第13話

 このビルは地下4階まで階段1つとエレベーターが2つ。エレベーターは通常のと大型機器搬出入のための業務用。その全てが隣り合って設置されている。そして出入口はエレベーターのすぐ正面にしかない。

 つまり、待ち伏せするには1階のエレベーター前が、階段も監視できて一番効率がいいわけだ。

 他の出口が無い事は、地下階の壁に貼ってあった避難経路の図面で確認したので間違いない。

 1階の狭いエレベーター前のスペースで待ち伏せもしくは待機していた敵は、荷物搬出入用エレベーターがいきなり下降した事に戸惑っただろう。4階で止まり、しばらくして上昇を開始した時には、追撃した3人の兵を全滅させたターゲットが間抜けでエレベーターを使って上がってきているのか、それとも地下道で挟撃に成功した仲間たちが緊張感を解けてエレベーターで上がっているのか、判断が難しかったと思う。

 とにかく彼らがやるべき事は一つ。エレベーターの扉に注意を向け、中にいたのが味方で無ければ撃つ。それだけだ。迷う事はない。

 だが、彼らがそこに見たのは、仕事を終えた仲間たちでも、銃を構えたターゲットでもなかった。

 清掃した床面を乾燥させるためのオレンジ色の業務用大型ファンが、荷物搬出入用エレベーターの広い床面に置いてあった。ファンから伸びた電源ケーブルはエレベーター内のコンセントに繋がり、ファンは最大出力で稼働していた。

 そして、空になった何種類もの液体洗剤の容器がいくつもエレベーターの床にうず高く積み重なり、なんだかわからないモノが入った白色の大型ゴミ袋が1つ隅に置かれていた。

 彼らが目の前の光景の意味を理解するまで、それほどの時間を必要としなかった。開放されたエレベーターの広いドアから、洗剤によって作られた大量の塩素ガスがファンによって勢いよく放出されたのだから。


 すべては一瞬で終わった。

 咳き込み怒号を上げ動き出した敵の数は3名だった。エレベーターの扉を閉めようと動いた者、外部へ連絡しようとした者、階段から来る敵に備えて階段へ向かおうした者。

 全て、行動が停止された。永遠に。


 僕と先輩は地下1階との間にある階段の踊り場に、頭からビニール袋をかぶって座り込んだまま、目の前に横たわる絶命した敵兵を見つめていた。僕らが撃ち、血を吹き出し、踊り場まで転げ落ちてきて動かなくなった兵士を。

 僕も先輩も、銃口を敵兵に向けたまま動けなかった。緊張が解けずにいる。意外だが先輩が震えてるのが、密着している背中越しに伝わったきた。

 先輩は銃をホルスターにしまいながら、硬く緊張した声で言った。

「キミ……慣れてるなんて……思わないでね……」

 そう言ってから「あっ」と小さく声に出して先輩は黙り込んだ。状況が違えば別の意味に聞こえるセリフだったからだ。

 僕は肩越しに先輩に言った。

「実は、初めてです、まだ」

 先輩はプッと吹き出し「ホントに?」と訊いてきた。僕は黙ってうなずく。

「しょーがないなあ」そう言って先輩は笑った。


「大丈夫カ? 帰るヨ」

 血のついたナイフを両手に持ったまま、婆さんが階段上から声をかけてきた。大型ゴミ袋を頭からすっぽりかぶったままで、ゴミ袋のお化けみたいな格好だ。

 搬出入用エレベーターは中に人がいて目的階のボタンを押し続けていないと動き出さない。エレベーター内に必ず人がいるハズだと敵は理解するべきだった。

 しかしまあ、塩素ガスが充満する中に人が隠れているとは誰も思わないか。

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