異世界管理局~スター・バックス捜査官の捜査録~
大福介山
序章
第1話 託された豆/猫王との出会い
俺はバークス・シュテルン。
コーヒー栽培を生業とし、コーヒー産業で資産を築いた億万長者ワンダー・レッド・シュテルンの息子だ。世間ではシュテルン社の御曹司と呼ばれているな。
いつもコーヒー片手に遊び回っていた。色々問題も起こしては世間を騒がせていた。
そう、今にして思えば随分と馬鹿をやっていた。
そんな俺の人生が一変した。数年前の海難事故によって。
父と恋人を失い、海で漂流し続けた末に辿り着いたのは、まるで周りから隔離されたかのように不自然な雰囲気が流れる孤島。
俺はそこで生き延びた。故郷へ、家族のもとへ帰ることをひたすら望み続けながら。島での天国と地獄の様なサバイバル暮らしは自分が持っていた価値観も常識も何もかも変えた。
島の一角に築いたアジトから、島に辿り着いて以来日課としている海の観察をしていた。そして、ようやく待ちに待った船が通りかかった。
予め仕掛けておいたサインに気付いた船は島に接近。船員たちに発見してもらい、俺は無事に救出された。
――――……――――……――――……――――……――――……――――……
時刻は夜。億万長者の御曹司であるバークス・シュテルンは恋仲のモカ・エトワールと船内の部屋で酒を飲み交わしていた。
「外は大荒れね。雷も近かったわよ」
「大丈夫だよモカ。沈みはしないって。この船頑丈だし」
「それにしてもいいのかな~?」
「なにがだい?」
モカははだけた黒い下着姿をバークスに見せびらかしつつ目線で誘う。
「お姉ちゃんにバレたらやばいんじゃない?」
「それこそコーヒー豆のように磨り潰されるかもな?」
モカの誘いに乗り、彼女の上に覆いかぶさり口と口を密着させて唾液を下で絡ませ合う。互いに悪戯な笑みを零した。
しかし、突如船が激しい軋みを上げて上下左右に揺さぶられ、天井と床がひっくり返る。轟音が響いたかと思うと、船内に海水が流れ込み、寒さと冷たさが一気に身体を襲う。外は豪雨が吹き荒れる嵐で海も激しく波打っている。
「バークス!!」
「モカ!!」
自分の名を必死に叫んだ彼女の手を取る。お互い離さないようにしっかりと握り合う。何かに掴まってないとあっという間に外に放り出されてしまう。
しかし、激しい揺れと侵入してくる大量の海水により2人の体力が徐々に奪われる。そして、船体が一際激しく一回転。壁に激しく叩きつけられ船は真っ二つに分かれた。
お互いの手が引き離された。モカの絶叫が嵐の外、荒波の中へと消えていく。必死に彼女の名を叫ぶがこの地獄に虚しく掻き消された。途方もない喪失感が彼に容赦なく襲い掛かる。壊れた船の一部にしがみ付き周りを見渡すが豪雨と荒れ狂う波。
「バークス、掴まれ!」
「父さん!?」
父、ワンダー・レッド・シュテルンに身体を掴まれたバークスは救命ボートに乗せられた。他の船員の姿は見えず、助かったのは自分と父のみという絶望が重くのしかかる。だが、この惨状ではいずれ命は無い。意識も朦朧として体力も限界に近い。目の前でモカを失った悲しみが込み上げてワンダーにすがりつく。
「どうして、こんなことに……父さん、モカが、モカが……」
「ああ、皆流されてしまった……間に合わんかった……」
ワンダーはバークスを強く抱きしめる。そしてその瞳にはある決心が宿っていた。救命ボートは破損しており、ギリギリ1人分しか持ちそうにない。このままでは自分も息子も助からないと。
「すまないバークス……こんなことになるとは。もう母さん達にも会えないな……」
「父さんなに言ってるんだ!? 諦めるなよ!」
「いや、お前だけでも助かるんだ!」
ワンダーは辛うじてボートに残されていたロープと浮き輪をバークスに縛り付ける。動揺するバークスに対しワンダーは懐からビニールに包まれた、銀星印が描かれた黒い手帳を取り出し彼の服の中へとねじ込む。
「父さんコレは!?」
「この
「引き継ぐってなんだよ、過ちってなに言ってんだよ!? 悪人だなんて、そんなこと調べてたのか!?」
「お前もわかっているはずだ。俺達の故郷には、悪党共が蔓延っている。お前に残せるものがこんなものしかなくてすまないな。愛してるぞバークス」
最後に満面の笑みを浮かべたワンダーは愛しい息子に最後のキスを送り頭を撫でた。そしてそのまま力無く崩れ落ちるとボートから手を放した。
「父さぁぁぁぁん!!」
手を伸ばしたが波に遮られた。次の瞬間ボートと浮き輪に括りつけられたバークスはひっくり返り横転。彼の意識は途絶えた。
――――……――――……――――……――――……――――……――――……
「――ぉぃ――しっか――ろ!」
微かに声が聞こえる。身体を揺さぶられる感覚。彼方此方に鈍い痛みを感じる。声はさらに大きくなり、徐々に鮮明に聞こえ始めて自分の意識も覚醒する。
「おい君、起きろ! しっかりするんだ!」
「っはあ!?」
はっきりと声が聞き取れた瞬間に完全に意識が回復して目を覚ました。疲弊しきった体と乾いた喉から搾り出た声が宙に掻き消える。しかし、まだ視界がはっきりせずに頭にも痛みが走り、手で顔を覆いながら痛みを振り払うように頭部を左右に動かす。
「気が付いたようだな。君は運が良い。大丈夫か? 自分が誰だかわかるか? 痛みはあるか?」
「あ、ああ……どうも、ありがとう……」
助け起こしてくれた相手の随分と低音な声がやけに耳に残る。おそらく中年の男性だろう。直ぐに恩人の顔を確かめようと辺りを見渡す。徐々に視界が回復して景色がはっきりと目視できる。場所は砂浜。奥には森林が広がっている。自分が奇跡的に助かったことを実感する。しかし、いくら見渡しても恩人の姿が見当たらない。そして何か柔らかい感触が腰付近にあることに気付き視線を落とすと、何とそこには1匹の子猫が2本足で立っている。
「……え? 子猫?」
毛が短く丸まっており、耳が内側に折れ曲がり円らな瞳。外見はスコティッシュフォールドと思われたが、浅黒い褐色の毛色は珍しい。しかし、凝視していると30センチほどのぬいぐるみサイズで、手足も動物のそれではなく妙に短い。こんな変な大きさの子猫は見たことが無い。
「残念ながら子猫ではないな。私はもう成人している」
突如子猫の口が開いたかと思うと、先程聞こえた低音ボイスで喋り出す。口の動きと表情の動かし方もまるで人間のそれと変わらず、バークスは目の前で起こったことが理解できずに思わず大声で叫んだ。
「喋ったぁぁぁぁぁぁぁ!?」
砂を臀部と両足でかき分けながら両手をばたつかせて後ずさる。自分は幻覚でも見ているのだろうか。まさか夢でも見ているのか。もしや自分は既に死んでおり、あの世ではないかと思えた。
「なんだ? 猫が喋るのがそんなに珍しいか? まあ無理もないか、下界から来た君にとって私の様な存在は遭遇したことも無いのだからな」
妙に貫禄と威厳のある口振りだが、その愛らし過ぎる見た目のギャップも相まってやけにおかしく映る。猫は溜息交じりに肩をすくめるとバークスに近付いて小さな手を差し伸べる。掌には肉球。彼の意図が読めずバークスは瞼を激しく開閉させる。
「ようこそ。獣人王国ビースト・オブ・キングダムへ。私はこの島国を治める王、スコティッシュ・フォールドだ」
「……バークス・シュテルン……助けてくれて、ありがとう……」
バークスはおずおずと出された小さな手を握り握手を交わす。柔らかい肉球と毛並みの感触が伝わり気持ち良さを感じて張り詰めた心が和らぐ。
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