第74話 紅い花がすごく綺麗






——痛い痛い痛い。


ガリっという音が、首元から何度もした。

目の前では、裕也の少し硬そうな黒髪が揺れる。



「…はぁ。綺麗だね」



その言葉を呟くと、彼は離れた。

声は、いつも通りだったけど。

顔を上げてその人の表情を見ると、やっぱり誰なんだろうと思う。


そんな大人びた笑顔は、知らない。

見たことが無い。



「…ゆ、や。離れろ…」


「ねぇ、まこちゃん」



必死に出した俺の声を、彼が遮る。

急なことに、呼吸がずれた。

ぐっと息が押し込まれる。


いつまで経っても相手のペース。

俺の苦手なこと。



そんな俺に気づかないのか、それとも気づいているのか。

裕也が今度はいつもの様に、馬鹿みたいに笑って言う。





「俺が付けたキスマーク。すごく綺麗」





……え?



キスマーク…?

裕也の?

裕也の、キスマーク?



頭の中が、真っ白になった。


そして、その言葉の意味を理解するよりも早く、俺は彼を突き飛ばす。

鞄を掴んで、教室を出て走った。



行き着いた先は、男子トイレ。

荒々しく扉を開けると、鞄を投げ捨てて、手洗い場にある鏡の前に立った。



「……あ……」



鏡に映った自分の首元。

そこから俺は、目が離せなかった。


いくつも浮かぶ、紅。





あぁ。



俺はまた、拓夢以外を身体に、刻んでしまったんだ。




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