番外編Ⅰ「晴れ舞台」(完結済)

番外編Ⅰ第1話「トマムサホロエクスプレス」

特急「フラノラベンダーエクスプレス4号」ジャック事件から1年近く経っただろうか、アブラゼミの鳴き声が聞こえ始めた初夏の朝、白矢が恐れていたことがついに決定してしまった。正直、國鉄との話し合いに暗雲が立ち込めているのは、経営陣と無関係の白矢にもわかっていた。このような結果になることが妥当だということも理解していた。正式な決定があるまで考えたくなかったのは、あくまで白矢の個人的な気持ちの問題だ。


砂川機関区の裏手には、北の大地の景色にオレンジのアクセントを添えていただろう車両の姿があった。ここに留置されてから少なくとも半年は経つ。雪のように美しい白にも赤茶けた錆が浮かび、足周りには緑が侵食していた。件の事件で大きく破損した展望部分には、シルバーのシートがかけられている。この有り様を見れば、誰もがこの車の運命を悟るだろう。案の定、その予想には反さなかった。 白矢にとっては、展望部分の大きな傷も含め、あまりにも思い入れがありすぎた。窓ガラスを粉々に破り、車両に突入してきた女性の姿も鮮明に覚えている。鉄道車両に思い入れを持つのは悪いことではない。しかし、人々の輸送のための機械に過ぎないのも事実だ。使命を終えたと判断されてしまったら、解体するか手放すしかない。砂川機関区の裏手、通称「廃車置き場」、ここに送られた車両は遅かれ早かれ運命を受け入れる事になる。


「なんだかなぁ……」


白矢の口からは諦めとも、悔しさとも取れる呟きが洩れる。会社からすれば車両はあくまで商売道具だ。だが、現場では愛着が湧くこともしばしばある。毎日顔を付き合わせる同僚と同じようなものだ。そんな車両が1週間もしないうちに解体されることになったのが、白矢にはあまりにも無念だった。少しずつ劣化の進む車体を、白矢は撫でた。


「白矢君、キハ83・84形通称「トマムサホロエクスプレス」を解体することが、上の会議で決定したよ。國鉄から譲渡を受けて殆ど使ってない中間車も含め、解体場所に送っておいてくれ。君には辛いかも知れないが、上の決定だし仕方がない。せめて最後に君が看取ってやりなさい」


車両整備課の課長である田辺にこう言われ、動かすことになった。入換機を操り、最後まで動いていた3両、シートを被り國鉄からの譲渡以来もて余していた2両も同様に解体線へと移動させる。解体線は「廃車置き場」とは違い、線路の隣に舗装された道路が並走している。もちろん、解体後に残骸を即座にトラックに積んで廃棄するためだ。 自分自身でここに車両を送るのは初めてではないが、どことなく自分が死神のように思え、いい気分ではない。そう考えつつも白矢は速やかに仕事を済ませた。

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