第六章

第59話 久しぶり








「…大丈夫。大丈夫だよ」


「…はぁっ…はぁっ…」



薄っぺらくて冷たい部屋に、確かに感じる体温。

俺はそれに必死にしがみついて、息を整える。



思い出したくない。


なのに、どうして思い出してしまうんだろう。



たくさんの手が、伸びてくる。

柔らかい身体が、まとわりつく。


甘ったるい匂いに、吐きそうだった。



「…乗って来ない、でっ…!」



寝転ぶ俺に、跨る裸の女。









――あぁ、そうだ。

俺は、童貞なんかじゃなくて――








「君は、女の中になんか挿入してないよ」



スッと頭の中に入ってくる声。


思考を止めて、その声の主を見る。



「大丈夫。君はそんなこと、してないよ」



寝てる俺に覆いかぶさった洋介さんは、ゆっくりと俺の頭を撫でた。



「…して、ない…?」


「…そう。していない」



まただ。


俺は、またこの人に暗示をかけてもらっている。






――『突然隣の席の女子に声をかけられ、少し驚いてしまった。

…情けない。

普段、全くと言っていいほど女子と話さない俺。

童貞くんと同じような反応。


あ、でも俺も童貞か。

喪失してるのは処女だけだし。あは。』――






普段、俺が昔のことを忘れていられるのは、この人のお陰だった。







本当は、俺は童貞なんて、もう捨てているのに。






「また、考えただろ」


「んむっ」



洋介さんが俺の鼻を、ぎゅっと摘む。

結構力が入っていて、普通に痛い。


トントンと軽く背中を叩くと、摘んでいた手が簡単に離れていった。



息を吐く俺を視界に捉えた洋介さんは、優しく微笑む。



「久しぶりだね、真琴」







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