私とあなたの3日間

恋野手紙

第1話【祭りに行こう】

「名前は、三神 武司(みかみ たけし)君です」



「中学3年の15歳です」



「男です」



「身長は、165センチです」



「体重は、知りません。本人に聞いて下さい」



「彼は、黒髪のベリーベリーショートです。別名、スポーツ刈りともいいます。似合っています」



「彼は、脱いだら凄いんです。適度に日焼けした細身の筋肉質が、たまりません。ちなみに、僕はホモではありません」



「彼は、サッカー部のキャプテンです」



「彼は、前回のテストの成績で学年二位でした」



「ちなみに、学年一位は、吉井美香ちゃんです。可愛いです」



「もちろん、イケメンです」



「以上です」



武司が座る机を取り囲む男子生徒数名。



彼らは、口々に武司を褒め称えた。



ここは、とある中学校の、とある教室。



物語は、ここから幕を開ける。



武司は、ぶっきらぼうに一言、



「は?」



と、答えた。



「だからなぁ、武司。俺らは、夏祭りでモテたいんだよ」



武司の同級生である三浦 翔平(みうら しょうへい)がそう言った。



「お前らが、祭りでモテるのと、俺が祭りに行くのと、何の関係があるんだよ」



「武司が一緒に夏祭りに行ってくれたら、浴衣美女にお近づきになるチャンスが増えるだろ」



「そうそう、イケメン武司に、つられて浴衣美女が一人、また一人と寄ってくる」



「そんな浴衣美女と、武司を取り巻く俺達が意気投合」



「まさに、青春。祭りLOVE」



武司は、



「くだらねぇ」



と、立ち上がった。



「よっ、武司」



「よっ、イケメン」



「よっ、秀才」



「よっ、スポーツマン」



「中学最後の夏を、俺達と一緒に謳歌しようぜ」



「ポケマンGO、じゃなくて、祭りへGO。そこで『浴衣美女』をゲットだぜ」



武司を、持ち上げ、はやし立てるクラスの男子達。



しかし武司は、そんな声に耳を貸さず、教室を出ようとしていた。



「武司、まだ話、終わってねぇぞ」



「なあ、武司、どこ行くんだよ」



武司は、大きく息を吸って、最後に、



「ト、イ、レ、だ、よ」



と言って教室を後にした。



そして武司は、男子トイレの小便器で用を足していた。



「なーにが、祭りへGOだ」



男子トイレには、武司の他には誰もいない……と思っていた。



「祭りに行こう」



しかし、それは武司の思い違いだったようだ。



背後から聞き覚えのある声がしたからだ。



武司が、ビクッ、と後ろを振り返ると、そこには一人の女子生徒が立っていた。



「おい、美香、こっ、こ、こ、ここ、は、男子トイ、トイ、トイ」



「祭りに行こう」



彼女の名前は、吉井 美香(よしい みか)。



美香は、武司の同級生であり、武司の小学生時代からの幼馴染みでもある。



「おい、てめぇがなんで男子トイレに入ってきてんだよ」



「祭りに行こう」



表情一つ変えずに、同じフレーズを繰り返す美香。



「さっきから、祭りに行こう行こうって、何もこんな所で話さなくてもいいだろ」



「祭りに行こう」



世の中に、天然と言われる子は数知れず。



しかし美香は、その辺の天然さんとは一線を引く存在だ。



美香の天然は、もはや、天然という言葉では片付けられない。



天然も、ここまで来れば、奇人変人だ。



それが、吉井美香、なのだ。



ここは、正真正銘、男子トイレの中。



男子トイレとは、文字通り、男子がトイレをする場所だ。



そんな場所に、女子が一人。



武司は、今まさに、小便器に体を向けてオシッコをしている最中だ。



美香は、そんな武司を、背後からジーッと見つめている。



男子が目の前でオシッコをする様子に、ただ視線を向けている。



シーンと、静まりかえる空間。



やがて美香は、再びあの言葉を発する。




「祭りに行こう」




「あのなぁ、俺が、この世で一番嫌いなモノ、それが『夏祭り』なんだよ。お前も、幼馴染みなんだから知ってるだろ。俺は、一生、祭りには行かねぇって決めてんだよ」



すると美香は、オシッコをしている武司の背中に体を寄せた。



「な、なんだよ」



再び静まりかえる。



武司と美香の二人だけの空間に、オシッコの音が鳴り響く。



武司の顔が、みるみる赤くなる。



「アーッ、アーッ、アーッ」



武司は、恥ずかしさのあまり、自分のオシッコの音を、かき消そうと必死に声を出す。



一方美香は、オシッコをしている武司に、さらに体を密着させた。



そして美香は、武司の耳元に自身の口を近付けて、ある言葉を囁いた。




「祭りに行こう」




武司は、たまらず言った。



「わかった。わかったから、頼むから少し離れてくれ。頼むから」



すると美香は、無表情のまま、そっと体を離し、そのまま男子トイレを立ち去った。



「フンフンフーン♪ フンフンフーン♪」



立ち去る間際、微かに美香の鼻歌が聞こえてきた。



美香は、嬉しい事が起きても、決して表情には出さず、代わりに鼻歌を口ずさむ癖がある。



彼女特有の無表情と鼻歌のアンマッチだ。



武司は、ようやくオシッコを済ませ、鏡の前で大きなため息をついた。



「はぁ。あいつ、トイレの花子よりこえぇよ」

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