発足-アクティビティ-

 カラオケに来るのは、今回が人生初。以前星良に誘われたことはあったが、その時は丁重に断った。

 なんでわざわざ、お金を払って人前で歌うだなんて罰ゲームをするんだろう。その感性が、当時の私にとっては不思議だった。

 いや。今の私にとっても、その感性は変わっていない。賑やかそうな人々が出入りしている様を見ると、頭が痛くなる。


「先に二人共部屋に入ってるみたいだねー。とりあえず、グラスだけ貰ってくるね」


 先の二人。内一人は、"怠惰レイジー"の少女なのだろうが、もう一人は誰なのだろうか。

 ……大剣の少女も、片手剣の少女も、違う気がする。となると、残された二つの枠のどちらか、か。


 手渡されたグラスに、とりあえずアップルジュースを注ぐ。フリータイムで、ドリンクバーがついているようだ。

 高峰が、そのまま先導していって個室のドアを開ける。


「ん、いらっしゃい」

「どうも、こんにちわ」

「待たせちゃった?」

「べーつーにー? 私達も来てすぐだから、ちょうどいいんじゃない?」


 小さめの個室には、既に二人の先客が居た。

 ソファで思いっきり寛いでいる、髪を片方結い上げた少女と、対照的に大人しく座って微笑んでいる少女。

 そのどちらとも、見覚えのあるうちの生徒だった。


「ああ。高峰さんがおっしゃっていた方って、以前、会議の時にお会いした方だったんですね」

「そっか。あの場に雫ちゃんもいたんだっけ?」

「ええ。改めまして、一年のひいらぎ しずくと申します」

「何? 私だけ蚊帳かやの外なんだけど。あんたら三人共既に知り合いってこと?」


 ソファから起き上がってきた少女が、さも珍しいものを見るかのような視線で私を見る。

 確かに。この空間において、私は明らかに浮いている。居心地の悪さは、既に臨界点だ。


「可奈子ちゃんは、初対面なんだね」

「……ねえ、"暴食" てことは、その子が」

「そう。この前、私が負けた子。ま、僅差だったんだけどね、ほんとギリギリ」


 ふうん、と。まるで品定めをするように、可奈子――星良が言っていた。確か……


雨宮可奈子あまみやかなこ。私も一年よ、よろしく」


 掌をプラプラさせながら、雨宮も挨拶をした。

 ああ。以前、生徒会長に説教されていた生徒だったか。


「そういえばさ。悠里ちゃんって何年生なの?」

「え……に、二年、です……」

「ってことは、あたしらの先輩なんだ」

「そうだね」

「私にとっちゃ後輩だね。ということは、これで全学年制覇ってことなのかな?」


 高峰梨華が三年生。柊雫と、雨宮可奈子は一年生。そして、私が二年生ということだ。


「と、いうわけでうちのルーキー、浜渦悠里ちゃんの歓迎会と行きましょうかね」

「そしてそのルーキーに惨敗した偉大なる副生徒会長の慰労会も」

「おい」


 ドスの利いた声で高峰が雨宮にツッコミを入れる。


「惨敗じゃなくて惜敗。あと一歩のところがなければ私が勝ってたんだから」

「結果が全てよ。ま、負け犬の遠吠えも嫌いじゃないけどね」

「ぐぬぬぬ……」


 ……新入生と、最上級生。ましてや、副生徒会長との会話には到底見えない。

 上級生相手に一歩も引かない態度。正に、不遜。一歩間違えれば、無礼とも取れるほど。


「……えっと、でも、雨宮さんって……」

「ああ。この前遭ったでしょ?」

「……"怠惰"?」

「なによ。学年と階級が上だからといって、この実力主義社会で、私に勝ったつもりになるのはまだ早いんだからね」


 ふふん、と勝ち誇るような顔で雨宮は言った。

 一体、何を競っていたのかは不明だが。


「……それじゃ、柊さんは……」

「私ですか? ふふっ。当ててみてください」


 柊雫は、飲み物のコップを両手で持ちながらにこやかに微笑んでみせた。

 なんだろう。他の二人とはかなりタイプが違う。その分、逆に表情が読めない不気味さがある。


「そっか。悠里ちゃんは雫ちゃんの階級知らないのか。それは、今度の夜のお楽しみにしておいたほうがいいかもね」

「確かに。それには賛成するわ」


 悪巧み全開の含み笑い。

 そして、自分のことのはずなのに柊は意に介さずニコニコしている。


「それじゃ、まずは色々決めなきゃならないことがあるんだけど……とりあえず、同好会の名前を決めないとね」


 と言って、高峰がペンとノートを取り出す。

 ページには「第一回 作戦会議」などという見出しが書かれていた。

 ……第二回もあるのだろうか。


「ま、とりあえず。部活申請は当然却下されるから同好会名義なんだけど、同好会も一応学校に申請を出すことが出来るの。とはいえ、深夜に抜け出して化物とドンパチする同好会だなんて言ったら確実に生徒会長に吹っ飛ばされるから……」

「うげぇ……ってか、あんな生徒会長とよく一緒にやってけるわよね……」

「リンリンのこと? 意外と面白い子だよ」

「どこが!」


 リンリンというのは、生徒会長の財前凛のことなのだろう。

 その名前自体が心的外傷トラウマを抉ったのか、雨宮が勢い良く机を両手で叩く。

 生徒会長と副生徒会長。どういった経緯で選ばれたのか、立候補したのかは知らないが、あの堅物のことを「面白い」と評することができるということは、付き合いが長いのだろうか。

 尋ねるつもりはなかった。私は静かに、コップの中のジュースで唇を湿らせる。


「どうせ公にできないのですから、もう「裏部活」とかでいいんじゃないでしょうか? 高峰さん、よく部長だとか口を滑らせてるじゃないですか」

「それもそっか。別に、非公式なんだから適当に名乗ればいいんだものね」


 柊の提案に、高峰がなるほど、と頷く。

 確かに。同好会というには、活動内容はいささか過激すぎる。

 その意味では、部活動のほうがしっくり来る気はする。この場合、運動部の範疇はんちゅうに収まるのかどうかは疑問ではあるが。


「と、してだ。我々の部活の名称をどうしたものか、諸君らの意見を聞きたい。

「うーん……シェイド討伐部、とかどうですか?」

「まあ、外れてはないけどもうちょっと欲張りたいかなぁ」

「どうせなら、スペシャルでキュートな感じの? そんな名前がいいなぁ~」


 三人があーだこーだと、盛り上がりを見せる。

 やたら長い名前だったり、横文字がずらずら続いていたり、猛烈に厨二病テイストだったり。

 多種多様なアイデアが飛び交うが、どれもこれも没になっていた。

 安直すぎてもつまらない。奇をてらいすぎてもダメ。誰かの意見に、誰かがダメ出しをする展開が続く。

 気付いたら、コップの中のジュースも半分近くにまで減っていた。


「おーい。そういえば、さっきから発言してない浜渦!」

「ひゃいっ!?」


 高峰に突然名前を呼ばれて、思わず変な声が漏れた。

 手に持っていたコップをひっくり返さなかったのは、本日最大のファインプレーだったに違いない。


「え……な、名前とか……」

「その意見一つで今後一年の活動が決まるから、よく考えて発言するように」


 高峰の、顔が近い。

 会議の長のようにいかめしい顔つきで、こちらにとんでもない重圧プレッシャーをかけてくる。

 ただでさえ低速回転の自分の脳を、急速に運転させる。だが、いくらアクセルを踏み込んでも空回りを続けるだけだ。やがて熱暴走し、煙を吹き始める。

 あれやこれやと。必死に名前らしい名前を検索する。が、どれもこれも口に出せるようなものではない。

 ああ、もう、なるようになってしまえ。


「……し、深夜特務活動部……とか……?」


 正に無難な回答。

 場の雰囲気を破壊せず、かといって自身の人格を疑われることもないような、当たり障りのない提案。

 何が特務活動なのか、というツッコミはさておいて。特別とか、特殊とか、そういった単語はなんとなくそれっぽさがあると思ったのだ。


 そして訪れる、静寂。

 三人が、私の提案内容を評定するように、各々顎に指を当ててみたり、天井を見上げたり、腕を組んだりしている。

 ああもう。なんでこんなところに来てまではずかしめを受けなくてはならないのか。


「いーんじゃない? なんかそれっぽいと思うけど」

「そうですね。ありだと思いますよ、私は」

「お、賛成多数かな? これは」

「え?」


 思わず顔が引きつる。

 高峰が持ってきたノートに、先程私が提案した名前が、大きく刻まれる。


「それじゃ、深夜特務活動部の結成を祝って!」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 思わず高峰を制止する。


「どして? いいじゃん。深夜特務活動部」

「べ、別の名前があるじゃないですか……!」

「諦めたほうがいいと思いますよーせんぱーい」

「ふふっ。私は、いい名前だと思いますよ」


 なんということだ。

 私には今後一年間、この名前のろいが付いて回るということなのか。

 なんて、不条理。とんだ課外罰ゲームだ。


「まあまあ。まずは、乾杯でもしよ?」


 高峰がコップを掲げる。

 あわせるようにして、雨宮と柊もコップを掲げる。

 ……私にも、やれ。という視線が二名ほどから伝わってくる。

 中身が半分以下しか残っていないコップを、緩やかに掲げる。


「乾杯!」


 チン、と。硝子がぶつかる音が、狭い部屋に鳴り響いた。

 そして私は、半分だけ残っていた中身を一気に飲み干して、どうしてこうなった、と頭を抱えこんだ。

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