天使のお隣さん

すごろく

天使のお隣さん

 俺の部屋の隣に、天使の家族が引っ越してきた。

 引っ越しの挨拶に来た、その家族の背中に生えた天使の羽を見て、俺は少し意外に思った。

 天使がこんな安アパートに引っ越してくるケースは珍しかったからだ。

 その天使の家族は三人家族のようで、妻兼母親らしき女の天使が一人と、夫兼父親らしき男の天使が一人、それから娘らしき少女の天使が一人いた。三人揃って挨拶に来たわけだが、俺はやはり少女の天使に目が行った。母親の天使はなかなかの美人で、その遺伝子を受け継いでいるせいか、少女の天使も目鼻立ちが整っていた。何よりもその綺麗な金髪に惹かれた。

「これは粗品ですけど、どうぞ」

 父親の天使の方から、緑色の包み紙に包まれた箱を渡された。俺は有り難く頂戴した。

 天使の家族が帰ってから箱を開けてみたら、中身は天国生産の洗剤と石鹸だった。

 俺にはあまり必要のない品物だったが、まぁ親戚や友人に配ればいいだろう。

 そのとき丁度昼食前だったから、俺はテレビを観ながら解凍した冷凍チャーハンを食べた。

 テレビでは、近年問題になっている『天国問題』について論じている。

 『天国問題』とは、天国の天使口が爆発的に増加し過ぎている問題を指す。元々天国の天使口はそんなに多くなかったのだが、『悪魔規制法』により、地獄の悪魔の繁殖が法律的に規制され、地獄の悪魔口が激減。それに伴い、悪魔と敵対関係にあった天使が増加してしまったのだ。悪魔の数と天使の数が一定であることで、お互いにバランスを保っていたのである。

 この結果を受けて政府は慌てて『悪魔規制法』を撤廃したが、時すでに遅し。

 天使口の増加は留まることを知らず、ついには天国の定員数を上回ってしまった。

 そうなるとともに、地上へと移住してくる天使も増えた。今では結構頻繁に街中で買い物をしたり談笑したりして、普通に生活をしている天使を見かけることができる。

 天使は羽が生えていることと種族的にほとんどが美形の顔つきとして産まれてくるところ以外は、地上人と何も変わらなかったため、馴染むのは案外早かった。

 だから俺の部屋の隣に天使が引っ越してきても、意外に思えど驚きはしなかったのだ。

 『天国問題』の報道の後は、この近くで発生している『連続幼女強姦殺人事件』について報じられている。先週で五人目となる被害者の死体が発見されたそうだ。

 俺はテレビを消し、昼寝をした。夢の中に、あの天使の娘が出てきた。

 綺麗な金髪の髪をなびかせ、紺碧の瞳を俺に向け、微笑みかけてくる天使の娘。

 夕暮れ時に起きたとき、俺の陰茎は真っ直ぐ勃起していた。


「あ、お隣の――」

 俺が声をかけると、天使の父親は照れ臭そうに笑った。

 今の時刻は夜中。そこは天使たちがキャバ譲として働く天使キャバクラだった。

「真面目そうな顔してるのに、こういう店にも来るんですね?」

 ちゃっかり天使の父親の隣に座りながら、俺はそんな冷やかすようなことを言ってみる。

「いえー違うんですよ、ここだけの話ね、これは調査でしてね」

 天使の父親は俺にだけ聞こえるような小声で言った。

「調査?調査とは何のですか?」

「天国風営法にちゃんと基づいた店かどうかですよ」

「天国風営法?普通の風営法とはどう違うんですか?」

「普通の風営法よりも規制が厳しいんです。何せ天使が風俗をやるわけですからね。地上の方がやるのとはわけが違う。天使は地上の方よりも純潔でなければなりませんからね」

「はぁ。それならそもそも風俗をやらなければいいのでは?」

「それが、そういうわけにもいかないのが実情でしてね。天使だって地上の人と同じで、衣食住を満たさないと生きていけないんです。衣食住を満たすにはお金がいる。お金を稼ぐためには働かなければならない。しかし今の天国はあんな有様。働き口なんてそうそうなくて、あそこで働けるのは一部のエリートだけです。私のような何の取り柄もない天使は地上に出稼ぎに出なければならなくなるわけです。そして地上での天使の就職口もそんなにありません。あっても足元を見られて、給料の低いとろこが多いです。そんな中、天使の風俗店は地上の方からも人気があって、性的なサービスをしなくても、ある程度儲けることができます。そんなわけで、最近はこの近くにも天使のキャバクラが多いんですよ」

「なるほど、しかし調査とは、あなたは何者なんですか?」

「別に大した者ではありませんよ。私は市役所の天国課の公務員なんです」

「天国課というのは、あの職員がほとんど天使という課ですか?」

「そうです。その天国課の業務内容の一つに、天国風営法の調査というのがあるんです」

「ははぁん、で、今夜はこの店を調査しに来たわけと」

「そういうことです」

 俺は店内を見回してみる。女の天使から地上の男相手に、笑顔を振り撒いて接客している。

 確かにギャバクラにも関わらず身持ちの固い雰囲気があり、地上の男が触ろうとしても避けるか押し留めるかして決して触れさせない。あくまでお淑やかで優雅な振る舞いだった。

「この店は大丈夫そうですね」

 俺が何となくそう思って言ってみると、天使の父親は頷いた。

「はい、この店はしっかり天国風営法を守ってますね。良い店です」

 その後、俺と天使の父親は酒を飲み交わした。世間話をして笑い合ったりした。

 その日から、俺と天使の父親はよく一緒に酒を飲みに行ったりして交流するようになった。

 天使の父親は気さくな天使だったため、すぐに打ち解けることができた。

「まさか天使とこんなに仲良くなれるとは、思ってませんでしたよ」

 ビールをぐいっと飲みながら俺が言うと、焼き鳥を頬張りながら天使の父親は笑う。

「私も地上の方と、ここまで打ち解けられるのは予想外でしたね」

「そういや天国ってどんなとこなんですか?今は住みづらい場所って言われてますけど?」

「えぇ、確かにね、今の天国は増えすぎた天使たちでごみごみしていて、住みづらいというか息苦しい場所ですよ。昔はあんな場所じゃなかったんですけどねぇ。空気は地上よりも澄んでいて、水も綺麗で食べ物も美味しく、自然豊かな良い場所だったんですけどね。今や都市開発も進んで、地上と何も変わりませんよ。いや、地上よりも酷いかもな」

 天使の父親は少しばかり顔を歪め、枝豆を数個口の中に放り込んだ。

 どうやら科学の魔の手は天国にも及んでいるらしい。まぁ俺には関係もないことだが。

 居酒屋の壁に備え付けられているテレビから、ニュース番組が垂れ流されている。

 昨日に七人目の死体が発見された、『連続幼女強姦殺人事件』が報じられている。

「これ、犯人まだ捕まんないんですよね。被害者は増え続けてますし」

 天使の父親が私の視線の方向を察したのか、あの事件について喋り出した。

「警察は何をやってるんでしょうね」

 天使の父親は首を捻る。俺は俯いて軟骨を齧った。

 ニュース番組は別のニュースを報道し始め、天使の父親はその話題をやめた。

「娘さんは――いえ娘さんと奥さんはお元気ですか?」

 俺はタイミングを見計らい、本当に訊きたかったことを訊いた。

「二人とも元気ですよ。娘なんて元気過ぎて壁に穴を開けそうになる始末で」

「可愛い娘さんですよね」

「地上の方はみんなそうおっしゃいますけど、天使の中では一般的な顔つきなんですよ」

「でもそこらへんの天使の子供よりもすごく綺麗な色の髪と目を持ってるじゃないですか」

「そう言っていただけると嬉しいですけどね、父親の私も」

 天使の父親は娘が褒められて、心底から嬉しいようだった。

 それから程なくして俺と天使の父親は会計を済ませ居酒屋を出、別れた。

 帰り道、天使の娘を思い浮かべていたら、俺の陰茎はやはり勃起していた。


 そのうち、俺と天使の父親の仲は家族ぐるみの付き合いになってきた。

 俺はよく隣の天使宅へと招かれるようになった。

 普段夫と仲良くしている俺に、妻の天使の母親は警戒心ないらしく、喜んで俺を迎え入れてくれた。しかし天使の娘はまだ赤の他人の俺に不信感があるようで、初めのうちは家に来ても隠れてしまって、顔も合わせてくれなかった。だが、それも頻繁に家に来ているうちになくなってきて、徐々に顔を見せるようになり、近づいてき、会話するようになり、俺の前でも笑うようになり、最終的には俺が来れば喜んで俺の元に駆けてくるようになった。

「君は本当に良い人なんだね。この子がこんなに懐くなんて」

 天使の父親はにこにこ笑いながら、俺をそう褒めた。

 俺は何食わぬ顔で、「それはどうもありがとう」と礼を言った。

 『連続幼女強姦殺人事件』の被害者の数は、ついに十人を突破していた。


 ある日、天使の両親が留守のときを狙って、俺は公園で遊ぶ天使の娘に声をかけた。

「おじちゃんの家に美味しいお菓子があるんだけど、来て一緒に食べない?」

 予め警戒心を取り除いていたのが功を奏し、天使の娘はあっさり俺についてきた。

 天使の娘を部屋に入れると、後ろ手でこっそり鍵をかけ、念のためにチェーンをかけた。

「お菓子どこー?」と呑気に言う天使の娘の後ろに回り込み、一気に襲い掛かった。

 まず口を押える。急に口元を押さえつけられ、天使の娘は手足をばたつかせて暴れる。

 何度か殴って体力を消耗させ、少し元気がなくなって大人しくなってきたら予め用意していたロープで縛り上げ、口には猿轡を噛ませる。今まで普通の人間の子供に対してやってきたことなので、そんなに手間取らなかった。強いて苦労したのは背中に生えた羽だ。非常に縛り辛かったが、無理やり折り畳んでロープで押さえつけた。

 痛いのか、羽が折られるたびに「うー、うー」と天使の娘は苦しそうに唸った。

 なおも天使の娘は暴れ続けたが、俺は根気強く頬や脇腹を死なない程度に殴った。

 そのうち抵抗する気力が失せてきたのか、天使の娘の動きは鈍くなっていった。

 そろそろ頃合いか。俺の口元に自然と笑みが滲んだ。

 天使の家族が隣に引っ越してきたから現在まで約三か月。この機会がようやく来た。

 こいつだけは取り逃がしたくなかったら、慎重に事を運んだせいで時間がかかってしまい、欲求不満を解消するために余計な子供まで犯して殺してしまったが、同時に面倒な手順を踏んだおかげで、スムーズにこの天使の娘を捕らえることができた。

 さてと、まずはどうしようか。足の指を一本ずつ折ってみるか?脇を舐めてみるか?羽も気になる。燃やしてみたい。天使の肉の味も気になる。だが食べるのは最後だ。

 最初はやっぱり――性行為か。

 俺は怯える天使の娘の見開かれた目の、その美しい紺碧の瞳を満足げに眺めつつ、天使の娘を仰向けにした。天使の娘はもう暴れもしなかった。怯え切った目をただ俺に向けていた。

 一目見たときから――あの引っ越しの挨拶で来たときから、犯したいと思っていた。

 夢にまで出てきて、夢の中でも犯したいと思った。実際に何度か夢精していた。

 前々から人間の子供にも飽きてきたから、天使の子供でも犯したいとは思っていたが、ここまで犯してみたいと思える相手に出会えたのは、随分と久しぶりのことだった。

 怯えた天使の娘の表情を見て、俺の性的興奮と犯したい欲は最高潮を迎えていた。

 早くも下半身の方はびんびん反応し、陰茎はズボンを押し上げて早く出せと急かしている。

 こんなにわくわくした気持ちでレイプできるのは、とても新鮮で心底から楽しかった。

 小刻みに震え出す天使の娘を見下ろしながら、ズボンとパンツを脱ぐ。

 案の定、青竹の如く立派にそそり立った陰茎が、誇らしげに顔を出す。

 身体が熱い。息が荒い。汗が流れる。動悸が早い。落ち着け。これからが本番なんだから。

 天使の娘が震えているのと同じように、私の身体も震えていた。

 天使の娘は恐らく恐怖で、俺は興奮と期待感で、震えていた。

 私はそんな震える手で、ゆっくりと天使の娘の下半身に手をつけた。

 天使の娘はスカートを履いていた。それを脱がすと、薄ピンク色のパンツが顔を出した。

 これを脱がせば――これを脱がした先に――天使の聖域が――。

 私はついに――――天使の娘のパンツを脱がした。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 俺は愕然とした。愕然として、頭を真っ白にさせざるを得なかった。

「――――何で?」

 疑問が口に出た。

「何で――――穴がないんだ?」

 天使の股間に、穴はなかった。いや、正確には小便を出す穴はあった。しかし、陰茎を――俺の陰茎を挿入できるはずの穴が――俗にマンコと呼ばれる穴、膣が見当たらなかった。

「おい、おまえ。マンコは?マンコはどこにあるんだ?」

 俺は天使の娘に唾を飛ばしながら、怒鳴りつけるように問い質した。

 猿轡を噛まされた天使の娘は何も答えられず、ただ涙目で首を横に振るばかりだった。

「くそっ、どうなってんだ、こりゃっ!」

 俺が混乱して叫んだとき、「何してるんですかっ!」という女の大声が聞こえた。

 はっと声に聞こえた方を向けば、そこはこの部屋の窓がある方向だった。

 窓にはカーテンが閉めているはずだ。誰も覗いているはずは――。

 俺は「あっ」と唖然とした。カーテンに小さな隙間が開いていたのだ。

 俺としたことが、こんな凡ミスを――。

 俺は慌ててその窓に駆け寄り、カーテンを開けた。

 窓の外に、空を飛んで逃げるように遠ざかっていく女の天使の後ろ姿が見えた。

 俺はその場にへなへなと座り込んだ。天使に見られてしまった。あれが天使であることは、空を飛んでいることで明らかだった。というかこの部屋はアパートの三階にあるわけだから、部屋の中を覗くなら空を飛ぶしかないわけだが、何はともあれ――。

 これで、俺は通報されただろう。そして警察に逮捕される、確実に。

 今から逃げることも脳裏に過ったが、もう遅いだろう。今までは運よく逮捕されてこなかったが、これで犯人を取り逃がすほど、この国の警察は馬鹿ではない。

 一度捕まれば、過去の罪も芋づる式に出てくる。

 俺が巷を騒がせている『幼女連続強姦殺人事件』の犯人であることもすぐに判明するだろう。

 もう残された時間は僅かしかない。それならば、最後にやっておくべきことは――。

 俺は立ち上がって、再び床に転がる天使の娘の元へと戻った。

 そして俺は天使の娘の首を絞めた。強く絞めた。天使の娘は苦しくてまた暴れ始めた。天使の娘に何度殴られ、蹴られても、俺は首を絞める手を緩めなかった。

警察が俺を逮捕するためにこの部屋に押し入ってきたときには、天使の娘は死んでいた。

 そのときの俺はといえば、泣きながら天使の羽を毟り取って、食らっていたのだった。


 パトカーのサイレンの音が煩く鳴り響いていた。

 俺は両手に手錠をかけられ、警官たちに取り囲まれて乱暴に連行された。

 パトカーに乗る前に、天使の父親と母親と鉢合わせた。

 天使の母親は、地面に突っ伏して泣き崩れていた。

 一方で天使の父親は、涙を滲ませながら唇を噛み、拳を握り締めていた。

「何で――何であなたがこんなこと――」

「何でも何も、元々こういう人間だったんですよ、俺は」

「ずっと私の娘を狙ってたわけですか?私の娘を犯そうと――」

「えぇ、狙ってました。あの引っ越しの挨拶のときからずっと」

「演じてたわけですか?」

「そういうことになりますね」

「罪悪感はなかったんですか?」

「罪悪感があるんなら、こんな事件は起こしませんよ、常識的に考えて」

「悪魔ですね、あなた」

「天使にそう罵られるなら光栄ですよ」

 俺はぼんやり軽口を叩いて応答した。

 天使の父親はもう言うことがなくなったようなので、俺はパトカーに乗り込もうとした。

 しかし、その直前で一つ訊いておきたいことを思い出した。とても気になることだ。

 俺は天使の父親に訊ねた。

「あんたの娘、性器がなかったんだけどさ、あれ何で?あのせいで犯せなかったんだけど?」

 すると天使の父親は、呆れと怒りを綯い交ぜしたような声音で答えた。

「あなたは馬鹿な人ですね。天使は確かに地上では風俗店を営んでいます。でもね、天使は決して性行為をしない。性的な仕草にも応じない。精々下ネタに応じるくらいです。なぜかと思いますか?天使だからです。天使は悪魔と対になるように神様から作られた存在です。悪魔が邪悪な存在なら、天使は純潔な存在なんです。だから天使は人間や悪魔と違って、最小限の欲望だけで生きているように身体も精神も作られているんです。食事は質素で十分、睡眠も短くて十分、物欲は最小限、性欲もないに等しい。子供は神様の元でとある儀式をやって作り出す。つまりね、欲望の一番の象徴である性器は、天使には存在しないんですよ」

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天使のお隣さん すごろく @hayamaru001

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