anti asasinn squad∋白髪少女\純粋な心に発生した憎悪という癌

マツタケ

Chapter.1

 生きているというのは、何かが欠落していて、空虚に感じる。


 


  

 締め切ったカーテンの隙間から光が差し込み、イヴは背筋を伸ばす。関節が延びきった心地よさに、籠った声が漏れる。イヴは白のタートルネックに袖を通す。そして、あくびを引きずり寝室を出る。イヴの悩み、それは血圧が低いこと、足の先は冷える上、朝の目覚めは最悪だ。


 


 

 フローリングの突き刺すような冷たさに耐えつつ居間にいき、四角いテーブルの一角に座る。イヴは昨日のうちにテーブルに置いた缶詰に手を出す。もうこの近代化の産物も珍しくはない。便利さは意識しなくなればもう便利で無くなる。それはただの普遍というものだ。


 

 魚の切り身を咀嚼する音が響く。


 

 イヴは新聞を取るため立ち上がり魚の肉を含んだまま玄関に行く。


 


 するといつもあるはずの場所に新聞がないことに気づいた。


 新聞配達員が玄関先のマットの上において帰ってしまったのだ。これでは外に出なくちゃいけない。イヴは素で外に出ることはない。何故なら肌が雪のように白いからである。


 「新聞は家の中にまで入れてって言ってるのに」朝は何故かイラつきやすい。

不機嫌な顔をして、イヴは洗面所に向かう。


 

 洗面台の前にたって色が剥げた化粧道具を手に取る。ひび割れた鏡に写っているのは雪のように白い肌と白銀の髪。イヴは慣れた手つきで顔の前面を大まかに肌色に染める。そして細かい白い部分を潰していき、最後に手足まで肌色に染める。


 


 「はい、人間完成」自分を皮肉った独り言を漏らすとイヴは化粧道具を定位置に戻し、再度新聞をとりに向かう。


 

 「イヴ、起きてる~?」レイブンの声が鼓膜を撫でる。この声が聞こえると本当の家に帰ってきた気がする。


 

 イヴは廊下に響く声量で返事をする。


 

 「化粧した?」レイブンは背後を確認しながら、ゆっくり戸を開いた。


 

 「うん、白いとこない?」


 「大丈夫。ここまで来ると、達人だよ」誉められても全然嬉しくない、悲しい。レイブンに悪気はないのが更に罪がある。


 

 「そりゃ、何回も繰り返してれば、いくら私でも上達するよ」イヴは缶詰一個分の熱量で笑って見せる。


 

 「ふふ、はい新聞」


 「もう、行こ」イヴは新聞を玄関の棚においた。


 


 外に出るとまだ通りは静かだった。早朝ということもあって、人でごった返すにはまだ時間があった。目に入るのは異様に高層化した建物たち、六角形が並んだ緻密な歩道に不定期で蒸気機関の音が鳴り響く。


 


 「はああ、寒い」レイヴンは悴かじかんだ手を擦る。


 

 「ああ、帰りたい」家を出てすぐそう言うのが日課になっていた。寒さと気だるさがそうさせるのだ。


 レールのような道を歩き始めて、数分、視界にいきなり赤いものが入ってきた。人混みで隠れては出てくるを繰り返す。


 「ねえ、あれって特アじゃない」イヴは人が屯している広場を指差した。


 


 広場には白を基調として格調高い装飾をなされた服を着ている集団が等間隔で配置されていて、その中心には赤く染まった人間とおぼしき物体がある。更に不気味なのが所持している武器が構成員ごとにまちまちだったことで個々に、戦いにポリシーを持っていることが伺える。


 

 特ア(特別アサシン対策部隊)とは、要人の警護とアサシンの駆逐を目的に編成された特殊部隊である。


 


 その時、あるものが視界に入ってきた瞬間、イヴの背中を悪寒が右往左往した。特アのなかに白い髪と白い肌の男がいる。イヴにはすぐにわかった、同類だ。


 

 状況を察してレイブンも息を飲む。耐え難く沈黙が続く、レイブンが居て良かったと心底思う。一人だったら平静を保っていられる自信がない。男の目がこちらを向いた途端に焦りは輪郭を変え恐怖に昇華した。



 女のように綺麗なシミのない顔立ちに中肉中背、中でも特徴的なのが目だ。まるで玩具で遊ぶ子供のように生き生きとしている。


 


 バレている、いやそんなわけない。そんな自意識が目覚めると恐怖心という馬は解き放たれる。口が乾き、膝が笑って、折れそうになる。



 

 イヴは一度目をつぶり、自分を落ち着かせる。


 

 確認のためにもう一度恐る恐る瞼を開く。その時、男は確実にイヴをみて、笑みを浮かべていた。


 


 視線と視線が衝突する。心音が聴こえ、体の血管が踊っている。立ち竦んでいると、レイブンに引っ張られた。引っ張られなかったら何分ここに居ただろう。想像を膨らませるのに比例し恐怖は膨張する。


 


 「いくよ」


 


 レイブンの言葉にイヴは静かに頷く。見られているかもしれないという意識が自然とイヴを早足にさせる。


 「いま、目があったかも」


 「大丈夫。だって、ちゃんと化粧してるじゃん」


 大丈夫、レイブンはそう繰り返すが不安は拭えない。もし、アルビノであることがバレたらは即拘束され行き先は不明。噂だが身体実験に使われるとゴシップ系の雑誌に書いてあるのを見たことがある。何故、特アはアルビノを探しているのだろう。単なる人種差別だとは思えなかった。その場で殺傷しないのにも理由があるはずだ。それにしても、社会の爪弾き者マーべリックのアルビノが大通りで平然と戦闘単位になっているのは新鮮かつ羨ましい。


 

 「なんで、あの人アルビノなのに平気で軍人やってるの?」男が視界から消えて暫くたってから、イヴが訊ねる。


 

 「軍人は別ってことじゃない」



 軍人が特別なら、特アに入れば、毎日の恐怖から解放されるってことじゃない。イヴはそう考えた。


 

 「ダメ」レイブンが唐突にそう言う。レイブンは時々その表情に影を落とす。そして、紺色の髪の毛と相まって深い闇を創る。


 

 「今、特アに入ろうって考えたでしょ?」レイヴンはつり目をこちらに向ける。イヴは何を考えていたか当てられて思わず頷いた。



 「アサシンってどれぐらい強いか知ってる?」


 

 「う~ん、イメージできない」考えたこともなかった。アサシンは王都で多くの人間の畏怖を得ている。だがいまだに都市伝説では、という主張もある。それぐらい現実と乖離している逸話が多い。例を出すとアサシンの中に一人で国家を転覆させる力をもつ者もいるとか……信じようがない話だ。


 


 「衛兵三十人分ぐらいだって」


 


 「それって暗殺者?」イヴは文字通り狼狽した。


 


 「だよね、暗殺というより虐殺ってかんじ」


 


 多分レイブンが言ったことは嘘で、自分を説得するために創った虚構だとイヴは思った。



 「だから、特アにいくのだけはやめて。今までも上手くやってこれたんだからこれからも大丈夫」


 「うん、わかった」イヴはそう言う。虚構だとしても心配されている、その事実が暖かい。


 

 もう何回蒸気機関を積んだ地上輸送車両ドックを見ただろう。あまりにも頻繁なので最早、聴こえないことの方が異常に感じるくらいだ。 


 


 小さな門と六角柱の建物が見える。これがアカデメイアだ。なぜこんな奇怪な建物が出来たかというと、人口増加と土地不足が理由だ。中に入ると中心部に六つの穴が空いてあり、それぞれの穴には銅板が嵌められている。銅板の上にたち、イヴが精神を集中させる。


 

 一世紀前、人類は度重なる戦火で疲弊していた。お互いに体を擦り合い、身を磨耗させていく。とうとう骨の髄まで削れようとしていた時のことだ。


 

 叡知が生まれた。一人の少年が物語に出てくるような異次元の力で戦地に現れては大量殺戮をした。


 

 少年の噂はたちまち広がり、争いは消えていった。畏怖は人間の醜悪さに特効薬として作用するのだ。


 やがて訪れた平和の影で少年はこの世界に遺影を遺して死んだ。


 

 その遺影がすなわち暗殺者アサシンと言う集団だ。更に叡知は人々に伝染し、その力は後にイデアと呼ばれるようになった。


 


 

 イヴはイデアを使い、銅板を浮かせそのまま上がっていく。時折大丈夫かと思うほどの金属音が鳴る、建造期間が押していたため寸法を間違っている可能性はなきにしもあらずだ。


 

 イデアは物体を移動させる力であり、応用すれば発火、圧縮、分割、位まではできる。だだし、いずれの事象も生物には効かない。神の悪戯のようだ、生物に効かないなんて、そんな疑問は普遍という霧に隠され見えなくなった。都合の良い力グッドフォースコンビニエント

それがイデアの嘲笑的なもうひとつの呼び名だ。


 

 「イヴ、今度コクられたらちゃんと断りなよ」目の前を通りすぎるコンクリート性の壁を見つめ、沈黙に耐えかねたようにレイヴンが口を開く。


 

 「上手く断るコツご教授願います」


 

 「コツなんか、ねーよ」レイブンは呆れる。二人は共通の悩みを持っていた。敢えて言うならモテすぎるのだ。レイブンは上手く立ち回ってはいたが、イヴは別だ。過去に何度かストーカー被害に遭ってから、レイブンはイヴのボディガード兼恋愛相談をしている。


 

 「絶対お茶を濁しちゃダメ。相手も傷つけるんだから」


 

 「じゃ、どうすんの?」


 

 「はっきり言うの。あんたには気がないってね」レイブンの助言にイヴは頭を抱える。分かっていてもイヴの性格が邪魔をする。共感、同情、実に厄介だ。


 


 銅板は天涯に響く音をたてて動きを止める。レイブンは先に降り、それにイヴが続く。綺麗に天井を映す廊下を二人は歩く。突き当たりを右に曲がると、廊下は弧を描き、視界の左側は教室が並び、右には学生寮が連なる。その時、男子トイレから制服をだらしなく着た人相の悪い男が出てきた。


 

 「おっはー、オロバス」レイブンはオロバスの肩を叩く。オロバスはあからさまに怪訝な顔をする。顔に朝からうるせぇーよ、と書いてある。


 「オロバス、眼鏡は?」イヴが指摘すると、オロバスは青天の霹靂へきれきのような顔をしてトイレに戻っていった。


 「あいつ眼鏡忘れんの得意だよね?」


 「得意って……」イヴは呆れて物も言えない。常識的なイヴにとってオロバスは未確認生物にしか見えなかった。


 


 


 「何か変だと思ったんだ」そう言ってまたトイレからオロバスが出てきた。さっきと違い黒縁眼鏡を掛けた、いつものオロバスである。


 「その眼鏡ダサいからやめなって」レイブンの言い分もわかる、オロバスは眼鏡をはずせば普通に物静かそうな美男なのだ。



 「レイには分からないのさ。この良さが、ね」オロバスはレイブンをいつものあだ名で呼ぶ。こんな距離感で二人と話せるのは学園内でもオロバスだけである。理由は単純で三人の間には恋愛感情なるものは存在しないからだ。レイヴンは男の下心を嫌悪している、男一人を嫌いになる速度は瞬きする間もない。


 


 三人が横並びに教室に向かうと男子生徒の羨望の眼差しが突き刺さる。だが、そんなこと気にしているのはイヴだけで、オロバスとレイブンの無神経はとどまることを知らない。


 


 「あんた、パンツ穿いてるの」レイブンが口火を着ると、品位を欠いた会話が行軍を始める。


 

 「穿くかあんなもん。俺のスリーアミーゴは蒸れるのが嫌いなんだ」オロバスは発禁本で締め付けは生殖器によくないと言う話を信じていたため、ノーパンなのだ。さらにあり得ないのが、それを女子であるイヴとレイブンに豪語することだ。


 

 「サイテー」


 

 「レイだってブラしてないだろ」それはタブーだよ。イヴの叫びはオロバスには聞こえない。急に喋らなくなったレイヴンを見て、イヴは嫌な予感を感じ取る。 


 「それより、二人ともどこの研修に行くんだ?」下品な会話の尻尾を切り、真剣な面持ちでオロバスが言った。


 「皇帝直属」不機嫌を引きずったままレイブンがそう言う。


 

 「レイがそう言うなら私も」


 

 イヴの言葉にオロバスは首をならした。


 「お前らレズかよ」オロバスがそう言った瞬間レイブンのボディ(リバー)ブローが炸裂し、オロバスの体は床に沈んだ。


 沈んだオロバスを一瞥することもなくレイブンは勝者の余韻を引きずりそのまま教室に入っていった。


 「大丈夫?」イヴはオロバスの背中をさする。


 

 「リバーを正確に叩きやがった」オロバスは床に手をついて下を向き息を整える。汗が滴るのをみて、レイヴンは本気で殴ったのがわかった。それほどレイヴンを怒らせる、タブーワードとは一体なんだろう。


 

 「ねぇねぇ、レズってなに?」イヴが訊ねると、オロバスは赤面し、ニヤリと笑った。


 

 「イヴって可愛いね」オロバスは躊躇いなくそう言う。これも恋愛感情がないからこそできる芸当だ。


 

 「はぁ?」悪寒がした。イヴはオロバスのことを嫌っているじゃないが、オロバスを見る目は未確認生物でとまっている。


 たぶんこれからも……。


 


 オロバスは立ち上がり眼鏡を掛けなおす。別にずれていたわけではない、これはただの癖である。教室に入ると、賑やかな幼い笑い声が響いてくる。その周波数は三人の孤独を引き立てる。


 

 三人とも机に座って、退屈な授業に耐える覚悟する。暇との戦い方はそれぞれで堂々と寝るレイブン、物思いに耽るオロバス、はたまた真面目に授業を受けるイヴと三人三様だ。


 歴史の先生が入ってくると、静かな笑いが起きる。イヴは最近気づいたのだ。歴史のルットマン先生は男性型脱毛症(AGA)だと言うことに。何が面白いのかわからないが、これが俗に言うユーモアというやつなのか、とイヴの間違った憶測は止まらない。教壇に立つと先生と言うものは豹変する。寝るな寝るなと露骨な音韻の取り方をするのだ。


 「え~イデアを使うものの中に特異体質を持つものがいてですね。通常、イデアは人に使うことは出来ないのですが、イデアを具現化し自分の体及び臓器に出力することで生物に攻撃を加えることができるわけです。語弊がありますが人間兵器です。これは近年、倫理的に問題アリとの見方もありますが、アサシンの殆どが特異体質でありますから、対抗するにはその人間兵器に頼る他ないのです」


 

 常識を長々と語るものだから、これでは生徒が寝るのも無理もない。睡魔に耐えていたイヴもやはり生理現象にかてず、机に突っ伏した。


 


 


 


 




 


 


 




 


 


 


 


 


 


 



 



 


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