外伝Ⅰ第5話「車内格闘、走り続ける列車」

静まり返った車内、走り続ける「フラノラベンダーエクスプレス4号」、長崎は身動きもとれないまま、車内の中央付近に立ち尽くしていた。


「乗客もオジサマも思ったより聞き分けがいいのね。さっきの車内放送で自分たちの立場が理解できたのかしら」


聞こえるのは宇佐という女性の声だけだ。


「君たちはRJだとさっきの放送で言っていたな。各地で列車妨害を行っているグループの仲間という事か」


「そうよ、でも違う。東京の連中はビラ配りや列車妨害で分割民営化が成されると思っているようだけど、私たちの派閥はそれでは無理だと考えているわ」


「ある意味では過激派という事か」


「失礼なオジサマね。国東、私が見ているから拘束して喋れないようにしなさい」


「了解。ほら、手を後ろに回すんだよ」


犯人グループの正体は掴めたが、今の長崎には何もすることが出来ない。国東がナイフを下ろして拘束具を取り出す。その時だった、ドサッという鈍い音がしたのは。


背後にいた国東と名乗る男は、長崎に寄りかかるように倒れる。乗務員室の宇佐も咄嗟のことで反応が遅れた。長崎は通路を一直線に走り抜ける。


「何が起きたの」


宇佐は慌てて通路を駆け抜けてくる長崎に照準を合わせようとする。


ボォーーーーーッ


突然予想もしない大きな音が車外から聞こえてきた。宇佐は驚き、照準が定まらないままに発砲。銃弾の軌道は長崎をかすめるどころか、大きく外れて列車の天井にめり込む。長崎はそのまま加速し、一段低い乗務員室へと飛び降りる。助走と重力分の加速度を持った長崎の巨体が、宇佐の頭上へと迫る。対応できなくなった宇佐は車掌を離し回避を試みるが、長崎の足が拳銃を蹴り落とす。そして、そのままの速度で長崎が落ちてきた。あまりの衝撃に宇佐の細い体は耐え切れずにノックアウト、宇佐は動かなくなった。


着地した長崎は周囲を確認する。乗務員室から線路を眺めると、列車は美唄駅を通過しているところだった。空には煙が上っていて、東側に広がるヤードにはSLが見える。


「やはり、蒸気機関車の音か」


「そうですよ、今日は美唄駅でSLフェスタをやっている日ですから」


背後から若い男の声が聞こえてきた。しまった、まだ敵が。長崎は咄嗟に振り向く。そこには金属の工具を持った整備士然とした青年が立っていた。


「君は、、RJではないようだね……?」


「あ、はい。砂川鉄道の白矢と申します。先程の車内放送で状況を把握して様子を見に来たら、刃物を持った人に拘束されているのが見えました。少し陰から様子を伺っていたのですが、隙を見せた瞬間に援護しました。ご迷惑だったでしょうか?」


「いやいや、本当に助かった。SLの音も計算通りだったのかい?」


「あれは偶然です。もちろん、今日がイベントの日なのは把握していましたが」


「なるほど、私は東京中央鉄道公安室第三警備班の長崎だ。助けてくれてありがとう、犯人を拘束するのを手伝ってくれないか?」


「わかりました」


白矢と協力し、宇佐、別府、国東の3名の拘束を行う。国東は小柄でメガネをかけた鼠のような顔をした男だった。


「あの……」


「これは失礼しました。お怪我はありませんか」


「私は幸いにも怪我無く済みました。助けていただきありがとうございます。國鉄札幌鉄道管理局の新町です」


車掌の新町も危害を加えられた様子もなく安心した。ただ、顔には相応の疲れが見られる。普通は乗務していて銃口を向けられることはないので、当然といえば当然だ。


「新町さん、私は今から3号車の奪還に向かいます。新町さんは管理局の方に応援要請してもらえないでしょうか?そうですね、出来ることなら次の岩見沢駅までにはケリをつけたいところです」


「わかりました、管理局へ連絡します」


車掌の新町に連絡と1号車は任せることにした。


「乗客の皆様、1号車は奪還しましたが、まだ何があるかわかりません。もう少しだけパニックを起こさずに、座席についていただけないでしょうか。私は鉄道公安官です、皆様の安全を取り戻すために外の鉄道公安隊も動いてくれるでしょう。もう少しだけお待ちください」


乗客に説明し白矢と共に犯人を2号車と1号車のトイレに移すことにした。


「白矢君だったかな、君も危険な目に合わせるわけにはいかない。ここで犯人を見張っていてくれないだろうか」


「わかりました。お気をつけてください」


別府と国東は1号車、宇佐は2号車のトイレに収容し、見張りを白矢に任せて2号車に向かう。2号車の乗客は国東の言う通り大人しくしていた。ただ一つの誤算は砂川鉄道の整備士が車内に居たことだろう。事情を説明しながら3号車へと向かう。


貫通扉をくぐったところで中肉中背、短い金髪の男と出会った。あちらも想定外だったようで狼狽するが、すぐに覚悟を決めて飛びかかってきた。手には別府と同じくダガーが握られている。低姿勢でダガーを前に持ち、長崎の体を突き刺すように向かってくる。刃が長崎を貫く直前、長崎は客用扉のある右側に回避。男はそのままの勢いで2号車の方向へ進む。後頭部に手刀を打ち込み、ダガーを取り落としたところで背後から足を刈り、男は顔面から地面に叩きつけられた。長崎は腕を抑え込み自由を奪う。


「君たちは何人グループで乗り込んだんだ」


「言うかよオッサン」


腕をひねり上げ、男の痛みは増す。


「わかった。わかったから話せって。5人だよ」


「宇佐と名乗る女と国東という小柄な男、別府という巨漢、この3人と会ったから君を含めて4人か。残りはあの金髪ロングの兄ちゃんだな」


「高田さんは俺と違って簡単にはやられないぜ」


「あの兄ちゃんは高田というのか、君はなんて言うんだ」


「伊集院だよ、チクショウ」


伊集院と名乗る男はそこで話すのをやめた。男が身に着けていた拘束具で手を拘束して、共に3号車への階段を登ることにした。

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