」


「まあ、そんな悪い顔して・・でも、そうね。トリアンも辛いものね。獣の国になんてやられて、それにたぶん、相手はかなり高齢だもの。息抜きの玩具がなくっちゃ、おかしくなっちゃうわよね」


「まあ、そんなところです」


 トリアンは壁際に吊られた幾種類かの鞭を見回した。ずいぶんと年期の入った革の鞭を手に取ると、素振りをするように軽く振る。短く笛のような風斬り音がなって牢の石床が溝のように削れて散った。


(・・鞭が怖いくらいに手に馴染むな)


 さすがにスキル持ちと言ったところか。長い革鞭を自由自在に振り回せる。

 ヒュンヒュンと軽く宙で舞わせてから、メイド少女の尻めがけて鞭を走らせた。実際にはぎりぎりで衝撃を抑えるように操作している。それでも、派手に叩く音が鳴った。

 少女が悲鳴をあげて身を仰け反らせ、母親が必死に名前を呼んでいる。


「いつ見ても綺麗に鞭を使うわねぇ」


 うっとりとした顔でターリスが言った。


「まあ、練習しましたからね」


 トリアンはにやりと笑って見せた。

 嗜虐の気持ちが暴れ出しそうになり、トリアンはもう一度石床を叩いてから革鞭をくるくると丸めて携えた。


「さて、マリナ?」


「はい、トリアン様」


「おれは、十日後には、こいつらを連れて獣の国へ行くんだが、それまでの間、こいつらを僕の部屋に侍らせておきたいんだ。ただ、このままだと臭くてかなわない。身ぎれいにして、せいぜい着飾らせてから僕の部屋に届けてくれないか?」


「・・畏まりました」


 マリナが硬い表情のまま低頭した。

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