外伝Ⅰ第8話「汽笛」
ヒュイィィ、ヒュイィィ、ヒュイィィィィィーー
「今、何か聞こえなかったか?」
「いえ、何も」
ピーーーー、ピーーーー、ピィィィーーーーーー
「「「これは汽笛の音」」」
長崎、白矢、岡部の3人は同時に声を上げた。確かに聞こえた、汽笛の音が。
その直後、列車の横を黒い影が高速で通過していく。黒い凸型の車体、黄色い帯、車体には大きく「NRSAT」と刻まれている。
「おーい、誰がいるのか知らねえが大丈夫かー」
機関車の運転台から白髪交じりの老機関士が顔を出す。
「こちら特急「フラノラベンダーエクスプレス4号」です。救援ですか?」
「おうよ、後ろの機関車に公安隊のねーちゃんたちと整備士がいる。次の江別駅で上り線に入るからもう少し待っとけ」
そう言うと機関車はさらに加速していった。後ろには機関車が2両繋がっており3両の凸型機関車がフルパワーで加速しているようだ。2本の列車は江別駅手前のカーブを曲がり江別駅を高速で通過する。
江別駅先のポイントで三重連の機関車は、長崎の乗る列車の前に姿を現す。速度をこちらに合わせるように減速し、最後部の機関車からは女性公安隊員と男性機動隊員2名がデッキに出てきた。女性公安隊員はダークブラウンのストレートヘアーで、今にも折れそうな細い体つきだった。対照に男性の機動隊員は防具を身に着けた屈強な中年の雰囲気だ。機動隊員は連結器カバーにチェーンを投げる。恐らく磁石なのだろう、連結器カバーに貼りつきそれを引っ張る。なかなか動かない。女性公安隊員が作業を中断させ、打ち合わせをしている。ガラス越しのため会話の内容は全く聞こえてこない。
女性公安隊員はホルスターから銃を取り出し、連結器カバーに照準を合わせる。細い体には不釣り合いなほどに大きな公安隊の回転式拳銃を構える姿は、長崎の目にも映画のワンシーンのように映った。女性公安隊員は引き金を引く。
ダアーーン!
連結器カバーの留め具を打ち抜き、男性機動隊員が鎖を全力で引く。こうして連結器を塞ぐものは無くなった。女性公安隊員は機関士に合図を送る。
機関車は更に速度を落とし、こちらの列車に迫った。3m、2m、1m、2本の列車は距離を縮めていく。
ドン、ガシャンッ
機関車の連結器はこちらの連結器とぶつかり、しっかりと列車が繋がる音が響く。一連の流れを長崎と白矢、岡部はただ眺めるのみだった。
女性公安隊員はこちらに退避の合図を送る。乗務員室から離れると、男性機動隊員がどこから持ち出してきたのかハンマーを使ってガラスを叩き割る。機関車のデッキと列車のガラスの間にロープを張り、即席の通路を作り上げたのだった。
「初めまして、札幌中央鉄道公安室の宮原です。東京中央鉄道公安室の長崎さんですね、この度は列車の奪還ありがとうございました。札幌鉄道管理局全職員に代わりましてお礼させていただきます」
「初めまして、こちらこそ加世田運転士に逃げられたりとツメの甘さが目立つばかりで申し訳ない」
「いえいえ、そんなことはありません。元はと言えばこちらの警備の不手際です。先程の機関車三重連で列車を強制的に止めます。お客様には座席についてもらうようアナウンスをします。また、整備士も連れてきました。このまま停車してからも安全に走行できるように応急処置してもらいます」
「砂川鉄道の整備士、白矢です。僕も応急処置に加わります」
「砂川鉄道の整備士の方もいらしていたのですか、それは頼もしいです。よろしくお願いします」
男性機動隊員の手助けを借りながら、整備士が2名車内に乗り込んできた。白矢は國鉄の整備士に現状を報告しながら作業に取り掛かった。
『お客様にご案内いたします。列車は次の白石駅に臨時停車します、安全のためにお座席についていただくようお願い申し上げます。白石駅では安全が確認でき次第、隣のホームに代わりの列車をご用意いたしますのでしばらくお待ちください』
車内放送を行い、乗客からは安堵の声が漏れた。
マスコンも切られて客車と化した特急「フラノラベンダーエクスプレス4号」は、白石駅3番線に無事停車した。乗客からは歓声が聞こえ、長崎は安堵で力が抜ける。
「お疲れ様でした。私たちも代替の列車で札幌駅の管理局に向かいましょう」
代替の列車には國鉄が誇る函館本線のスプリンター785系電車が使われた。特急「フラノラベンダーエクスプレス4号」の乗客や長崎たちを乗せて、札幌駅へと到着した。時刻は19時20分、通常より速い速度で走っていたことから代替の手配を含めて30分ほどの遅れで済んだことには驚いた。しかし、お客様には大変なご迷惑と不安をかけたことは國鉄としても謝罪を尽くさねばならばならない。
長崎と白矢、車掌の新町とRJの犯人グループ4名は札幌鉄道管理局へと送られた。逃げ出した加世田も岩見沢駅の機動隊員に捕捉されたという。しかし、RJの女性構成員宇佐は見張りの機動隊員を気絶させ、2号車のトイレから姿をくらましていたらしい。
こうして、後に『特急「フラノラベンダーエクスプレス4号」ジャック事件』と呼ばれることになる國鉄列車のジャック事件は幕を閉じたのであった。
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