外伝Ⅰ第6話「岩見沢停車、定刻通り?」

「お、伊集院帰ってきたか。かなりドタバタやってたみたいだけど、敵は倒せたのか」


 高田は乗務員室から階段を登ってくる。


「敵は一人だったのか?」


「いやー、それがですね……」


「歯切れが悪いな、まさか取り逃がしたんじゃないだろうな?」


「高田というのはやはり君か」


伊集院の後ろから長崎が現れる。


「やっぱり、富良野駅のオッサンか。さっきはまともに殺り合えなかったからな、今度は容赦なくいかせてもらうぜ」


そう言い放つとナイフを長崎に向けて投げる。流石に手加減なしの攻撃に長崎も驚いたが、伊集院を座席に投げ飛ばし、自分も反対の座席に退避した。容赦なくナイフを投げられると乗客に被害が出る可能性がある。迂闊に動けなくなってしまった。


「そもそも俺は素手で戦うタイプじゃないんすよ」


高田が投げたナイフは放物線を描きながら、長崎の頭上をかすめるようにして車内の壁に刺さった。


「オッサン、早く出てこないと他の人にも被害が出るぜ~大人しく投降したほうがいいんじゃないの~」


乗客を人質に高田は煽りを入れる。車内には巻き込まれた乗客の悲鳴が響き渡る。今度こそ万事休すか。


「巻き込まれている乗客を人質にとるのは倫理的にどうかと思うが」


「そもそも列車自体が人質なんだから、そこに大きな差はないと思うんすよね~」


高田は形勢が有利になったためか、かなり余裕そうな口ぶりだ。


「長引かれると困っちゃうので、適当にナイフ投げちゃいますか~」


流石にマズい、長崎は立ち上がった。


「わかった、わかった、降伏しよう」


「わかればいいんですよ、大人しくするなら危害は加えませんって」


長崎は賭けに出た。手を挙げるフリをしながら、さっき刺さったナイフを引き抜きそのまま投げる。


「なっ」


高田もそれに応じるようにナイフを投げた。二つのナイフは車両の中心で衝突。一つは床にもう一つは天井に刺さる。恐ろしいナイフ投げの精度だった。


長崎はその間にも通路を駆け抜ける。高田は次のナイフに手をやり、再び投げる。回転運動をしたナイフは長崎めがけて正確に飛んでくる。長崎は伊集院から回収したダガーを駆使し、ナイフを正確に撃ち落とす。超人同士の戦いが繰り広げられた。


「チクショウ、オッサン本当に一般人か」


ここまで正確に防がれると思って無かった高田は声を荒げる。3本ほどナイフを撃ち落としたところで、高田との距離は3mを切った。ここで投げられたら軌道を予測するのが難しい。しかし、長崎の方にツキが回ってきた。次のナイフを投げる高田の手は空を切る。


「は?」


怒りに任せてナイフを投げすぎた高田は、自分の球数を考えていなかったらしい。飛び上がった長崎は高田の上半身に横蹴りを食らわせる。高田の体は右側に思いっきり吹き飛び、乗務員室扉へと衝突した。直前まで怯えていた乗客たちからは歓声が上がる。


想定外の衝撃を受けた高田は完全に気を失っていた。高田を拘束し、運転士に声をかける。


「お怪我はありませんか?東京中央鉄道公安室の長崎です」


「え、あ、はい。大丈夫です。札幌鉄道管理局の運転士、加世田です」


「次の岩見沢駅で予定通り停車してください。管理局には今から連絡をいれます」


「わ、わかりました」


長崎の名前を聞いたときに、運転士の声は裏返っていた。恐らく神経をすり減らしていたのだろう。長崎は列車無線を使い、管理局へと連絡する。


「東京中央鉄道公安室の長崎です。特急「フラノラベンダーエクスプレス4号」はRJの襲撃により一時的にジャックされていましたが、現時刻18時12分をもって奪還しました」


『こちら札幌鉄道管理局、車掌の新町から事情は多少なりとも伺っている。また、犯人から脅迫の連絡も管理局宛に来ていた、列車奪還に感謝する。岩見沢駅に鉄道公安隊の応援を送った、犯人の引き渡し並びに乗客の安全確保を行う。協力よろしく頼む』


「承知しました」


長崎が連絡を終える頃には列車はカーブを曲がり、岩見沢駅の目前まで迫っていた。


火災で焼失し、再建されたという真新しいガラス張りの駅舎が見え始める。18時15分、特急「フラノラベンダーエクスプレス4号」は定刻通りに岩見沢駅に停車した。


ホームには鉄道公安隊や駅員が集まっている。加世田運転士は乗務員扉を開けて列車側面を確認、客用扉を開いた。どんな状況でも冷静に動作をこなす鉄道マンの鑑だ。


客用扉から数人の公安隊が車内に入り込む。長崎も乗務員室を離れ、乗客に事情説明することにした。


その時だった、加世田がブレーキを解除し、マスコンを全速に入れる。列車は気味の悪い挙動をしながら、再び走り始めた。その上、加世田は非常用ハンマーを取り出し、運転装置も保安装置も破壊。乗務員室扉から飛び降り、ホームに転がっていった。


流石の長崎も何が起きたのか理解できず、その光景をただ立ち尽くして眺めるのみだった。乗客は世界の終わりを見るような顔で泣きあう。列車は岩見沢駅を発車し、速度の制御も効かないままに走り出す。まさに地獄のような有り様だ。

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