フージッシ

 混乱した人格者。

 江藤・カルテマー。さすらいのプログラマー。国家の機密情報をアウトサイダーに渡すのが仕事。二重国籍者であり、書類偽造カルテルに協力者がいるらしい。その人物を江藤はDオルガナイズと呼んでいる。本来ならば相場として重要情報ひとつにつき、100万をくだらないが、情に動く人間らしい。性別は不明。男の格好もするし、女の格好もするという噂。近しい人物(もっとも、2、3度江藤に会ったことのある人物)によるとメジャーリーグのロイヤルズとサッカースペインリーグのバルセロナファンらしい。この好みは、いわば地縁か?それとも血縁か?と分かれるが、FBIの情報統括者によると、江藤に関しては気まぐれで、好みがころころ変わるとしか言えないそうだ。恋人は、マルテシア・九湖。アジアの大企業九湖グループ創業者の4子。彼らは、いわば世界の辺境で密かに落ち合っているらしい。しかし、マルテシアの身辺を洗っても素性のわからない人物と会っている形跡はない。江藤のもっとも狡猾なところは、過去を完全に消去したところにある。というより、世界の大物のほとんどが、江藤が実在する人物なのか?それとも、機密漏洩にたいするスケープゴートなのか?私はDオルガナイズという人物を探すために、台北に渡ったが、その人物は、すでにバチカンに出国していた。しかも、イギリス経由で。恐ろしい予測が現実のものとなりそうだ。世界に挑んでいるのが、誰か、私にはおぼろげながらわかってきた。当時新聞のニュースではカルテルの指導者元作(げんさ、チュアンヨン)の逮捕をやっていた。サミット(15国会議)は、江藤の抹殺を世界中に約束していたし、国家信奉者は、その宣言で安らかに眠れるだろう。けれど、多くの人たち(いわゆる覚醒者)にとって、江藤の存在は世界の変革を促す一つの媒体であった。江藤がどんなプログラムを作っているかは、密理院の情報に含まれるので、一般の人々には確認できない。というのも、これを知るのは、アルテドラルタワーに入った人物だけだ。その人物は、今世界で5人いる。バチカンからの情報は確からしい。ついに、法王が崩御された。次期法王が、決まるまでバチカンは手薄である。その間に江藤がはいりこむかもしれない。大量の豚肉がバチカンの宮殿に運ばれたと、友人のエーリッヒからきいて、いよいよ時がきたと知った。江藤の大好きな食べ物は肉だ。しかもブタ。江藤に言わせると、豚肉を食べると「ブタを叩いているときの快感を思い出す」らしい。ブタを撲殺でもしていたのだろうか?そういえば、江藤についての気になる情報がある。5人のタワーエンターの1人が江藤の小学校の同級生らしい。ドバイのガラクシア・パブリックスクール。並みいる強豪を押さえて、2314年度の国王杯を手にした驚きが記憶に新しいガラクシア校である。

 バチカンに江藤が現れた!!と情報屋バルンジに聞いた。私はバルンジの情報に基づき、バチカンの総本山に侵入した。捕まれば、ただではすまないだろう。ハエの飛ぶ音がする。美しい羽音だ。私がみたのは死体の山。ムクロの前で人影が、奇妙な動きをしている。まるで空間を泳いでいるようだ。平泳ぎからはじまり、背泳ぎ、バタフライ、そして、クロール。すると、ムクロ(いや、倒れていただけか?)が、蘇って、動きだした。魔術だ!!と私は思い、持っていた銃を人影にねらいを定めて、撃った。うちうち、うった。4発。命中は?人影は動き続ける。その瞬間、私は何者かに胸ぐらをつかまれ、放り投げられた。かなり恐ろしい緊張感が体にみなぎり、私は空中で姿勢を整えると、鍛えられた肉体(主に背中)を床にわざとうちつける。「ほう。受け身か」声は低い。だが、男か女かわからない。「誰だ!!」叫ぶと、腹に衝撃が走る。足で踏まれたと感じた。象に踏みつけられたほどの衝撃だ。口から昼食べたホットドッグが暴れでる。冷静に相手の位置をこのとき把握する。足は見えた。近い。つかむ。いや、つかんでいない。手が空をきる。続けざまに、声がドアの向こうから聞こえる。「おまえは誰だ?」さきほどと同じ声のようだが、自信がない。それほど相手の動きは速い。まさか・・・・・・。私はいやな感覚を味わう。江藤のプログラムとは・・・・・・。人間に対するプログラムなのか?ムクロたちは、すでに部屋を出て、どこか別の部屋へ向かっている。よく、顔を見ると枢機卿たちだ。「私はここにいる。仕事を果たすために」声が話し続ける。「人には運命ってものがある。使命ってものがある。俺はそれを知っている。そして、それを実行するだけだ。俺は俺のやるべきことをやる。誰かに聞いたんだ。誰かは忘れた。きっととても大切な人だ」私は、このドアの外にいる男さえ、江藤の操り人形にすぎないと知って愕然とする。「人間をかきかえたのか?」ありえない。人間は過去をもとにして、人格は時間の中に固定される。それが・・・・・・なぜだ!!時間?そうか!!わかったぞ!!江藤は時間を・・・・・・。そこで、思考がとぎれる。私の意識は遠のいていく。地球より遠く、月より遠く。元気な魚が飛び回る。魚が飛ぶとは何事だ!!気づくと、病院に寝ている。なんとなく、やることはわかっていた。なぜかはわからないが、やるべきことは決まっている。そうだ!!私は、アルテドラルタワーに行かなければならない。太平洋の上に浮かぶ空中の塔へ。船の旅では、誰もが私を邪魔しなかった。腕の良い船長が、私の勇気をかって、船の操縦をかってでてくれた。「おい!!あんた!!死に場所がほしいんだろ?」笑う女船長の名前は、ミランダ・シェーエルという。カナダのトロント出身で、フランス語と英語を話す。アメリカの西海岸で、船に魅せられて、以来世界中を船で巡っているらしい。そんな女に私が出会った奇跡。いや、これは、仕組まれているのか?不安がおそう。だが、使命は使命だ。私はやり遂げなければならない。「おかしいね。このあたりまでくれば、もう警備艇に見つかるはずだけどね」ミランダは赤い唇をかんだ。私にはわかっていた。彼女には、タワーに上陸する勇気はないし、私を本気で空中の塔にあげる気もないのだ。だが、予想外に彼女は言い放った。「すでに上にあがる準備はしているよ。人間射出機を買ってあるんだ。空に打ち出されて、楽しんでたけど、これを使えば・・・・・・」私はお礼を言って、空に浮かぶ島をにらむ。「いくぞ!!」パラシュートを身につけて、機械に乗る。ものすごい音がして、鼓膜がどうにかなりそうだった。その次に気付くと私は、空の上を落ちていた。パラシュートを開き、動かして、タワーの下の陸地にたどり着いた。

 塔の周りを歩いてみると、巨大な睡蓮が咲いている。しかも、塔の周りをぐるっと囲んでいるのだ。「おい」誰かの声がした。私は振り向いた。誰もいない。そのまま、途方に暮れて座りこむ。「おい」また声がした。やはり、誰もいない。とうとう、私の使命は終わりを継げるのか。死のうと思った。もう、他にやることはない。「おい!!花だよ!!睡蓮だよ!!」改めて、巨大な睡蓮を見ると、そこから声が聞こえる。「どこにいる!!出てこい!」誰も出てこない。「睡蓮がしゃべっているんだがな」私はありえない現象に、ついに私は気が触れたか、と思わずにいられない。それでも、睡蓮と話してみることにした。「やあ」私は睡蓮に挨拶をする。なんだかへんてこだ。睡蓮に挨拶なんて。でも、花に話しかける人もいるから、そうでもないかな、と思い直す。


「やあ。よく来たね。久しぶりだね」


 私は睡蓮の言っていることが、よくわからない。久しぶりだって??どこかで、私はこの花に会っていたのか?いくら記憶をたどっても、ない。ナイナイ。疑問がありすぎて、なにから話せばいいのか、混乱している。少し整理してみる。花はしゃべるか?しゃべらなかったような・・・・・・。でも、わからないな。だって、現に話しているんだ。「お名前は?」聞いてみると、一陣の風が吹いて、睡蓮は揺れた。


「寒いな。名前だって?君が私を忘れるなんて、ありえない。そうだ。私を試しているんだね?それも道理だ。いろんなことが壊れてきているから。この世界だって、どうなるか・・・・・・。嘆かわしいよね」


 私はますます混乱する。睡蓮は、私とかなり近しい関係だというニュアンス。それに、いろんなことが壊れてきているだって?確かに、花がしゃべるなんて・・・・・・。いや、そうでもないのかな?どうだったか?なにか昔話では動物がしゃべることもあったな。つまり、昔は動物はしゃべっていたなら、植物だってしゃべってもいいか?考えるが、次にどんな言葉を紡げばいいのか、わからずに、結局黙ってしまう。


「フージッシさ。君の親友のね。アルミテドラルのフージッシ。アルテドラルってみんなは言うけど、この地はもともといアルミテドラルなんだぜ。それを、勝手にあいつらが・・・・・・。わかってくれるよね?」

 

 睡蓮は、悲しげに言う。表情はないが、少し花が垂れたように見えた。私はどこか遠いどこかで、この感情を聞いた気がした。あれは・・・・・・。20年前。


 ユカ。13才の女の子。妹だった。おっちょこちょいで、元気で、優しい妹。ゴキブリの命を奪うこともできずに、母によく怒られていた。元気で、よく障子を壊していた。おっちょこちょいでよく忘れ物をしていた。特に帽子をよくいろんなところに忘れたな。ああ、、思い出してきた。ユカ。あの笑顔。ユカ。あの声。ユカ。あの涙。涙?そうだ。ユカが泣いている。どうしたユカ?聞いても答えない。ユカは沈黙している。沈黙しているだけでなく、上の空だ。「何があったんだ?」「兄さんに話してみろ」ユカはその日からしゃべらなくなった。まさか!!


 私は追憶から逃れて、現在に戻ってくる。「ユカを知っているのか?」


「ねえ、人間って不思議な生き物と思わない?ユカだって、リカだって、ミカだって同じ人間なのに、同じかわいい女の子なのに、どうして、こんなに違うんだろうね。もちろん、君にとってという意味さ。君にとってユカは特別だ。異論はないね?だから、私の声がユカに聞こえるんだろうね。君はやはりいつもの君ではないようだね。一体、何が不動の一者である君を変えてしまったのか、興味深いところだね。君の中になにか入りこんだかな?答えを言えば、君のユカは知らないけれども、君が誰だったかは、いえるよ」


 私はこの時、恐怖とともに、”私”が現れてくるのを感じた。奥底から熱い息が胎動しているようだ。マグマが地下から噴火しそうだ。少しずつ私の前に表れてくる”それ”は、勇気をもっている。そして、怒りももっている。世界にたいする怒りだ。「フージッシ。番人の仕事は飽きたか?」誰の声?私だ。


「戻ったね。エトゥー。君が誇らしいよ。いつだって、完璧さ」

「完璧なものなどない。万人にとっても、そして、番人であるお前にとってもな」

「いいさ。君はいつだって、謙虚なんだよね。知っているよ」

「フージッシ。人間の意識改革は進みつつある。」

「だろうね。君は何だってやると決めたらやるんだから。それにしても、体はどうしたの?」

「ああ。それなら、少し不都合が起きたんだがな・・・・・・。実は宇宙にある」

「宇宙のどこ?」

「月だ」

「どうしようもないね」

「まあ、いいさ。俺は人間さえいれば、媒介できるんだからな」

「ふふふ。生物さえいればだろ?僕らは2人で1人なんだからね」

「誓約は覚えているさ。さあ、出てこいよ。フージッシ」


 睡蓮の花弁から、1人の女が出てくる。年の頃は30はこえていそうだが、シワひとつない。柔らかな黄金を身にまとい、呪印のかかれたベストを着ている。にこやかに笑い、あくび

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