BEC -諏訪園高校いじめ撲滅委員会-
京国 辰典
I. Prologue
1. The Absurd World
いつからだろう。自分の世界が決まってしまったのは。人の世界はそれぞれ決まっていて、その範囲でしか生活する必要がない。それは通う学校や職場、家庭環境、交友関係によって変化する。特に子供は周りの影響を受ける要因が多い。見えない事例は知り得ないし、知る必要がない。自分にとって興味のない話は関わる必要がなく、無理して知ろうとするならストレスになるケースもあるだろう。
なぜこんなことを考えているかといえば、俺――
制服の紺色ブレザーに灰色チェック柄のズボンを着用する俺は教卓から4列目1番左側の窓際の席に座り、松木戸先輩はホワイトボード前の教卓に座って、白いノートパソコンにひたすらタイピングしている。
なぜ自分の委員会を知り得ない世界と表現するのか疑問に思うかもしれないが、この委員会は通称『
生徒全員に関わるいじめをなくす為に存在する、全国の高校においても希な委員会だ。……俺はまだ、その実態を知らない。
2年生になった4月から俺はBECに入った。理由は至ってシンプルだ。東雲練はちょっとした
俺は全てに対してそういうスタンスな、面倒な捻くれではない。凡人に収まるくらいなら人との違いを示したいだけの、常識を理解した上でのちょっとした天の邪鬼だ。
普通なんてつまらない。誰かと一緒で何が面白い。選択肢が2つ以上あって、どれか選ばないといけないなら迷わず少数意見を選ぶ。その方が多くの人がしていない経験ができるし、より難しい道であればやりがいもある。
人は違いがあるから面白い。例えば『親に言われた』とか、『周りが目指しているから』という理由で大学に通うのは意味があるのだろうか。流されるがままに頭の良い人間が集まる大学を目指し、安定した職に就職できれば偉いのだろうか。先人が定めた義務教育より、もっと学べることもあるんじゃないだろうか。こんな問いを投げかけられた人々がどう思うかでさえ、俺にとってはどうでもいい。
中学の頃からそんな態度だった俺は、真面目な親友に『人と違うことをする為に、進学して色々学ぶべきじゃない?』と、正論を言われて悩んだ時期がある。
結局俺は、高校進学した者以外への視線が厳しい国民性を持つ日本のシステムに抗えず、渋々
そんな不条理ワールドの住人である捻くれ者な俺の高校生活に、1つの転機が訪れた。いじめ撲滅委員会という普通の学校にはない画期的な委員会が、今年の1月に設立した。そして2年生2人(現在の3年生)による3ヶ月間のプレ期間を経て、遂に4月からどの学生でも入れるようになった。
俺は中学時代には普通の委員会が嫌で、真面目な親友の口車に乗せられて生徒会に入ったりした。――今回はそうはいかない。見てろ
俺は天の邪鬼だなんだと色々言ってきたが、1番大事なのは周りに流されずに己の信念を貫くこと。常人が選ばない道を進むのは、逆境の数だけ未来の成長に繋がるはずである。そんな経験を積み上げた遥か先の未来をしたたかに見据える、そんな天の邪鬼でありたい。
そういえば、BECに入ってから既に1週間が経つ。俺はこうして窓際の席に着き、下校時刻の夕方6時まで時が過ぎるのを待ちながら、外の景色を見て思いにふける事くらいしかまだしていない。……つまり、まだ何もやっていない。
俺が頬杖を突いたりして窓から新入生が加わった運動部の様子を見たりする間、常に教卓に座っている松木戸先輩は自前のノートパソコンに、かなりの速さで何かを打ち込みしている。
この1週間で先輩との会話は、初めてこの教室に来た時の自己紹介とLL教室に入った時と出る時の挨拶くらいだ。それ以外の時間は先輩のタイピング音が教室内で鳴り続けている。
今俺の頭の中の議題は、『暴力的ないじめの現場に遭遇した時、この2人で止められるのか』という案件についてだ。
俺は身長172センチ、体重61キロの高校2年生ではほぼ平均的な体格。保険体育の授業で柔道を選択しているが、それは他の男子生徒も同じだ。
松木戸先輩は身長が180センチくらいで良い体格をしている。 いつも肘下まで捲っている袖から見える腕はややマッチョといったところだが、髪型と目付きの悪さからアスリートというよりはヤンキーだ。先輩は喧嘩が強そうなのだが、俺は戦力にならないだろう。
BECにはこの2人に加えて3年生の女子が1人いるらしいが、今は事情があって学校を休んでいると聞いた。それでも委員会メンバーが未だ3人しかいないのもどうかと思うが、いじめ撲滅を
BECは最近できた委員会なので、普通の委員会のように1クラス1名以上必要という縛りもないし、少数精鋭好きな俺には丁度良い。とまぁ、メンバーの少ない理由を苦し紛れに幾つか挙げたけど、1番の理由は委員長の松木戸先輩だ。
そして松木戸先輩は生徒会を辞め、1代目のBEC委員長となった。その後、いじめ撲滅の為に数々の事件を解決したらしい。
そんな話を聞くと、いじめを撲滅に貪欲な素晴らしい先輩と思うかもしれない。しかし普段の身だしなみにおいては、生徒会長に立候補した当時から金髪狼頭。紺色ブレザーのボタンは全て開けて白いシャツが丸見え。白シャツは第2ボタンまで開けて胸元が見えで、ズボンに入れていない。細めの黒いネクタイはゆるゆるで、『している』というより『ぶら下げている』という表現が正しい。
ウチの高校はネクタイやリボンの着用が自由だったり服装に厳しくないとはいえ、生徒会長以前に私立高校の学生としてアウトかもしれない。
他の特徴は制服の袖を両腕捲っていて、左手首には銀色のスマートウォッチ(スマートフォンの機能を搭載した、電話・メールやインターネットができる時計)を付けている。去年の選挙演説時もこの格好だった。身だしなみまで捻くれたくない赤ネクタイに全ボタン閉めの俺からすれば、個性があるのは素晴らしいが絶対真似はしたくない服装だ。
見かけによらずと言ったら失礼かもしれないが、松木戸先輩のテストの成績はうちの高校で常に学年トップ3に入っている。奇抜な風貌で頭が良く、生徒会長に立候補しているのだから嫌でも注目されて色んな噂が広まる。
例えばBEC活動開始後すぐに、野球部を廃部目前の活動休止に追い込んだり、不登校の生徒を制服のズボンがボロボロになるくらい引きずって登校したり、生徒会時代には文化祭の会議で女子生徒を大泣きさせたというのは有名な話だ。
極め付けは去年の生徒会長選挙での投票前演説だ。例えるなら、世界史で必ず習う過激な人種差別の思想を持った独裁者が激しい口調で演説をした様に、いじめ撲滅を訴えて支持を得ようした。
その演説を要約すると『誰かをいじめて反省しないヤツは退学義務を設けろ』、『同じ苦痛を与えるべきだ』、『見て見ぬふりをした生徒にも罰を与えろ』、『何もしない教師にも等しく罰を与えろ』、『いじめの裁判を校内ですべきだ』といった内容だった。
こうした一連の演説のやり方や噂を統合して松木戸先輩を一言で言い表すなら、『過激思想家』と言っても過言ではない。
俺は当時の演説に衝撃を受けた。言っていることが正しいとか、そんな単純な理屈じゃない。周りの批判がある中で自分を貫き、信念を曲げない姿に心打たれた。何故そこまでして自分の主張を貫きたいのか興味深かった。そして俺は、今年度からBECに参加を決意した。
そして1週間。BECはただ教室で6時までボーッとするだけの楽な委員会だった。松木戸先輩に関してもひたすらパソコンに向かってタイピングをする、ちょっとふざけた格好の先輩でしかない。――今のところは。
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