元勇者の日常
四谷 愛凛
日常編
帰ってきました
「ああ……帰って、来たの?」
目の前の光景を見て、思わず呟く。
何の特徴もない、ありふれた部屋。
酷く懐かしい、もう見ることもないと思っていた場所だった。
大体五十年ぶりか……何も変わってない。
……というか、半世紀ぶりだというのに変わりがないっておかしいだろう。
首を傾げつつ、とりあえずベットに腰掛ける。
まずは、状況の確認。
私の名前は、水池優香(ミズチユウカ)。
年齢は、六十七歳。
地球生まれ、異世界育ち……冗談のようだが、事実だ。
十五歳の時に、突然、異世界に召喚された。
あれは……学校から家に帰って来てこの部屋で寛いでいた時のことだった。
突然、目も開けられないような眩い光が視界に広がって……。
反射的に目を瞑って、次に開いたその時には全く見たこともない場所にいたのだ。
あの時は、驚いた。
巷の本で見る異世界に召喚というのを、まさか身を持って体験することになろうとは、全くもって想像してなかったのだから。
……それももう五十年以上前のことだから、遠い過去の出来事。最早、他人事のように思えるけれども。
異世界召喚された理由は、物語の設定ではありふれたものだった。
召喚されたばかりで混乱し、『ここはどこだ?』だとか『私を返して』と暴れる私を宥めつつアルデル王国の王が、まず初めに説明してくれた。
因みにアルデル国とは私を召喚した国……つまり立派な誘拐犯だ。
それはともかく、王様が言った私を呼んだ目的は、『異世界の勇者に、この世界を救って貰おう』ということだった。
曰く、魔王が再び現れ、その影響で魔物の出現が多発、人々の生活が脅かされていると。
曰く、魔王を放っておけば、いずれ人類は滅ぼされると。
それどこのゲームの世界?と、盛大にツッコミを入れてしまったのも、まあ致し方ないことだっただろう。
そもそも、私が勇者というのがオカシイ。
勇気のある者、それが勇者。
いや、私はそんなもの持っていない。
波風立てないように生きて十五年。
そんな人に、敵を倒せと?
大体、勇者とは男の子が呼ばれるものじゃなかろうか。
その証拠に、勇者の召喚の儀式を執り行ったアルデル王国の王女は、明らかにガッカリした顔をしていたし。
私に対して大層失礼なその反応を隠そうともしない王女様に、正直かなり苛立った。
勿論、アルデル王国の依頼に私の答えは否。
勝手に誘拐しておいて、助けてくださいと言われ、けれども期待外れだったというような扱い。
そもそもなかったけれども、そんな状況で助けてあげたいなんて気持ちは湧くはずがなかった。
けれども、王様は無慈悲に告げた。
帰りたければ、魔王を倒せ……と。
魔王を倒したその時に発せられる巨大は魔力の渦が帰還させるのに必要な魔力を補充させてくれる……だったっけか。
そんな訳で、泣く泣く私は訓練に身を投じた。
戦いどころか武術のぶの字も知らなかった私。
魔術だって、そもそも魔力を感じたこともないのにいきなり感覚を掴めと言われても無理がある。
騎士団に、容赦無く打ち倒され続けた。
魔術は、基礎理論で躓いて教官に呆れられた。
……いずれ戦いにでる私の為に真剣に教えてくれていたのだと今なら、分かるけれども。
当時は戦いたくもないのに、何故こんなことをしなければならないのだと随分怒って泣いたっけ。
勿論、そんな厳しくも優しい人ばかりではなかった。
むしろ、一人か二人。
殆どの人たちは何でこんなのが勇者として呼ばれるんだと、侮蔑のこもった瞳で見られた。
実際、熟練とはいえ騎士一人に負けっぱなし。
やっとこさできるようになった魔術は、弱々しい初級を放つだけ。
伝承に残る勇者は、それこそ人間かというような偉業を打ち立てていたらしい。
ドラゴンを一人で倒しただとか、魔王と繋がっていた国家の軍を一人で壊滅させたりだとか。
けれども、そんなものを私に求められてもどうしようもなかった。
私こそが何故呼ばれたのか聞きたい、と何度部屋で叫んだことか。
実際、何度も部屋に引きこもった。
けれども、引きこもって帰れる訳でもない。
数日間引きこもって、結局いつも泣く泣く訓練に戻った。
……訓練を始めて、大体5年ぐらい経った頃。
脂肪で丸まっていた身体が引き締まり、剣術は一端の騎士団とは戦えるようになっていた。
魔術も中級魔術まで扱えるようになっていた。
できることが増えて、その環境にも慣れてきていた。
けれども、私は放逐された。……勇者の素質が、あまりにも乏しいと。
呆然とした。
これからどうしようかと、絶望すら。
知り合いもいない、住む場所も、お金も食べ物も何もない。
そんな状況で、どうやって生きろというのか。
何度も、城に直訴しに行った。
けれども放逐された後、王に会うどころか城の中にすら入ることも叶わなかった。
……どんな環境でも、人は食べなければ生きていけない。
食べる為には、お金を稼がなければならない。
フラフラと街中を彷徨い、最終的にギルドに入った。
あの世界で学んだことといえば戦う術だけだったし、身分を証明するものを何も持っていなかった故だ。
流石は、ファンタジーの世界。物語に出てくるような、いかにもそれらしいギルドだった。
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